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雪姫③

 フィアーネの拳をまともに腹部に受けた魔人は吹っ飛ぶと床を転がる。一見、勝負があったように見えるが、フィアーネもジュスティスも警戒を一切とかない。残心によるものではない。2人とも終わってないことを知っているのだ。


 フィアーネの拳は確実に腹部に入った。だが、あそこまで派手に吹っ飛ぶのはおかしいのだ。フィアーネが放った拳の威力は凄まじいものであったが、本来であればその場に崩れ落ちるようなタイプの一撃だったのだ。

 もちろん、実力的に吹き飛ばされるという事もあるのだが、であればその前の裏拳の一撃で吹き飛んでおかなくては辻褄が合わない。ここまで来ればあそこまで吹き飛んだのは自分の意思で跳んだと言う事に他ならないのだ。


 立ち上がらない魔人に対してフィアーネは投擲用のナイフを取り出すと床に伏している魔人に投げつける。狙った箇所は首筋であり、そのまま受ければ致命傷になりかねない。


 首筋にナイフが到達する瞬間に魔人は動き投擲したナイフを魔人は躱した。起き上がった魔人はフィアーネ達から距離をとると、フィアーネを睨みつける。


「やるわね…裏拳の一撃で重心が後ろに移っていたからといって、あのタイミングの正拳突きを最小限度のダメージで乗り切るなんて」


 フィアーネの賛辞は心からのものであったが、当然ながら魔人にとっては強者の余裕のように感じられる。実際の所、フィアーネの拳をまともに受けた時に自分から飛んで衝撃を逃したのだが成功したのは紙一重だったのである。フィアーネの一撃がその紙を突き破っていたならば間違いなく勝負は決していたはずだった。


(この女は今まで相手した誰よりも強い…)


 魔人の背中に戦慄が走る。今まで、戯れに人間、吸血鬼、魔族問わずあらゆる者達を殺してきたが、これほどの強者に初めて出会ったのである。


(く…ここは奥の手を使うしかないか…)


 魔人はそう結論づける。フィアーネほどの実力者に出し惜しみをしてしまえば、一気に押し切られることを察したのだ。


 魔人の背後に黒い影が立ち上り、魔人に覆い被さった。その姿はまるで黒い衣を纏ったようにも見える。


(…あの、黒い影は…術者に何かしらの影響を及ぼす…というわけね)


 フィアーネは魔人の行動の分析を始める。普通に考えればあの黒い影を纏うことで身体能力を爆発的に高めるという事が予測されるが、いくらでも例外はあるために断定するような事はしない。


 衣を纏った魔人は一瞬でフィアーネとの間合いを潰すと拳を繰り出す。今度の拳速は先程のそれを圧倒的に上回っていた。並の騎士では一瞬で肉片と化すような凄まじい攻撃であったが、フィアーネはそれをサラリと躱す。


 さすがに最初の攻撃より余裕ではなかったが、それでもこの程度なら躱す事は可能だった。


 フィアーネは魔人の攻撃を躱すと同時に裏拳を放つ。その裏拳を魔人は咄嗟に腕でガードして防いだ。フィアーネが魔人の腕を払おうとした時に異変に気付いた。魔人に触れた箇所から覆っていた黒い影がフィアーネの腕を掴んだのだ。


(え?)


 フィアーネは影の行動に意識を移したところに、魔人の膝蹴りが放たれる。魔人の膝がフィアーネの顎先に入れられる瞬間にフィアーネは咄嗟に右手を顎と膝の間に入れる事で直撃を免れた。


 するとまたしても膝を止めた右手を影が掴む。両手を封じられたフィアーネに魔人の背中から影が無数の手を形作るとフィアーネに放たれる。


(く…)


 フィアーネは魔力を両手に流し覆うことで影に捕まれた拘束を緩めると影をふりほどき、放たれた無数の影の攻撃を距離をとって躱した。


「ふぅ…」


 フィアーネの口から息が吐き出される。一方で魔人は仕留めきれなかったことに舌打ちを堪えるような表情を浮かべている。


「変わった術ね…名前を教えてもらって良いかしら?」


 フィアーネの言葉は純粋に興味から来ていたのだが、魔人はどうやら時間稼ぎと思ったようである。


「ふん…時間を稼いでどうするつもりだ?」


 魔人はそう言うとまたも間合いを詰める。背後からの腕は凄まじい速度でフィアーネに拳撃を放ち続ける。連続して放たれる影の拳はまったく途切れることなく放たれ続ける。


 フィアーネはその連撃を最小の動きで躱していく。魔力により構成されたと思われる腕には関節というものは、あって無いようなものである。普通の関節の可動域とはまったく真逆の方向に放たれるために予想外の方向からフィアーネに攻撃が放たれる。


 だが、フィアーネはありとあらゆる方向から放たれる連撃をすべて躱していた。確かに普通の武術の常識からはあり得ない角度から放たれるのだが、フィアーネは反射神経と身体能力によって躱しているのだ。


(大体…わかってきたわ…そろそろ行こうかしら…)


 フィアーネは魔人の攻撃を躱しながら、速度、タイミング、角度、攻撃のクセというものを確認していたのだ。その過程を行ううちに魔人の死角をいくつか見つけたのだ。ここでいう死角とは単に視界を意味するのではない。意識の死角ともいうべきものである。


 この意識の死角を克服するのは中々難しい。フィアーネは周囲に規格外の実力者達がいるために、対処するうちに自然と克服していったのだが、魔人の周囲にそのような実力者がいるとは考えづらい。


 フィアーネは一転して攻勢に転ずる。影の拳を何でもないように躱し魔人の懐に潜り込むと胸部に拳を叩き込む。


 ビキィィィィィ!!!


 フィアーネの拳が魔人の胸骨を容赦なく打ち砕いた。しかもフィアーネは拳を叩き込むと一瞬で拳を引き影により攻撃した腕を掴まれる事を防いでいた。まぁ、もし掴まれた所で対処方法がある以上、何の問題も無いのだがわざわざ手間を増やす必要は無いのだ。


「ぐ……はぁ…」


 魔人の口から苦痛の声が漏れる。フィアーネが放った攻撃は魔人の意識の死角からの攻撃であり躱す事はおろか、堪えることも出来なかったのだ。


「せい!!!」


 フィアーネは間髪入れずに右手に集めた魔力の塊を魔人に放つ。


「がぁ!!」


 魔力の塊をまともに受けた魔人は、堪えることは出来ずに吹っ飛ぶと数メートルの距離を飛び床を転がった。追撃を行おうとしたフィアーネであったが魔人の影の拳が構えた事で思いとどまる。


 魔人は立ち上がるが先程のように自分で飛んだわけではないのでそのダメージは深刻であった。


「さて…魔人さん…私にはとても好きな人がいるのよ」


 フィアーネはニッコリと笑うと立ち上がった魔人に戦いとは何の関係もないような事を話し出す。魔人はフィアーネの意図がわからず、訝しんだ視線をフィアーネに向ける。


「その人が使う術に中々興味深いものがあってね」

「?」


 フィアーネは魔人の視線を無視して話を続ける。


「簡単に言ったら、今から使う術は私の好きな人に教えてもらった術というわけ…」


 フィアーネはそう言うとそれぞれの手のひらに瘴気を集め出す。フィアーネの集めた二つの瘴気は膨張すると人型の形をとる。


「ちなみに…【神の戦士(エインヘリアル)】という名前よ」


 フィアーネの言葉が魔人に発せられるが魔人は呆然としていたために応える事が出来なかった。


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