挨拶⑱
アルフィスはアレン達に席に着くように促す。
アルフィスの隣にいるクリスティナとはフィアーネ達は初対面だ。
(ちょっと…アレン、この綺麗な人は誰よ?)
フィアーネがアレンに耳打ちする。フィアーネの言葉は聞こえていないはずなのだが、レミアとフィリシアもアレンに説明を求めるような目を向けている。
「初めまして、アインベルク侯の婚約者の皆様方、王太子殿下の婚約者のクリスティナ=メイナ=エルマインです」
クリスティナから自己紹介の言葉が発せられる。クリスティナが名乗ったのだから、フィアーネ達も名乗る。
「初めまして、アレンの婚約者のフィアーネ=エイス=ジャスベインと申します」
フィアーネの挨拶にクリスティナは微笑む。
「初めまして、クリスティナ様、同じくアレンの婚約者のレミア=ワールタインです」
レミアも一礼して挨拶する。またもクリスティナは優雅に微笑む。
「初めまして、クリスティナ様、アレンさんの婚約者のフィリシア=メルネスです」
フィリシアも一礼して挨拶する。クリスティナは微笑むとアレンに目を移す。
「ちょっとアレン!! あんたの婚約者達ってすごい美人揃いじゃない!!」
クリスティナの口から興奮した声が発せられる。その声にアレンとアルフィスは黙って天を仰ぎ、他の者達は目を丸くしている。先程まで深層の令嬢のような雰囲気だったのに、今は欲望に忠実な雰囲気を醸し出している。
「はい~ちょっとクリスティナ黙ろうか~」
アレンの何かを諦めたような声がクリスティナに投げ掛けられると、クリスティナがキッとアレンを睨みつける。その目には「水を差すなよ?どうなるかわかってんだろうな?」という意思が宿っている事をアレンは察する。
だが、ここで引いては話が進まないのでアレンは構わず話を続ける。
「この際、お前の趣味嗜好は置いといてもらうぞ」
「うるさいわね。あなたの婚約者の方々をさらに美しく磨き上げるのは私の使命なのよ!!」
クリスティナの言葉にフィアーネ達は説明を求める視線をアレンに送る。
「ああ、クリスティナは基本的にお前の両親と同じタイプだ…」
「え?」
アレンの言葉にフィアーネは呆けた返事を返す。
「つまりな…お前の両親は装いを仕立てたり、装飾品を作成するだろ…」
「うん」
「クリスティナは色合いとか小物とかを合わせるいわゆるコーディネートが趣味なんだ」
アレンの言葉にフィアーネ達は困惑する。そこにアルフィスも声をかける。
「まぁ…フィアーネ嬢達も時間がある時で良いからクリスティナに付き合ってあげてくれ」
アルフィスの言葉に3人は頷く。
「よろしくお願いします」
「あ、え~と…よろしくお願いします」
「今度、アレンさんとデートするときにコーディネートお願いします」
3人はクリスティナへ伝えるとクリスティナは嬉しそうに微笑む。
「ああ~アディラ様といい、フィアーネ様といい、レミア様、フィリシア様といい…これほどの逸材が…でへへ」
クリスティナの変態親父モードが発動しかけた (というよりもしている)所をアルフィスが止める。
「まったくクリスティナは逸材を見つけるとすぐにこうなるんだよな」
アルフィスの声には苦笑未満の響きがある。未満なのはクリスティナの行動を認めているからだろう。愛のなせる業と呼んでも良いだろう。
「さて…人の目もありますから本題に入りましょうか」
先程の奇行はいきなりを収めると真面目な顔でジュセルを見やる。その変わりようにフィアーネ達は驚くがクリスティナをよく知る、アレン、アルフィス、アディラは驚かない。クリスティナが素の部分を見せるのは極々親しい者だけだ。先程のクリスティナが素であるならば、こちらのクリスティナは公爵令嬢というよそ行きだ。
「さてジュセル様ですね」
クリスティナがジュセルに声をかける。
「は、はい、ジュセル=ミルジオードと言います。よろしくお願いします」
ジュセルは立ち上がるとクリスティナに一礼する。少し、噛んだが傍目には文句の付けようのない一礼であった。
