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閑話~勇者の報告~

 ランゴルギア王国の王都『グルモスティア』にあるリーディン伯爵家の屋敷に転移してきた者がいた。


 その人物の名は『リューク=バラン=リーディン』、現リーディン伯の弟にして、ランゴルギア王国の勇者である。


 貴族の屋敷には、転移魔術による侵入を防ぐために防御結界が張られており、屋敷の中に転移することは出来なくなっている。そのため、屋敷には大抵、転移場所が設けられており、屋敷の結界にあたるとそこに転送されるようになっているのだ。


 だが、防御結界を形成するときに許可を受けた者はそのまま屋敷内に転移することも可能なのだ。


 そして、屋敷内に転移してきたと言う事はリーディン家にとって重要、家族である事を示しているのだ。


「リューク様、お帰りなさいませ」


 リーディン家に父親の代から仕える初老の家令であるシュハンがリュークを出迎える。


「ただいま。シュハン」


 リュークがニコリと微笑む。その笑顔を見てシュハンはリュークの変化を感じた。リュークは礼儀正しいし、使用人に対しても横柄に接することはない。そこの所の態度は一切変わっていないのだが、幼い頃よりリュークを見ていたシュハンには変化を感じたのだ。


(リューク様はお変わりになられた…明らかに良い方に…)


 リュークは勇者になってから、常に張り詰めていた。勇者として敗北が許されないという思いが常に気を張っている状況をもたらしていたのだ。シュハンはその態度を勇者として頼もしいと思っている反面、闊達さが失われている事を痛ましく思っていたのだ。

 だが、今のリュークは張り詰めていたものが緩んでいる。だがその緩みは決してリュークの弱体化を意味するものではなく、むしろ強大になった印象だった。


 緩くはあるが、軽くはない。そんな一皮むけたような印象をシュハンはリュークから感じたのだ。


「シュハン、兄さんは?」


 リュークの口から兄の居場所を尋ねられる。現伯爵であるリオンとリューク、妹のフローラはとても仲が良い。他の者の目があるときは『兄上』、『伯爵』と呼ぶのに家族、使用人しかいない場では『兄さん』という表現を使うのだ。


「只今、執務室で執務を執っておられます」


 シュハンの言葉にリュークは顔を曇らせる。挨拶をしたかったし、アレンについても話したかったのだが、執務中であるなら後にするべきか迷ったのだ。


「そうか…それでは執務が一段落したら今回の件を報告するとしよう」


 リュークの言葉にシュハンは微笑む。自分の事では無く他者の事情を優先するのはリュークの美点であるとシュハンは考えていたのだ。


「いえ、リューク様が戻られたと聞けばリオン様はお喜びになる事でしょう。伝えてきますので自室でお待ちください」


 シュハンの言葉にリュークは頷く。


 こうして屋敷内に設けられた転移部屋からリュークは自室へ、シュハンはリオンの執務室へ移動する。リュークが自室に入るか入らないかの所で、シュハンがリュークに声をかけ、執務室に案内される。


 リュークはノックをして執務室に入ると、リオンがニコニコしながらリュークを出迎えてくれる。


「リュークお帰り」

「ただいま帰りました」


 型どおりの挨拶であるが、リュークは兄の優しさを感じ微笑む。


「さぁ、座ってくれ。シュハン、お茶を頼む」

「畏まりました」


 リオンがシュハンに指示を出すとシュハンはすぐに執務室を出る。仲良さげな兄弟の様子を見て微笑ましげだった。


「さて、リューク、アインベルク侯はどのような人物だった?」


 リオンはリュークに早速核心部分を聞く。リュークが自分に対して腹芸を使う事はない以上、こちらも余計な腹芸を使うつもりは一切無いのだ。


「はい、アレンは自分の価値観に基づいて行動します」


 リュークの返答にリオンは難しい顔をする。自分の価値観に基づいて行動すると言う事は言い換えれば厄介な人物という事だ。


「アレンはこちらが敵対しない限りは絶対に敵にはなりません。しかし、敵に回ったらまったく容赦しない人物です」

「そうか」

「はい、ランゴルギアの発展の為にはローエンシアとの敵対行動は避ける方が良いと思います」

「そうだな…だが、あちらがこちらを狙ってくれば…」

「それは杞憂と思われます」

「杞憂だと?」


 リュークの言葉はリオンにとって呑気すぎるように思われたのだ。だが、直に見て感じたリュークの話を聞くべきと考えた。


「はい、アルフィス王太子殿下にお目にかかりましたが、他国への侵略をする感じは受けませんでした。ローエンシアの王都は現在、ジュラス王の様々な改革が実を結びどんどん発展していっています」

