挨拶⑪
レミアとフィリシアは命を刈る者へ向けて駆け出す。すでにデスナイト、死の聖騎士を刈り尽くした命を刈る者は自分に突っ込んでくるレミアとフィリシアに対して、刺々しい殺気を放っている。
(いくか…)
レミアはそう心の中で呟くと、走りながら転移魔術を展開する。レミアの姿が煙のようにふっと消えた。
フィリシアはその事に一切動じることなくそのまま命を刈る者へ向けて突っ込む。
命を刈る者は敵対者の片方が消えた事に僅かながら戸惑ったように見えるが、その動揺は一瞬の出来事である。
レミアが転移した場所は、命を刈る者の左側だ。転移を終えたレミアは双剣を振るい命を刈る者に斬撃を見舞う。首と足にほぼ同時に放たれる斬撃を躱すことは容易ではない。
命を刈る者は首への斬撃をかろうじて躱し、足への斬撃を自らの大鎌の柄で受け止める事に成功する。
だが、それは攻撃の終わりを意味するものではなかった。意識が逸れたところにフィリシアが斬り込んだのだ。
フィリシアの斬撃はもはや教本に載るレベルの完成度だ。一流の剣士が修練に修練を重ねてようやく到達するであろうという斬撃をフィリシアはあっさりと放つ。国営墓地での毎日の実戦とアレン達を襲ってくる魔族や魔人達との戦闘がフィリシアの実力を何段階も引き上げていたのだ。
無論、それは同じように実戦をこなしていたレミアもフィアーネも同様だった。もはや、国営墓地に来た頃の彼女達の実力とは一線を画していたのだ。
キィィィィン!!
その斬撃を命を刈る者は大鎌の柄をクルリと回転させ刃の部分で受け止める事に成功する。
(く…やるわね)
フィリシアは自身の斬撃を防ぎきった命を刈る者に対し、惜しみない賞賛を心の中で送る。
だが、今度はレミアが回転し命を刈る者の延髄の位置に斬撃を放つ。
延髄への斬撃をかろうじて躱す。だがそれは致命傷を避けたという意味であり、深く被っているフードごと命を刈る者の頬をザックリと斬り裂く。続けてレミアのもう片方の剣が脇腹を薙いだ。
ズバァッ!!
今度は命を刈る者はレミアの双剣を躱すことは出来ずに脇腹を斬り裂かれる。
命を刈る者は大鎌を槍のように突き出す。それをレミアはあっさりと躱した。しかし、命を刈る者は鎌を回転させ刃の部分をレミアの首の後ろの位置に持ってくると凄まじい速度で鎌を引く。
見えない斬撃であり普通の…いや、一流の剣士であっても首が落とされるところだったのだろうがレミアは横っ飛びして躱した。しかも横っ飛びする間に双剣の片方を首筋に当てて首を落とされないようにしていた。
フィリシアはレミアへの攻撃を仕掛けた隙を狙おうとしたのだが、鎌を引いた攻撃の反対側の石突きで槍のように突き込まれ、それを躱したために攻撃を仕掛けることが出来なかった。
(…あの、鎌はかなり厄介ね…攻撃の範囲が広い…)
レミアは命を刈る者の大鎌がかなり厄介な武器である事を認識した。
突けば槍、刃の部分は背中の位置に置いて引けば見えない斬撃を放つ事が出来る。石突きの部分も命を刈る者の膂力と速度から考えれば凄まじい凶器である事は間違いない。
(強いわね…レミアと私の2人がかりで決める事は出来なかった…)
一方でフィリシアも命を刈る者の実力を見直していた。少なくともかつて自分とレミアが斃したゴルヴェラであるリラムンド以上の実力があると見て良いだろう。
(まぁ…あの間抜けなゴルヴェラよりも強いのは当たり前か)
フィリシアは同じ大鎌使いである命を刈る者の方が軍配が上がると考えていたのだ。
「さて…それじゃあ…再開と行きましょうか」
フィリシアはそう言うと命を刈る者へ踏み込む。命を刈る者は大鎌を槍のように突き出してくる。フィリシアは刃の部分に斬撃を繰り出す。
キィィィィィン!!
澄んだ金属同士がぶつかる音が周囲に響く。命を刈る者は大鎌を横に薙ぎフィリシアの剣をはじき飛ばす。突っ込もうとするレミアをフィリシアは視線で制止する。
(レミア…あなたがトドメを刺してね)
フィリシアの目がそう言ったようにレミアは感じる。レミアは小さく頷いた。
(さすが、レミア…わかってくれるわね)
フィリシアはもう一度先程の箇所に斬撃を繰り出す。
キィィィィィン!!
再び澄んだ音が響き渡る。命を刈る者は大鎌を振りかぶるとフィリシアに袈裟斬りを放つ。フィリシアはその袈裟斬りを紙一重で躱すと2回の斬撃と寸分違わぬ箇所に斬撃を放つ。
キィィィィィン!!!!
フィリシアの斬撃は命を刈る者の鎌の刃部分を両断する。寸分違わぬ箇所に斬撃を放ち3度目にして命を刈る者の大鎌の刃部分を斬り落としたのだ。
斬り落とされた刃部分は数メートルの距離を飛び、地面に突き刺さった。
「す、すごい…」
レミアの口からフィリシアの神業に対して賞賛の言葉が漏れる。フィリシアの実力を高く評価していたレミアであったが、ここまでの神業を持っているとは思ってなかったのだ。
レミアが驚いたのは動いていない箇所に打ち込んだのではなく、高速で放たれる斬撃で同じ箇所に打ち込んだ事に驚いたのだ。
しかも3度目は前の2回と違って軌道が読みづらい袈裟斬りである。それを成功させたのだから、フィリシアの実力の高さは凄まじいの一言だ。
(剣姫…アナスタシアさんの付けた異名はまったくもって正しかったわね)
刃を斬り落としたフィリシアは返す刀で命を刈る者の両腕を切り落とした。命を刈る者の両腕は宙を飛び地面に落ちる。
両腕が地面に落ちた瞬間とレミアが間合いを詰め、背後から双剣を首で刎ね飛ばすと同時に、もう一方の剣で肩口から心臓の位置にある核を切り裂く。核を斬り裂かれた命を刈る者は膝から崩れ落ちると動かなくなる。
命を刈る者は動く死体であり、核が失われた事で物言わぬ死体に戻ったのだ。
「さて…他のみんなはどうかしら…」
レミアが他の戦いを見ると、アレンと目があった。どうやらアレンは勝利を収めた事がわかりほっとする。
「ねぇ…レミア…あれって…」
フィリシアの言葉にレミアはもう一つの戦いに目をやることになったのだ。




