修練②
ロムとジェド達6人は修練場で対峙する。
(う~ん…こんな機会滅多に無いからな…でも普通に始めたらあっさりと終わってしまうな)
ジェドは心の中でそんな事を思う。せっかくの機会なのだからできるだけ多くのものを吸収したい。
「レナン、アリアはシア、ファリアを守ってくれ。シドは俺と前衛だ」
「わかったわ」
「うん」
「はい」
シア、レナン、アリアはジェドの提案に頷く。
「わかった」
「わかりました」
シア達の返事から少しの間をおいてシドとファリアが返事を返す。
(ふむ…ここでジェドさんが、基本の作戦を話す…何かありますね。それともそう思わせる事自体が目的でしょうか?)
ロムはジェドのこの行動を額面通り受け取るか一瞬迷う。額面通りか否かという二択が実は一番悩むのだ。
(やりますね…いきなり心理戦をしかけてくるとは…)
ロムは弟子の成長に嬉しくなる。おそらくこれを心理戦と捉えるのはロムなどの強者ぐらいだろう。ほとんどのレベルの者達は今のジェドの行動が心理戦である事すら気付いていない。
そう、すでに勝負は始まっているのだ。凡庸な者は試合というのは始めの合図から始まるものと思っているが当然それは誤りだ。その前にどれだけの準備をしたかというのが問題なのだ。
(ロムさんなら今の言葉が心理戦の一環だという事に当然ながら気付いている…シアはそれを察してくれているだろうが、他は気付いていないだろう…迂闊だった)
ジェドは他の4人には自分の意図が伝わっていない事を察している。これは別に他の4人が劣っているのでは無く、単にシアに比べてジェドと共に戦った事が圧倒的に少ないと言う事を意味しているだけだ。
(残念だけど…この6人は一つのチームに現段階でなっていない…ロムさんは2対1を3回くり返すという事になるだけね…)
シアも自分達の置かれた状況をきちんと把握している。生まれも育ちも違う者達が一つのチームになるのは時間がかかるのだ。
(たられば言っても仕方ないわね…この状況で最大限の効果を上げるにはどうしたら良いのかしら…)
シアは頭を悩ませるが、残念ながら時間が足りない。
「それでは…この銅貨を投げますから地面に落ちた瞬間に試合開始ということで…」
「「「「はい」」」」
コクっ…
ジェド達は声で、レナンとアリアは頷くことで了解の意を示すと、ロムはコインを投げる。ロムの投げたコインはかなりの高さまで上がる。
(ふむ…コインに目をやらないのは、やはりジェドさんとシアさんですね)
ロムはコインに目を奪われないジェドとシアに対して心の中で賞賛を送る。もし、ロムがこの段階で攻撃を他の4人にすれば瞬く間に勝負は決してしまう。
(ファリアさんとシドさんには、後日指導するとしましょう。レナン様、アリア様にはジェドさん、シアさんにお任せするとしましょう」
チャリ~~~~ン…。
投げた銅貨が地面に落ちる。試合が始まったのだ。
試合が始まった瞬間に動いたのはシアだ。後衛のはずのシアが最前線に移動したことに、ジェド以外の者は面食らった。
いや、それに驚かなかったのはロムだ。ロムは相手の言葉を額面通り受け取る事の愚かさを経験上知っているので、ジェドの言葉が額面通りだろうが、違っていようがどちらにも対処できるようにしていたのだ。
シアは掌をロムに向けずに【魔矢】を放つ。ロムがいる方向とはまったく異なる方向に放たれた【魔矢】であったが、すぐに弧を描きロムに向かって飛んでいく。
シアが【魔矢】を放ったのはこれでロムにダメージを与えるのでも、牽制するためでも無かった。意表をつくのが目的だったのだ。
だが、ロムはこの戦法をかつて経験した事があったのだ。かつて自分にこの戦法を行ったのはユーノスとジュラスである。当時はこれで流れを失い、二人に初黒星を付けられたのだ。
(ふふ…懐かしいですね。あの時の二人も色々と工夫してきましたね)
ロムは微笑む。ふと懐かしさがこみ上げてきたのだ。同時に次の世代も順調に育ってきているという事を確認出来たことも嬉しかったのだ。
そこにジェドがロムに斬りかかる。木剣である以上斬りかかるという表現はおかしいのかも知れない、だがジェドの木剣は真剣のような鋭さで振るわれており斬りかかるという表現は決して誇張されたものではなかった。
ジェドが狙ったのはロムの足下だ。腹、首などを狙ったところでロムには通じないのは明らかである以上、まずはロムの戦力を削るという方向で戦いをすすめる事にしたのだ。
ロムはジェドの足への斬撃を躱すと放たれた【魔矢】を素手ではたき落とした。
(やはり…この程度の魔術では…)
シアがそう思ったところに、虚を突かれていたシドも参戦する。シドは隙の少ない突きを放つ。シドが狙ったのは腹だ。だが、ロムはそれを読んでおりシドの木剣を掴んだ。
「なっ…」
この行動に驚いたのはシドだけでは無い。ジェドも少なからず動揺した。シドの突きは決して遅いものではない。いや、いくら速度が遅くても相当な威力である以上、片手で掴むなど不可能なはずだ。
それをロムはあっさりと掴んだのだ。しかも魔力での強化も『無し』にである。
(おいおいおいおい…本当におかしいぞこの人)
ジェドはロムが強いのは知っていた。だが、いくら木剣とは言え、素手であの突きを掴むという事実におどろかざるを得ない。ここまで規格外とは思ってもみなかったのだ。
(ふむ…以前よりもシドさんの突きは鋭さ、威力ともに上がっているのは間違いないですね…)
ロムはシドの突きを掴んだときに威力が上がっているのを確認する。以前の突きであれば指でつまむことが可能だったのに、今回は手全体を使わなければ止めることが出来ないのだ。
シドがこの事を知れば喜ぶか、ロムとの差を思い知らされて落ち込むか判断はつかない。だが、シドが追い詰められている事は確かである。
「はっ!!!!」
シアがロムの間合いに飛び込み、中段突きを放つ。ロムの体術の指導の賜だろう、シアの中段突きの威力は決して女子の細腕から放たれるものではない。
大の男が戦槌を振り上げて放つ一撃に匹敵するだろう。
だがロムはその突きを躱さない。ロムがしたことはシドの剣を握ったまもう片方の手で木剣の鍔元を握ると、シド事振り回した。当然、シドは横に振られる。振られた先にはシアがいた。
「きゃあ!!」
「がぁ!!」
シドとシアは激突し二人は地面に倒れ込む。
「くっ…」
ジェドは追撃を行おうとするロムの足下に斬撃を放つと、ロムは距離をとった。
距離をとったロムに対してファリアが【聖矢】を放つ。威力、精度どちらも相当なレベルであったが、ロムに通用するレベルでは無い。ロムはあっさりとファリアの【聖矢】をはたき落とす。
(ほう…ファリアさんも間違いなく上達してますね…ですが彼女は勘違いしてますね)
ロムはファリアの上達を嬉しく思うと同時に惜しいと思っていた。根本的に勘違いしている事に対して惜しいと思うのは当然だった。
「シア、シド!! すぐに立て!! やられるぞ」
ジェドの言葉が発せられるとシアとシドは立ち上がる。見たところ、戦闘続行は可能のようだ。
ここでレナンとアリアはあまりの試合の高度さの驚愕さが解けたのだろう。シアの前に立つ。
「さて…それでは様子見はこれで終わりと言う事で…」
ロムの言葉にジェド達はこくりと頷いた。




