挨拶⑦
そのアンデッドは、いわゆるスケルトンタイプのアンデッドであり肉は一切ついていない。だが、その骨格は人間のものでないことは明らかであった。
なぜなら、その骨格の頭部には角が3本あり、背中には生前には翼があった事を思わせる骨格があった。また、1メートル程の尻尾の骨がついているのだ。いわゆる悪魔の骨格を持っていたのだ。
右手に2メートルほどの錫杖をもち、豪奢な神官を思わせる服を身につけている。首元に飾られたこれまた豪奢な首飾りは、生前の権威の証のようにも思われる。
「『フェーベン』か…」
アレンの口からアンデッドの名前が発せられる。
「フェーベン? アレンさん、あいつは一体…」
ジュセルがアレンに尋ねる。
「ああ、奴は見たとおり、『リッチ』と同系統のアンデッドだ。魔術特化のアンデッドで見たとおり、元悪魔がアンデッド化した者だ」
アレンの言葉にフィアーネが尋ねる。
「と言う事は基本の対処方法は、リッチと同じで良いの?」
「ああ、基本はそれで良いんだけど、悪魔をベースにした奴だから魔力は桁違いと思った方が良い」
「わかったわ」
アレンの言葉にフィアーネだけでなく全員が頷く。
『ふはははははは!!』
突然、フェーベンが嗤い出す。明らかにアレン達を見下した声にアレン達は不愉快な表情を浮かべる。
『貴様らごとき虫けらが…私と戦えると思えるところが滑稽だな…』
フェーベンの言葉をアレン達は誰も返答しない。せっかくフェーベンが色々と話してくれるのだから、こちらとすれば情報を収集するという観点からも沈黙しておく方が良いと考えたのだ。
ちなみに不愉快な表情をアレン達が浮かべたのは半分は演技からである。悪魔や魔族、アンデッド達の多くは人間を見下しているのは当たり前の事なので、一々腹は立てるような事はしない。むしろそれにつけ込む事こそ、やるべき事であった。
「お前には自我があるというわけだな」
アレンの言葉にフェーベンはさらに嘲るような声で返答する。
『ふ、今こうして貴様と話していることが何よりも自我がある証拠ではないか』
フェーベンの言葉にアレンはやれやれと肩をすくめてみせる。アレンの『こいつは何もわかってないな』というジェスチャーにフェーベンは不快なものを感じたようだった。
『人間如きが、なんだその態度わ』
「いやな…お前はアホなんだなと断定したんだ」
『なに?』
アレンの言葉にフェーベンの声が低くなる。
「まず…根拠は3つだ」
『3つだと?』
「ああ、みんなはその根拠はわかってるよな?」
アレンが全員に向けて尋ねると、全員が間髪入れずに頷く。
「まず一つ目…、俺が自我の有無を尋ねた時に、『話している事が何よりの証拠』などという頭の悪すぎる返答をしただろう」
『それがどうしたのだ…』
「その体をお前が遠隔操作している可能性があるだろうが」
『…』
「なのに、お前は『話しているから自我がある』という根拠の薄すぎる論法を持ち出したアホという証拠だな」
『きさ「さらに二つ目は!!」』
アレンはフェーベンが反論しようとしたところを強引に次の話題に持ち込む。実際の所、アレンの言った言葉こそ、まったく論理的におかしいのだ。
なぜならアレンは質問に『お前に自我があるのか?』という表現を使っている以上、フェーベンが遠隔操作されていようがされていまいが、自我があるのは明らかだ。
その事をアレン達はもちろん自覚している。自覚した上でフェーベンをからかっているだけなのだ。フィアーネ達はアレンがフェーベンに言葉をかけた事で、からかい始めた事を察していたのだ。ジュセルもカタリナは、話を合わせておこうと頷いていただけだったのだ。
「お前の人間を見下した態度だ。大体にして人間だからと良くも知りもしない段階で見下すのは愚の骨頂だ!!」
『人間のよう「はい、それじゃあ三つ目な」』
アレンはまたも強引に話を打ち切り話題を変える。あまりにも無軌道な行動にフェーベンは怒りを覚えているようだ。
「お前は簡単に欺されすぎる!!」
アレンの断言にフェーベンは呆気にとられる。
『私が欺されている…だと?』
「ああ」
『貴様がいつ私を欺したというのだ』
フェーベンの言葉にアレンはニヤリと嗤う。
「ふ…気付かないのか? 俺が仕掛けた罠に」
『なんだと?』
フェーベンは罠という言葉に思い切り狼狽えたような声を上げる。ここに来て自分の見に降りかかる敵の攻撃の可能性に気付いたのだ。
「今だ!!やれ!!」
アレンは突然、声を張り上げる。その声にフェーベンは手にした錫杖を振り向き様に振るう。
フェーベンの錫杖は何もいない空間にただ振るわれただけであった。
「な?」
アレンの嘲る声がフェーベンに降り注ぐ。この段階でフェーベンはアレンに遊ばれた事を察する。
『おのれ…人間如きがこの私を虚仮にしおって!!!!』
フェーベンの口から凄まじい憤怒の声が発せられる。フェーベンにとって人間にコケにされるなどと言う事は凄まじい屈辱なのだろう。それほどの憤怒の声を受けているにも関わらずアレンは涼しい顔をしている。
「なぁ…みんな、あいつ何か怒ってるな?」
「ええ、何かあったのかしら?」
「多分恥ずかしいのを誤魔化すために怒ったフリをしてるのよ」
「逆にみっともないですね…私だったら恥ずかしくて死にたくなりますね」
アレンの問いかけにフィアーネ、レミア、フィリシアは苦笑混じりにフェーベンの心を抉りにいく。ジュセルとカタリナは小さく苦笑しているだけだったが、それもまたフェーベンには気に入らない出来事だった。
「さて、お遊びの時間はここまでだ。みんなやるぞ」
アレンの言葉に全員が頷くとそれぞれ武器を構える。
『人間如きが…皆殺しだ!!』
フェーベンもまた錫杖を構える。
国営墓地においてアレン達とフェーベンの戦いが始まった。




