閑話~ある親子の会話~
「は?」
自宅の食卓で一人の少年が呆けたと言うには少々険のある声を出す。この少年の名前はジュセル=ミルジオードという15歳の少年だ。少年は黒髪、黒眼の秀麗と称しておかしくない、王都フェルネルを歩けば年頃の少女達が騒ぎそうな容貌をしていた。
だが、今その秀麗な顔は怒りを堪えているような表情を浮かべている。
そのジュセルの視線の先には、父親のエルヴィン=ミルジオードがいる。ジュセルの厳しい視線を向けられているが、一向に堪えた様子は見られない。
なぜ、ジュセルが父親のエルヴィンにここまで厳しい視線と険を含んだ声を向けているのかというと、エルヴィンが夕食中にとんでもない事をジュセルに告げたからだ。
「おや、聞こえなかったのか? お前来月からテルノヴィス学園に通うことになったから準備してろよ」
エルヴィンの『しょうがないな、ちゃんと聞いとけよ』という態度の声にジュセルは殴りつけたくなるが話が進まないのでぐっと我慢する。
「いや…親父の言った事はちゃんとわかってるよ。俺が言いたいのはなんでテルノヴィス学園に通わなくちゃならんのかが知りたいんだ」
ジュセルの言葉にエルヴィンは「やれやれ」と言うような両手を掲げて肩をすくめる。その人を虚仮にした態度にジュセルはピキッとするが、ここでも我慢する。
「可愛い息子の将来を考えての親心がそんなに不思議かな?」
「何言ってやがる。本当に俺の将来の事を考えてるんなら、なんでテルノヴィス学園を選んだんだ?」
「不満か?」
「ああ、不満だね。俺が今更学園で学ぶような事なんぞ無いだろ」
ジュセルの言葉はまったくもって正しい。幼い頃よりジュセルはエルヴィンにありとあらゆる魔術を仕込まれ、武術も仕込まれた。加えて読み書き、数学、科学、歴史、芸術とあらゆる知識もエルヴィンに仕込まれており、今更学園で学ぶことなど何もないように思われる。
「第一、あそこって入学資格が貴族だったはずだろ、親父は貴族じゃないから、俺の入学資格もない…ん?」
ジュセルは言葉を止める。エルヴィンのニヤニヤと笑う顔に気付いたからだ。この顔を父がするときは内緒にしていた事をバラす前触れである事をジュセルは経験上知っていたのだ。
「ふふふ…お父さんはなんとこの度、ローエンシア王国の騎子爵の叙勲を受けたから、お前は貴族の一員だ」
「え?」
「うんうん、その驚いた顔…秘密にしていて良かったよ」
エルヴィンは無駄に良い笑顔をジュセルに向ける。その笑顔はジュセルを苛立たせるには十分すぎる理由であった。
「ちょっと待て、親父…いつ騎子爵になった? 初耳なんだが…」
「おいおい、ジュセル…お父さんは悲しいぞ、全く話を聞いてないな」
「は?」
「さっき、秘密にしてたと言ったじゃないか」
「よし!! 親父、表に出ろ!!」
ジュセルの言葉にエルヴィンはまたも「やれやれ」という表情を浮かべる。
「まぁまぁ…テルノヴィス学園にお前を通わせるのはちゃんとした目的があるんだ」
「ほう? 俺をからかう以外の目的がある? 当然、納得のいく話なんだろうな?」
ジュセルの声にエルヴィンは急に真顔になる。エルヴィンは切り替えが異常に早いために周囲の者達は大いに面食らうのだが、流石にジュセルはこの切り替えに慣れているために驚きはない。
「ああ、アレン坊やだ」
「アレンさん? でもあの人はすでにテルノヴィス学園を退学してるだろ?」
「ああ、アレン坊やはすでに学園を退学している…問題はそこじゃない」
「?」
「アレン坊やが管理している国営墓地が原因だ」
「…ほう」
国営墓地という単語が出てきたことでジュセルは姿勢を正す。強力なアンデッドが毎晩発生する国営墓地はジュセルも興味を持っていたのだ。
「その国営墓地に魔神の死体が埋まってるんだが、最近その魔神が活動を始めたらしい」
「へ? 親父…今凄いこと言わなかったか?」
「何が?」
「いや、『魔神』とかの物騒な単語が…」
「ああ、国営墓地には魔神の死体が埋まってて、瘴気を放ち続けているから無限にアンデッドが発生するんだ」
「…魔神の死体…それが活動?」
「ああ、今アレン坊やはそのための対策として色々と動き回ってる」
