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挨拶⑯

 ちょっと長いですが、ご容赦下さい。

 アレン達のもとにエルヴィンが転移魔術でやってきたのは、昨夜の約束通り10時前であった。


 エルヴィンが色々と困った性格をしている事は間違いないのだが、時間をきちんと守る人物である事は間違いなかった。


「お、みんな揃ってるな。それじゃあ行こうか」


 エルヴィンがそう言うと全員が頷く。エルヴィンは足下に魔法陣を展開させる。どうやら転移魔術で一気に学園まで移動するつもりらしい。


「それではよろしくお願いします」


 全員が魔法陣の中に入る。全員が入った事を確認するとエルヴィンは魔法陣を展開させる。アレン達の視点は暗転し、視界が戻った時にはすでにアインベルク邸ではないことが目に入る情報から察せられる。


 転移した場所はテルノヴィス学園の転移室である。このテルノヴィス学園は王族、貴族の子息が通う学園だ。そのため、セキュリティは凄まじく高い。転移魔術で勝手に侵入できないように結界で覆われており、転移魔術で入ろうとして結界に触れると自動的に特定の場所に転送されるようになっているのだ。


 この学園の場合はこの転移室に転送されるようになっており、常にこの転移室には10名の騎士、魔術師が詰めていた。


 転移してきたアレン達の元に10名程の騎士、魔術師がやってくる。


「ア、アインベルク侯」


 転移してきたのがアレンである事を理解すると騎士や魔術師達は姿勢を正す。アレンがゴルヴェラを討伐してから、アレンの評価、いやアインベルク家の評価はひっくり返っており、以前のような蔑む視線を向ける者は表面上格段に減った。

 特に騎士、兵士達の間ではアレンに対する評価が上がるのは著しかったのだ。ゴルヴェラ討伐に参加した近衛騎士達がアレン達の戦いぶりを仲間に語って聞かせたのがその理由である。ちなみにアルフィス、アディラの事も伝えられており、王家の評価も騎士、兵士の中で上がっている。まぁ、こちらはもともとの評価が高かったためにそこまで目立った感じはしない。


「お疲れ様です。編入者の手続きに来ました。通っても問題ないでしょうか?」


 アレンは侯爵と爵位が一気に上がったにもかかわらず、丁寧な口調で話すよう心がけている。他者を見下し、自分の自尊心を守らねばならないほどアレンは自分に自信がないわけではないのだ。


「勿論です。どうぞお通り下さい」


 指揮官と思われる人物が礼を取ると部下達も全員が礼をとり、アレン達は全員で手続きのために事務室へ向かう。そこで色々な注意事項を受けることになっているらしい。


「あ、そうそう、アレン坊や達はこれから一緒についてきて欲しいところがあるんだ」


 歩きながらエルヴィンがアレン達に言う。


「それは良いですが、どこに?」

「ああ、カルジス先生の所だ」


 エルヴィンの言うカルジスという人物は、テルノヴィス学園の学園長である。非常に優れた教育者であり、思慮深く、公明正大な人物である。身分によって生徒の扱いを変えるような事は一切しないという人物だ。

 

「学園長に?」


 アレンの言葉にエルヴィンはニヤリと嗤う。エルヴィンがこの嗤い方をするときは大抵何かを企んでいる時である事をアレンもジュセルもわかっている。


(俺を学園長に会わせる…いや、ジュセルと俺に関係があることを見せるのが目的か…)


 アレンはそう察する。ただそれを口に出すような事はしない。してもはぐらかされるだけだろうし、違う可能性もあったからだ。


「ああ、ご挨拶するのは当然だからね。その時にアレン坊やが一緒にいてくれると話がスムーズに進むんだ」

「でも、すでに通達が言っているんじゃないですか?」


 エルヴィンの言葉にアレンがそう返答する。フィアーネ達もアレンの返答が意味するところを正確に察しているのだろうアレンの言葉に頷いている。


「その可能性はあるが、事が事だからね。直接会って話をするのが一番手っ取り早いんだよ」


 エルヴィンの言葉にアレン達は一応納得し学園長室へと向かう。


 事務室で要件を告げ、学園長に通される。すでにエルヴィンは学園長にアポを取っていたらしい。案内係の女性が扉をノックし、中から「どうぞ」の声が聞こえると扉を開け、学園長室に一行は入室する。


