雪姫①
今回はフィアーネが主人公です。
「魔人? 本当ですかお兄様?」
エジンベート王国にあるジャスベイン公爵家の一室でフィアーネが兄のジュスティスに聞き返していた。
「イベルの使徒からの情報だ。真偽の程は不明だが一応確かめておくつもりだ」
ジュスティスの言葉にフィアーネは頷く。ジュスティスはエルゲナー森林地帯に採集に出かけた時にイベルの使徒のアジトを一つ潰していた。その時にイベルの使徒の本拠地の情報を手に入れるとその本拠地を潰しに出かけた所だった。
ジュスティスはその圧倒的な力でイベルの使徒を徹底的に叩きつぶし、教団幹部、信者を逮捕することに成功した。捕まった者達は例外なく刑場に送られるだろうが、自分のまいた種であり同情する気は全くなかった。
「お兄様、イベルの使徒と魔人には何かしら関係があるという事ですか?」
フィアーネの言葉にジュスティスは首を横に振る。
「いや、奴等の資料からは魔人と別に協力体制にあるという訳じゃない」
「?」
「どうやらイベルの使徒は魔人を捕まえて生贄にしようと考えてたらしい」
ジュスティスの表情にイベルの使徒を蔑む表情が浮かぶ。一方でフィアーネも呆れた表情を浮かべている。
イベルの使徒の実力で魔人を捕らえるというのは現実に不可能と言わざるを得ないのだ。フィアーネは一度、魔人との交戦経験がある。アレン達全員で事に当たり圧倒的な実力で魔人を粉砕したが、あれはアレン達が規格外なだけで普通に考えれば魔人を粉砕するという事は困難の極みと呼んで良いだろう。
一方でイベルの使徒達の実力は本当に大した事は無かった。あの連中は狂ってるからどんな悪事もやるがフィアーネの実力からすれば蟻を踏みつぶすのと大差なかった。そんな連中が魔人を捕らえるつもりというあり得ない計画を立てていたというのは失笑してしまう。
「お兄様が本拠地を潰したときに手練れはいたんですか?」
フィアーネはそれでも一応手練れの存在を考慮に入れてジュスティスに尋ねる。フィアーネの問いにジュスティスは首を横に振る。
「いや、それがまったく。俺が突入したときに偉そうに登場した騎士がいたんだが…」
「あっさりと斃してしまったと?」
「ああ、構えも動きも稚拙そのものだったな。でも一撃で吹っ飛ばしたらイベルの使徒達は呆けていたからかなりの強者だったらしい」
「う~ん…それじゃあ魔人を捕らえるなんて出来ないはずよね…」
「まぁな…で、資料をあさってたら魔人に対する記述があったというわけ…」
ジュスティスの言葉を聞いてフィアーネは魔人をどうするかと考え始める。魔人は一般的に精神に破綻をきたしている者が多いために放っておくと無辜の人々に被害が出るのだ。
それは吸血鬼であっても魔人に対抗できる者はそれほどいない。となると誰かが魔人を無力化しなくてはならないのだ。
「お兄様、その情報の魔人には私が対処しましょう」
フィアーネの言葉にジュスティスは考える。フィアーネの実力であれば問題ないだろうが、それでも妹一人にそんな危険を押しつけるわけにはいかないという思いがあったのだ。
「いや、いくら何でも一人で魔人に対処させるわけにはいかない」
ジュスティスの言葉はフィアーネにとって予想の範囲内であったために失望する事はない。
「う~ん…それじゃあ、どこかの闇ギルドを潰してから駒にして魔人にあたるというのなら…どうかしら?」
フィアーネの言葉にジュスティスは苦笑する。どうとしても行くつもりである事をジュスティスは察する。ここで禁止してもフィアーネは勝手に行くことをジュスティスは知っているのだ。
「わかったよ。フィアーネ、俺も一緒に行くから、その魔人は2人でやるぞ」
ジュスティスの言葉にフィアーネはニッコリと微笑むと嬉しそうな声で兄の判断に対して返答する。
「さすがお兄様!! 話がわかる♪」
フィアーネはさらに続ける。
「それでお兄様、その魔人の居所はどこなんです?」
「あ、ああ…エルゴンド山にいるらしい」
「またうちの領内ですか?」
フィアーネの口から呆れた様な声が発せられる。エルゴンド山はジャスベイン家の領内にある山なのだ。
「そうだな…うちの領地は結構裕福だからな。色々な者が富を狙って入り込んでくるんだよな」
ジュスティスの声に苦々しいものが含まれる。ジャスベイン領には様々なものが集まる。それが領内を活気付かせているという側面がある以上、領内に入ってくる物資や人(吸血鬼)のチェックは他の領地に比べてかなり緩く設定されている。それでもジャスベイン領の治安はエジンベート王国でも良い方だ。
その理由はジャスベイン家の面々がその凄まじい戦闘力を駆使して治安を乱そうとする者を見つけ次第叩きつぶしてしまうのだ。しかも闇ギルドに対しては徹底的に厳しく対処しており、発見されると潰されてしまうのだ。
イベルの使徒の本拠地の方は、人里離れた秘境と呼んでも差し支えなかった所のために見つかるのが遅れたのだ。
「確かに…問題ですけど、かといって審査を厳しくしたら物流が滞るかもしれませんね。その辺の基準の見直しはお兄様頑張って下さいね♪」
フィアーネの言葉にジュスティスは頷く。領内の事は現在ジュスティスが取り仕切っているのだ。
「エルゴンド山には確か、お兄様のダンジョンがありましたからそこに転移して魔人に会いに行きましょう」
フィアーネの言葉にジュスティスは少し気まずそうな表情を浮かべる。その表情を見て、フィアーネは何かしら思うところがあったらしく、ジト目でジュスティスを見やる。
「お兄様…まさかとは思いますが…お兄様の作成したダンジョンにその魔人は居着いていませんよね?」
フィアーネの言葉にジュスティスは露骨に視線を逸らす。その仕草によりフィアーネは自分の問いかけの答えを得た気分である。
「はぁ…やっぱりお兄様は残念ですね…」
フィアーネの『残念』という言葉にジュスティスはいたく傷付いたようだ。
「い、いや…だってあのダンジョンはとっくに攻略されちゃってるから…な」
「もう、きちんと管理して下さいよ。本当に残念なんですから」
「残念、残念と連呼するな。さすがに傷付くぞ」
「たまには傷付いた方が反省するから良いんです」
フィアーネの言葉にジュスティスはため息をつく。
「まぁ、それはそうと早速行きましょう」
フィアーネの言葉にジュスティスは頷く。
ジュスティスは転移魔術を展開させ、フィアーネとジュスティスの2人はエルゴンド山のダンジョンに飛ぶのであった。