「王太子殿下、王女殿下をよろしくお願いいたします」
クリスティナは一礼と共にそう言う。するとサロンにいる生徒達の中から驚きの声が発せられる。クリスティナは国家の重鎮である宰相エルマイン公の末娘であり、王太子アルフィスの婚約者だ。貴族社会において絶大な影響力を持つ人物なのだ。その人物が一人の少年に頭を下げたのであるから驚くのも当然だった。
「ああ、頼りにしているぞジュセル」
続いてアルフィスが満面の笑みでジュセルに話す。その親しげな様子にまたも周囲の生徒達がざわめく。ここまで来ると声をかけられている少年の正体が気になるところである。
「アレン、ジュセルの腕前はどうだ?」
アルフィスがアレンに問いかける。どうやらアレンも舞台に上がってこいと言う事のようだった。その事を察したアレンは心の中でニヤリと笑うと舞台に上がる。
「ああ、すばらしい腕前だ。『デスナイト』や『リッチ』程度ではまず相手にならんな。フィアーネもレミアもフィリシアもそう思うだろ?」
アレンの返答に何人かの生徒達は凍り付く。デスナイトやリッチというアンデッドがどのような存在か知っているのだろう。
「ええ、アレンの言う通りね」
「ええジュセルは強いわよ」
「ええ、ジュセルの実力なら文句なしです」
フィアーネ達の言葉に生徒達はざわめく。フィアーネ達が、『雪姫』、『戦姫』、『剣姫』という二つ名を持つ人物である事に気付いたのだ。
(これぐらいで良いか?)
(いや、念には念を入れて最後の釘を打っとく…)
(わかった)
アレンとアルフィスは目線を交わすと最後の釘を打ち込むことにする。
「ところでジュセル、学園に編入するにあたり、かなり環境が変わることになるが不安はないか?」
アルフィスの言葉にジュセルはアルフィスが何を言わせたいのか察する。ジュセルとてバカではない。今までの話の流れからジュセルはアレン達がどのような目的で自分を持ち上げているかどうか理解していた。いや、理解できない方が逆に問題だった。
「ええ、やはり普通の貴族の方とはかなり価値観が異なりますので上手くなじめるか心配です」
ジュセルの返答にアレンとアルフィスは心の中でニヤリと嗤う。ジュセルの察しの良さを褒めているのだ。
「心配するな。この学園にはそのような不届き者はいないよ。もし、価値観が違うと言うだけで排除の対象となった場合は私に言いなさい。きちんと教えておかないといけないからね」
アルフィスの言葉は『王家の権力を使って潰す』と宣言したに他ならない。その事に気付いた生徒達はゴクリと喉をならす。
「お前は俺の大事な仲間だ。その仲間が困っているのは見過ごせないから、何かあったら遠慮無く言ってくれ」
アレンの言葉も『アインベルク家が庇護していること』を知らしめるものであった。
「私もですわ。あなたは大事な後輩…そのあなたが困っているのなら、私も手を貸しますよ」
クリスティナも続いた。こうして、ジュセルには王家、エルマイン家、そしてアインベルク家の庇護がある事を周囲の生徒達に知らしめることに成功した。
「ありがとうございます」
ジュセルが3人にお礼を言う。全員がその様子を満足気に眺めている。
(これぐらい脅しとけば大丈夫だろう)
(ああ、これでジュセルに手を出すと言う事は王家、エルマイン家、アインベルク家を敵に回すという事が明日には知れ渡るはずだ)
アレンとアルフィスは視線を交わしながら互いに頷いた。
だが、この時の脅しが利きすぎてしまい、ジュセルに話しかけるという者がアルフィス、アディラ、クリスティナ以外にいなくなるという事にこの段階では誰も気付いていなかった。
翌日の編入した事を告げる挨拶をクラスメイトにした時に、脅しが利きすぎた事をジュセルは気付くが、すでにぼっちへの道を歩き始めた事を止めることは出来なかった。
(アレンさん、アルフィス様、クリスティナ様…脅しが利きすぎたよ)
ジュセルは自分の置かれた状況に頭を抱える事になったのであった。




