挨拶⑰
アレン達は学園のサロンで席に座り、アディラ、アルフィスの授業が終わるのを待つ事にした。
「ところでアレン」
フィアーネがアレンに問いかける。
「どうした?」
「うん、ここって私達が居て良いのかしら。私達はこの学園の生徒じゃないのよ」
フィアーネの意見は正論と言うべきものだ。この学園のサロンは基本的に学園の生徒のためのものである以上、部外者のアレン達が使用することは本来は出来ない。
「確かに厳密に言えば俺達はここで座ることは出来ないが、今回は仕方がないので道理には引っ込んでもらおう」
アレンの言葉にフィアーネ達は首を傾げる。エルヴィンがアレン達を率いてこの学園にやって来た背景はすでに全員が察していた。すなわち、アレンとジュセルとの関係を見せつけることでジュセルにちょっかいを出す者を牽制しようとしている事は理解できていた。
アレンが学園長に釘を刺すことで、ジュセルという存在は教員達にとって侮る事が出来ない存在となったのだ。
しかしフィアーネ、レミア、フィリシアはなぜ自分達まで連れてこられたかという事が今一わからなかったのだ。アレンとのハグに釣られたという背景はあるのだが、それだけで連れてこられた訳ではないのは明らかだった。
「エルヴィンさんはどうして私達まで連れてきたのかしら?」
フィアーネの言葉にレミア、フィリシアも頷く。その言葉を聞いてアレンとジュセルは「え?」という表情を浮かべた。
「え? 3人ともわかんないの?」
アレンの声には呆れた様な響きがある。
「はい…今一わかんないです」
フィリシアの言葉にアレンは苦笑しながら言う。
「今回のエルヴィンさんの行動は全て『ジュセルのため』だ」
アレンの言葉に全員が頷く。アレンはそれを見てさらに続ける。
「フィアーネ、レミア、フィリシアを呼んだのは、みんなとジュセルを一緒に居るところを学園の連中に見せるためだ」
「「「?」」」
アレンの言葉に3人とも首を傾げている。
「3人とも自覚を持ってくれ。みんなはすでにこの王都でものすごい有名人なんだぞ」
「え?そうなの?」
「冒険者の間ではそれなりに名は売れているけど…貴族の方々に名が知れてるのかな?」
「レミアの言うとおりですよ…私達の事を貴族の方々が知っているとは思えませんが…」
フィアーネ、レミア、フィリシアは揃って首を傾げている。その様子を見てアレンは呆れたような視線を3人に向ける。
「いいか。フィアーネはジャスベイン家の令嬢で『雪姫』、…レミアは『戦姫』。フィリシアは『剣姫』という二つ名のおかげで想像以上に王都では有名人だ。そんな、有名人がジュセルと一緒にいれば、それだけで一目置かれるさ。加えて言えばみんなの姿絵が売られているって知ってるか?」
「うん」
「誰も買ってないから恥ずかしいだけよ」
「売れたら売れたで恥ずかしいですけど…」
アレンの言葉に3人は思い思いの反応を示すが、共通しているのは「誰が買うんだ?」という思いである。
「結構な売れ行きらしいぞ。知らぬは本人ばかり…ってやつだな」
アレンの言葉に3人は顔を赤くする。そこでフィアーネが何かを思いついたような表情を浮かべた。
「ねぇ…アレンも私達の姿絵とか買ったりするの?」
フィアーネがアレンに尋ねるが、アレンはあっさりと首を横に振る。
「なんで目の前に本物がいるのにわざわざ買う必要があるんだよ」
「もう!! そこは欲しがる所じゃない!!」
フィアーネは拗ねたようにアレンに抗議の声を向けるが、アレンは苦笑しながらもサラリと流す。その光景を見てジュセルが胸焼けを起こしたような表情を浮かべている。どうやらアレンとフィアーネの雰囲気に当てられたらしい。
なんだかんだ言って、本人達はそれほどでもないと思っているようだが、アレンと婚約者達はちょっとしたときに甘い雰囲気を醸し出すのだ。
(独り者には居たたまれないんだよな…)
ジュセルは心の中でそうぼやきだしていた。
「つまり…アレンさんだけでなく有名人のフィアーネさん達も俺の味方と知らせるために親父が仕組んだと言う事ですか?」
ジュセルが話を変えるためにアレンに尋ねる。
「ああ、間違いなく貴族という人種は、その辺りの状況判断は的確だ。ジュセルが俺達と一緒に居る所を見せればその意味を勝手に判断してくれるさ」
アレンは家柄だけ使って他者を見下す者に対しては軽蔑していたが、貴族全体を見下すような事はしない。もし、貴族と言うだけで見下しているのなら家柄で見下すのと何も変わらないのだ。
「なるほど…となると、ここに来るのは王太子殿下と王女殿下というわけですね」
ジュセルの言葉にアレンは頷く。
「みんなもアルフィスとアディラが来たら普通の声で話してくれ。そうすれば聞き耳を立てている連中はジュセルを攻撃することの危険さを認識するさ」
アレンの言葉に全員が頷く。
「それにしてもジュセル君の方が遥かに強いのに、面倒な事ね」
レミアの言葉にアレンも頷く。
「まぁな、実力的に強い者が縮こまらないといけないというのは変な感じだな」
アレンの言葉にジュセルが答える。
