挨拶⑫
「さ~て…アレンに良いところを見せたいからジュセル君、協力してね♪」
フィアーネの言葉にジュセルは頷く。
(フィアーネさんは本当にアレンさんが大好きなんだな。アレンさんもフィアーネさん、レミアさん、フィリシアさんの事大好きなようだし、良かった良かった)
ジュセルの見たところ、アレンと婚約者達の関係はとても良い。お互いがお互いを尊重し、大切に思い、信頼しきっている。ここまで理想の信頼関係を築ける事はほとんど奇跡に近いとジュセルは思っている。
ジュセルはアレンがアインベルク家の出身という理由で、貴族から蔑まれているのを知っていた。同年代の貴族でアレンと交流があったのは王太子アルフィスとその婚約者クリスティナ、そしてアディラぐらいだった。
まぁ、その交流のある相手がこの国のトップという事がアレンへのやっかみに繋がった一面があるのだが…。
ジュセルはアレンを尊敬していたので、アレンを蔑む貴族に対して当然ながら好意的ではなかった。そのアレンがここまで幸せな人間関係を築いているのだがらジュセルとすれば嬉しいとしか言いようがなかった。
「まかせてください!! フィアーネさん、アレンさんに格好良いところを見せましょう!!」
ジュセルの言葉にフィアーネは、我が意を得たと言わんばかりの良い笑顔をジュセルに向ける。普通なら見惚れるようなフィアーネの笑顔であるが、ジュセルはそれよりも戦友にも似た感情がわき上がるのを感じている。
「ええ、ジュセル君、飛ばしていくわよ♪」
「はい!!」
フィアーネとジュセルは頷きあうとトロルに向かって走り出す。いや、ほとんど転移魔術を使ったのではないかと思われるほどの人知を越えた速度でトロルに到達する。
「でりゃああああああ!!!!」
フィアーネが雄叫びを上げてトロルの腹を殴りつける。トロルの巨体は3メートルを超える。その巨体がフィアーネの一撃で10メートルほどの距離を飛び地面を転がった。もし、トロルがアンデッドでなく生物であったら間違いなく今の一撃で終わっていただろう。
だが、アンデッドという現状が戦いの決着を迎えさせた訳ではなかった。
トロルはダメージを感じさせない動作で立ち上がった。そこにジュセルとフィアーネが再びトロルへ攻撃を振るう。
ジュセルは九節混の各節を外し距離を伸ばすとトロルに放つ。トロルはその一撃を戦槌で受け止めるが、九節棍の恐ろしさは一つの節を防いでも、その先の節の勢いは止まらず相手への打撃へとなる事だ。
今回のジュセルの九節混を防いだトロルの戦槌もまさにそれで、戦槌により防いだ節から先が軌道を変えてトロルの肩口に叩き込まれた。
ジュセルは当然、九節棍を魔力で強化しておりトロルの右肩を打ち砕くとそこにフィアーネが間髪入れずに回転し、浴びせ蹴りをトロルの首に叩き込んだ。
ドゴォォォォオ!!
まともにフィアーネの浴びせ蹴りをくらったトロルは今度は横転し吹っ飛ばされる。
『グオォォォォォォオッォ!!』
すぐに立ち上がったトロルは咆哮する。まるで理不尽な暴力を振るうフィアーネとジュセルに向けての抗議の声のようにも聞こえる。
トロルは戦槌を振り上げるとフィアーネに振り下ろす、直撃すればフィアーネは踏みつぶされた虫のような無残な屍をさらす事になるのだろうが、フィアーネはそれを最小限度の動きで躱すと懐に潜り込み、腹に正拳突きを叩き込む。
ドゴォォォォ!!
またも轟音が響き、フィアーネの拳の威力の凄まじさを周囲に知らせる。トロルは腹への衝撃の為にくの字に体を折り曲げた。そこにフィアーネが降りてきた顎に向かって容赦ない拳の一撃を放つ。
ボギャァァァァ!!