 扉を開けた先に立派な執務机が置かれており、そこに学園長リーグ=カルジスが座っていた。

 思いの外に人数が多かったために少しカルジスは驚いたようだったが、すぐにその驚きの表情は柔和な笑みによって隠れてしまう。


「ようこそ、エルヴィン殿、ご子息殿、そしてアインベルク侯と婚約者の方々」


 カルジスはニッコリと微笑みながら手でソファへの着席を促す。アレン達はその指示に従いソファに着席する。


 端からジュセル、エルヴィン、アレンが座り、もう一つのソファにフィアーネ、レミア、フィリシアが座る。学園長はそのまま執務机に座ったまま話をするようだ。一行の人数が多かったためにソファの席が足りなくなってしまったのだ。無論、詰めれば座ることは可能なのだが、その場合、位置関係が微妙な感じになってしまうのだ。


「学園長、すでにお聞き及びと思いますが…」

「はい、ジュセル君はアインベルク侯の協力者とか…」

「その通りです。ジュセルはアインベルク侯の部下という扱いになります」


 エルヴィンの言葉はジュセルがアレンの庇護下にある事を如実に表している。協力者よりも部下という扱いにした方がより庇護の割合が強まる。

 増してはアレンは国営墓地の管理者だ。国営墓地の仕事は国王から請け負っているものであり、いわばアレンの意向は国王の意向という事になるのだ。そのため、アレンと学園を比較するとアレンの意向を重視せざるを得ないのだ。

 

「それは…アインベルク侯による介入ですかな?」


 カルジスは目を細めエルヴィンを見やる。カルジスにしてみれば、カルジスもまた王立の学園長として辣腕を振るう男だ。アインベルク家が国王から墓地管理を請け負っているように、カルジスもまたテルノヴィス学園を請け負っているのだ。


「ふむ…どうやら学園長は事の重大さを認識されておられぬようだ」


 エルヴィンの呆れたような声にカルジスからわずかに怒気が漏れる。その事を全員が気付いたがアレン達は沈黙を貫く事にした。


「どういう意味ですかな?」

「ジュセルが何のためにこの学園に編入する事になったのか…その根本的な事を伝えられていないのですね。ですから介入などというズレた考えに至るのです」


 エルヴィンの言葉にアレンはエルヴィンが魔神の事を話すつもりである事を察する。その事に気付いて止めようとするが、エルヴィンはアレンを目で制する。


「どういうことですかな?」


 エルヴィンの言葉にカルジスはただ事でない事を察したのだろう緊張の表情を浮かべてた。


「学園長も王太子殿下と王女殿下がアインベルク侯と行動をともにしている事をご存じでしょう?」


 エルヴィンの言葉にカルジスは頷く。


「王族が動くと言う事はそれだけ重要度の高い事案が国営墓地で起こっていると言う事です」

「…」

「その内容を言っても良いが…学園長は聞く勇気がおありかな?」


 エルヴィンの言葉に学園長はゴクリと喉をならしながら頷く。カルジスは別に好奇心から聞いているのではない。学園長として在籍する生徒達の安全を守るためには必要な事であるという教育者としての責任感からである。

 エルヴィンはカルジスが頷くのを確認するとニヤリと笑い内容を告げる。


「国営墓地には魔神が眠っており目覚めようとしています」


 エルヴィンの言葉にカルジスはまたの喉をゴクリとならす。


「魔神…」

「はい、学園長は当然ながらローエンシア王国の建国の伝説をご存じでしょう?」

「もちろんです」


 ローエンシア王国の初代国王は魔神を討伐した英雄であり、魔神が統治していたこの土地の人々を解放しローエンシア王国を建てたのだ。


「その魔神が国営墓地に葬られ、瘴気を放ち続けていたためにアインベルク家が管理をしているという事は?」

「な…」


 エルヴィンはさらに続ける。魔神が討伐された後の死体の行方など誰も気にしてはいなかったが、この王都に魔神の死体があるという事には驚かずにはいられない。


「その魔神の死体が活動を開始し、アインベルク侯、王太子殿下、王女殿下がその対策に動いているという事は?」

「…」


 エルヴィンはさらに話を続けるがカルジスはもはや言葉を発する事も出来ない。


「アインベルク侯達が魔神に敗れればローエンシア…いえ、人間という種は間違いなく滅亡します」


 エルヴィンはそう断言する。実の所、魔神が復活したからと言って人間という種が絶滅すると言う事はあり得ない。なぜなら魔神が活動をしていた時でさえ人間は絶滅していなかったのだ。だが、エルヴィンはその事実を告げない。魔神というカードを切ることでカルジスの恐怖心を増大させ、有利な状況を作り上げようとしているのだ。


(相変わらず…この人の説得は質が悪い…)