「うむ、その通りだな」

「国内の経済が上手くいっている以上、侵略行為をする意味がありません」

「確かにな…」


 リオンはリュークの言葉が正しいことを認める。戦争を行う理由の一つに国内の状況が悪く、国民の不満を逸らすために国外に敵を求めるというものがある。

 現在のローエンシア王国は国内の状況は良くなって言っているので、国民の間に不満が高まっているとは言えないのだ。これだけでローエンシアが他国との戦争を行うべき理由が一つ減るのだ。


「おそらくアレンはローエンシア王家に対する一つの制限となっていると思われます」

「?」

「現在のジュラス王と先代のアインベルク家の当主は親友だったそうです」

「?」


 リュークの言葉の意図が読めずリオンは首を傾げる。


「アインベルク家は独自の価値観で動くと先程お伝えしました」

「うむ」

「アインベルク家は支配欲、金銭欲というものは非常に薄いです。無いといっても過言ではありません」


 リュークの言葉にリオンも意図がわかった。


「つまり、他国への支配欲、金銭欲が無い以上、絶対に侵略戦争に参加しないと言う事か…。しかも、自国がそのような蛮行に及べば…」

「はい、アインベルク家はローエンシアを見限ると思います」

「見限った所で…意味は無いだろう?」

「いえ、アインベルク家が国営墓地の管理をしなければローエンシアは立ちゆかなくなることは確実です」

「それほどか…」

「はい、少なくとも俺では、あそこの管理は出来ません。一ヶ月…持てば良い方かと…」「では、アインベルク侯がいなくなればローエンシアはつぶれると言いたいのか?」

「そこまでは申しませんが、国営墓地の管理にかかる費用は一気に跳ね上がります。それはやがて国庫を圧迫することでしょう」


 リュークの言葉をリオンは戯れと断ずることは無い。直に国営墓地を見たという感想である以上、リオンがそれを否定する事は出来ないのだ。


「かといって、アレンを他国が害しようとすれば、確実にその国は滅びるでしょう」


 自信をもって断言するリュークにリオンは絶句する。現在は侯爵といっても、その前は単なる男爵家でしかなかったアインベルク家が国を滅ぼすというのはあり得ない事だった。


「先程も言った通りアレンは敵対者には容赦を一切しませんので、個人の力であらゆる軍を蹴散らすでしょう」

「それほどか?」


 リュークの言葉にリオンはやや呆然とした声で尋ねる。


「はい、アレンだけでも軍を蹴散らすことは可能でしょうが、アレンの婚約者達もアレンと実力は変わりません」

「…そうか、そこまでの相手であればアインベルク侯と利用しようなどと考えず、誠意を持って付き合うのが一番という事か」

「はい」


 リュークの断言にリオンは微笑む。もともと、アレンの為人をある程度把握していたリオンとすればアレンにちょっかいを出す事の愚かさを察していた。あちらにまったくその気が無いのに、喧嘩を売って殴られるなど頭のおかしい者が行う事でしか無い。


「それで…兄さん」


 リュークがリオンに尋ねる。


「ん?」

「兄さんが俺をアレンの元に送り込んだ本当の理由…」

「うん…わかったか?」


 リュークの言葉にリオンはニコニコと微笑む。


「うん、俺に友達をつくろうとしたんだよね」


 リュークの言葉にリオンは頷く。


「ああ、お前はこのランゴルギアで同格の者はいないからな。アインベルク侯ならお前の良い友人になれると思ったんだ」

「やっぱり」

 

 リオンの言葉にリュークは苦笑する。自分とアレンが個人的な友誼を結ぶ事が国、家のためになるというのもあるが、それはあくまで副産物に過ぎない。リオンはリュークが心の奥底に寂しさを感じているのを察しており、それを何とかしたいと思っていたのだ。


「兄さん、俺はもう子どもじゃ無いよ」

「それでも俺の弟だよ」


 リオンの言葉はリュークを気遣う慈愛に満ちている。


「まぁ、兄さんのおかげでアレンに会えたのは感謝してるよ」

「そうか、それじゃあ、リュークがどんな経験をしたかを教えてくれ」


 リオンが言うとリュークは土産話を始める。その表情を見て、リオンはリュークとアレンを引き合わせて良かったと心から思った。



 ランゴルギア王国にリュークの転移入国許可証が届けられるのは、これから一週間後の事であった。

 リュークはこれから、出番が出てきます。

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