「心配しなくても、ここまでお膳立てしてくれて潰れたりしたら申し訳ないので、頑張りますよ」
ジュセルの言葉に全員が頷いたところで、終業の鐘が鳴る。これから昼食と昼休みとなりこの場に、多くの生徒が来ることになるだろう。
「そういえば、王太子殿下とアディラはここに私達が居ることを知っているんですか?」
フィリシアの言葉にアレンは頷く。
「大丈夫だ。エルヴィンさんが間違いなく根回しをしている」
アレンは確信しているような口調で言う。エルヴィンはとにかく準備に余念がない。去るときにアディラに前もって話すぐらいの事はしているはずだ。
「アレン様!!!」
鐘が鳴ってまだ少しの時間しか経っていないはずなのにサロンにアディラが駆け込んでくる。その表情は幸せを前面に押し出したまぶしいばかりのものだ。
「やぁアディラ」
アレンが手を上げるとアディラがこちらに駆けてくる。あまり駆けるのは王女としてどうかと思われるが今のアディラには些細な問題なのだろう。なぜなら…
「ぐへへ~アレン様♪ エルヴィン様から聞いております。ぐへへ♪」
変態親父モード全開だったからだ。
アレンはこの人目の少ない時間ならまだ傷口は浅く済むと思ったためにすぐに立ち上がるとアディラを抱きしめる。
「ぐへへ~♪」
アディラの奇声に対し、ジュセルは気まずそうにアレンとアディラを見ている。フィアーネ、レミア、フィリシアはいつもの事と苦笑している。
「さて、ちょっとアディラ離れてみようか」
至福の時間は終わりアディラは名残惜しそうにアレンから離れると着席する。
「フィアーネ、レミア、フィリシア、こんにちわ♪」
アディラが嬉しさ半分、気恥ずかしさ半分でフィアーネ達に挨拶をする。エルヴィンからで朝、伝言が届けられアレン達がやって来るという話を聞いていたのだ。そしてそこでハグをしてもらうという条件も出されており、アディラは朝から昼に会うことを今か今かと待っており、終業の鐘が鳴ると同時にサロンに向かったのだ。
「今日はアディラ♪」
「今日もアディラはぶれないわね」
「まったく、アディラはいつも通りですね」
フィアーネ達の苦笑混じりの言葉にアディラは口を尖らせる。
「だって、みんなは毎日アレン様と会ってるから良いけど、私は週に1回ぐらいしか会えないんだから仕方ないじゃない」
アディラの抗議に全員が苦笑する。
「そうそう、アディラ」
アレンがジュセルを紹介しようと声をかける。
「はい、そちらの方がエルヴィンさんの息子さんのジュセル様ですね」
アディラはアレンの言葉にすぐに察するとジュセルの方を向き、丁寧な挨拶を行う。
「初めまして、ジュセル様、アレン様の婚約者のアディラ=フィン=ローエンと申します。よろしくお願いします」
王族であるアディラの丁寧な挨拶にジュセルは戸惑う。
「あ、はい。ジュセル=ミルジオードと申します。よろしくお願いします」
戸惑いからであろうジュセルの声は微妙に上ずってしまったが、アディラはにこやかに微笑む。お互いに悪い印象を持たなかったようだ。
「アレン様、ジュセル様も一緒に戦ってくれるんですよね?」
アディラがアレンに尋ねる。アレンは力強く頷くとアディラに返答する。
「ああ昨晩、腕前を確認した。鈍ってる可能性もあったから場合によっては鍛えないといけないかもと思ってたけど、まったく鈍ってない。それどころか以前よりも腕を上げていたな」
アレンの言葉にアディラは嬉しそうに微笑む。どうやら頼りになる人物が加わってくれた事が嬉しいのだろう。
話を始めてしばらくしたらサロンに生徒達が集まってくる。アレン達の姿を見て不快気に顔を歪める者もいるが、アディラと一緒に居ることからちょっかいをかける者はいないようだ。
ただ、これは大きな誤解であった。アディラと一緒にいるために、ちょっかいをかけないのでは無く、単純にアレンが恐ろしいというのが主な理由である。前回のゴルヴェラの討伐時にアルフィスとアディラに会いに来た時に何人かの貴族の子弟がアレンに絡んできたが、アレンは完全にやり込めてしまっていたのだ。
その後、ゴルヴェラを討伐し、男爵から一気に侯爵となったアレンを今までのように扱うには危険だったのだ。そして今までのアレンへの蔑みに対して報復されるのではないかとビクビクしていたのだ。
もちろん、アレンは一々そんなことで報復などしないのだが、安心するのは彼らの価値観では難しかったのだ。
「よぉ、ジュセル来たな」
そこに王太子アルフィスが登場する。どうやらエルヴィンはアルフィスにも話を通していたらしい。
王太子の登場にアレン達は全員立ち上がりアルフィスに礼をとる。いかに親友といえども人目がある以上、気安い態度を取れば攻撃の材料にされてしまう可能性があるために礼儀作法についてはアレン達は完璧に行う様にするのだ。
アルフィスの横にはクリスティナもいる。アレンにとっては親友の婚約者であり、数少ない異性の友人である。
(役者は揃ったな…)
アレンがアルフィスに目をやるとアルフィスはニヤリと笑い頷く。
ジュセルの立場強化のための最終劇が始まったのだ。