 アレンは心の中で呟く。恐怖心を煽り、冷静な判断力を失わせるというのは詐欺師が良く使用する方法だ。


「学園長…私が息子をこのテルノヴィス学園に入学させるのは、魔神討伐の一環なのです」


 恐怖心を煽っておきながらエルヴィンはガラリと話題を変える。


「私の息子は転移魔術を使えます。もし、事が起こった場合にアインベルク侯の元に王太子殿下、王女殿下をいち早く国営墓地にお連れする事が出来ます。ですが…」


 エルヴィンは一端そこで言葉を句切る。


「息子がそれを邪魔されれば魔神討伐に支障が出るのは間違いありません」

「確かにそうですが…」


 エルヴィンの言葉にカルジスは頷く。この段階でカルジスはエルヴィンが何を言おうとしているのか察する。


「つまり…ご子息を特別扱いをせよ…と?」


 カルジスの言葉にエルヴィンは首を横に振る。


「そうではありません。学園での転移魔術の使用を許可…並びに魔術の使用を許可していただきたいのです。加えてもし生徒達などから暴行を受ければきちんと厳正に対処していただくと確約していただきたい」


 エルヴィンの言葉にカルジスは呆ける。その程度の事であれば特別扱いの度合いも非常に小さいためのだ。最後の条件は当然と言えば当然の内容だ。そのためにカルジスは二つ返事でエルヴィンの意見を受け入れる。


「それは構いません」


 カルジスの言葉にエルヴィンはニヤリと嗤う。


(…学園長は上手く乗せられているな…)


 アレンはエルヴィンの言葉の意味するところをしっかりと理解していた。すなわち、この条件ならジュセルは、学園内で何かしら事が起こったとしても自力で対処する事が出来るのだ。最後の条件の生徒達からの暴行の件は、『やられたらやり返す』という事を示している。


「学園長」


 アレンがここで口を開く。エルヴィンがここに自分を連れてきた意味をわかっている以上、一押ししておくつもりだったのだ。


「何かな?」


 カルジスはアレンに視線を向け答える。


「ジュセルは私達にとって非常に重要な存在です。この学園は家柄で物事を図る輩がいることは認めざるを得ませんよね」

「…」


 アレンの言葉にカルジスは答えない。アレンが言った事は生徒だけでなく教員の中にもそういう類のものがいることを示している。


「もし…ジュセルが不当に辱められるような事があれば…私は断固たる処置を執るつもりです」


 アレンの言葉にカルジスは頷く。アレンの言わんとする事を察したのだ。『ふざけた対応をすれば遠慮無く介入する』と言う事を示している。


「勿論だよ。アインベルク侯、私は生徒を家柄で図ることはしないよ」


 カルジスの言葉にアレンは頷く。カルジスの言葉は嘘でないことをアレンはわかっている。カルジスの言葉は『職員はきちんと締めておくから安心しろ』という意味だった。


「はい、学園長ならばそう言うと思っておりました。ジュセル、良かったな」


 アレンの言葉にジュセルは驚くと力強く頷く。


「さて…挨拶はこの辺にしてお暇しようか」


 エルヴィンがそう言うとアレン達は頷き、退出の挨拶を行うと学園長室を退出する。


 退出した一行は廊下を歩く。途中で、アレンがエルヴィンに話しかける。


「あんな所でどうですか?」

「ああ、最後の念押しにアレン坊やが動いてくれた事は正直助かったよ」


 エルヴィンは苦笑しながら答える。


「さて…これで一段落という事でアレン坊や次を任せて良いかな?」

「ええ、問題ありません。エルヴィンさんはどうします?」

「私はそろそろ帰るよ」

「わかりました」


 アレンとエルヴィンの会話にフィアーネ達は「え?」という顔をする。話の流れからしてアレン達を学園に連れてきた理由は何となく察していたのだが、イタズラの帰結を見ないで帰ると言う事に戸惑ったのだ。

 一方でアレンの方は露骨に喜色を浮かべていたが、その後のエルヴィンの言葉を聞くとやはりエルヴィンは甘くない事を思い知らされる。


「あ、そうそう、アレン坊や、アディラちゃんをきちんと抱きしめるのをサボっちゃだめだよ。それからフィアーネちゃん達もきちんともう一回抱きしめること」

「え?」

「嫌ならジュラスへの報告義務をうっかり忘れるよ?」

「…やります」

「それは良かった。フィアーネちゃん達は今度会ったときに事の次第を教えてもらうからね」


 エルヴィンはそう言うと転移魔術を展開し転移する。後に残ったアレン達はアディラの授業が終わるまで待つためにサロンに向かうのであった。

 

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