下からの突き上げのためにトロルは1メートルほどの高さに持ち上がり、地面に落ちる。殴った角度のせいだろう、トロルはバランスを崩すことなく立っている。
そこにジュセルが九節棍を一本の棍にして魔力を込めた一撃をトロルの右腕に叩き込んだ。
ビギィィィィィ!!!!
凄まじい音はトロルの右腕が粉砕した事を示していた。トロルの肘と手の間の箇所は折れ曲がっている。このトロルはアンデッドであるために痛覚はない。だが、骨が砕かれた状況では巨大な重量の戦槌を支えることは出来ないのだ。
「さすがジュセル君♪」
フィアーネはそう言うとトロルの顔面を思い切り殴りつける。3メートルほどの距離を飛びトロルは地面を転がる。
「フィアーネさん、そろそろ全力で行きましょう」
ジュセルがフィアーネに声をかける。圧倒的な戦闘力でトロルを蹂躙していた2人であったが、それぞれ余力を持っていたのだ。
「そうね、肩慣らしは終わりね♪」
フィアーネもその事を認めると魔力を拳に集め始める。先程までの攻撃は魔力による強化を行っていなかったのだ。
「はい!!」
ジュセルは返事をすると魔術の詠唱を行う。ジュセルの前面に直径20㎝程の数十の魔法陣が現れる。
ジュセルが放とうとしている魔術は【魔礫】だ。この【魔礫】という魔術は基礎中の基礎の魔術であり、魔術の素養のあるものであれば誰でも使えるものである。
だが、直線にしか飛ばない事、少しの事で弾道がずれる事、殺傷能力がそれほど高くないという事で戦闘で使うものは皆無と言っても良い。【魔礫】を使うぐらいなら【魔矢】を使用した方が余程効率が良いのだ。
だが、ジュセルはこの【魔礫】を改良し、威力と命中精度を上げていたのだ。しかもそれを同時に展開する事でもはやオリジナルの魔術と呼んでも差し支えない。
ジュセルは基礎魔術を組み合わせるのが好きだったのだ。この数十の魔法陣も単純に【魔礫】を同時に連発したら面白いのではないかと思ってやってみたら思いの外、重宝するようになったのだ。
「フィアーネさん、トドメを頼みます!!」
「まかせて♪」
ジュセルの言葉にフィアーネが気合いの入った声でこたえる。
ジュセルの魔術が発動し、前面に現れた魔法陣から【魔礫】が発射される。その数は軽く1000発を超えるであろう。高速で放たれた魔力の塊はトロルに着弾する。
トロルは両腕を掲げ身を守ろうとするが、礫は容赦なくトロルの肉体を削っていく。トロルの肉体が礫により、少しずつ削られていく。指に当たった礫が容赦なくトロルの指を吹っ飛ばす。吹っ飛んだ指が新たな礫により細かく砕かれていく。
トロルの肉体に礫がめり込む、すでに絶命しているアンデッドのトロルであるため、血が舞い散ることはないが、凄惨な光景が展開されていた。
時間にすれば10秒にも満たない短い時間だったが、1000発を超える礫によりトロルの肉体はかなり削られている。特に膝関節部分に当たった礫はトロルの機動力を大きく奪うことになったのだ。
「でりゃああああああああ!!!!」
フィアーネが気合いのこもった声と共に膝をやられて動けないトロルに向かって走り出す。フィアーネの拳はトロルの心臓部分に凄まじい速度で放たれるとトロルの肉体は一瞬で肉片に変わる。
比喩ではなく文字通りトロルは粉々になったのだ。そのような規格外の一撃がトロルだけで終わるはずもなかった。フィアーネの渾身の一撃の衝撃波はトロルの肉体を粉々にしてそのまま墓地の施設ごと吹き飛ばしたのだった…。
「よし♪」
フィアーネの満足そうな表情を見て、アレンはこの時に一抹の不安の正体がようやくわかったのだ。
フィアーネとジュセルを混ぜてはいけなかったのだ。