「ん?ということはアレンさんがゴルヴェラを討伐したのって…」
「うん、察しが良くて助かる。アレン坊やがゴルヴェラを討伐したのは、魔神討伐のための戦力確保が目的だったわけだ」
「…」
「どうした?」
ため息をつきそうな表情を浮かべたジュセルに対してエルヴィンが尋ねる。
「いや、アレンさんの行動原理は相変わらずぶっとんでるなと思ってな」
「まぁ、戦力確保のためにゴルヴェラ11体を討ち取るなんて普通はやらんな」
「というよりも成し遂げることは、アレンさん以外には出来ない…いや、アルフィス様も出来るか…」
「ちなみにゴルヴェラ11体討伐にはアルフィス坊やも参加してたぞ」
エルヴィンの言葉にジュセルはゴルヴェラ達に同情したぐらいだ。あの二人が揃っていればゴルヴェラ達はさぞかし格の違いというものを思い知らされて死んだ事が容易に想像できたる。
「まぁ…話を戻すが、要するにアレンさんの魔神討伐を手伝えば良いんだな?」
「そういうことだ」
「でもさ、それなら別に学園に通う必要はないだろ?」
「いや、それがあるんだ」
「?」
「アレン坊やの魔神討伐のメンバーにはアルフィス坊やと王女のアディラちゃんがいる」
エルヴィンの口からアルフィスとアディラの名前が出たことでジュセルは事情を察する。
「親父…と言う事は俺はいざ事が起こった時にアルフィス様と王女を転移魔術で国営墓地に運ぶために学園なんぞに通わなくてはならんのか?」
「うんうん、察しが良いと本当に話がすいすい進むね」
「…ちょっと待ってくれ。アルフィス様が参加するのはわかるが、王女殿下って何なんだ?」
「ん? 国王の娘の事を王女というんだが?」
「親父…誰がそんな王女の意味を聞いてるんだ? 俺が言ってるのはなんで王女殿下も国営墓地に運ぶんだ?」
「そりゃ、王女殿下も魔神と戦うからだろ」
「王女殿下って魔神との戦いに参加って…」
「いや…アディラちゃんの実力は相当なもんだぞ。弓術は神業レベルだし、剣術、魔術も並の騎士、魔術師ではまず相手にならんな」
「そこまでか?」
「ああ、アレン坊やに相応しい女性になるために一生懸命に花嫁修業した結果らしい」
「……」
「まぁ、私もさすがに突っ込もうと思ったんだが…あんなに輝いた目で語られたらな」
エルヴィンが苦笑をもらしながら言う。それを見てジュセルはアディラという王女が只の王女でない事を察する。父エルヴィンに苦笑をさせるような王女が只の王女とは言えないだろう。
「…なるほど、つまりアレンさんの婚約者として相応しい実力の持ち主というわけか」
「ああ、アレン坊やの婚約者達は本当に美人揃いだし、それ以上に実力、性格もアインベルク家に相応しい」
「へぇ~親父がそこまで褒めるなんてな」
「まぁね。さて…ジュセル」
「ああ、もう事情は察したからみなまで言わなくて良いよ」
「そうか」
「でもさ…俺が学園に通っている間、親父は何しておくつもりだ?」
ジュセルはすでに事情を察した以上、ごねるつもりはまったくない。アレンやアルフィス達と一緒に戦う事に元々不満はないのだ。
「ああ、王城の一角に部屋をもらう事になっているから、そこを拠点に活動するつもりだ」
「活動って何をするつもりだ?」
「術や魔導具の開発だ」
「なるほどね」
エルヴィンの実力を知るジュセルはあっさりと納得する。
「話はわかったけど、貴族の学園に通う以上は、ある程度はおとなしくしとくよ…というよりも貴族には近付かない」
「まぁ、それが無難だな。貴族は家柄を重視する奴が多いから、もしちょっかいをかけてくる奴がいるから、我慢できなくなったらぶん殴って良いぞ」
「あのな…俺は親父やアレンさんと違って至って温厚な常識人なの、貴族様に逆らうつもりなんて全くないよ」
ジュセルはため息を漏らしながら言う。ジュセルは貴族と揉めるなんんて後々面倒な事になることをしようとも思っていない。
「とりあえず…話はわかった。それで王都にはいつ行くんだ?」
「2週間後だ」
「2週間後ね…色々と準備しないといけないな」
「頼むぞ息子よ」
「親父も一緒にやるんだよ!!」
ジュセルの突っ込みにエルヴィンは肩をすくめる。
ジュセルは引っ越しの段取りを食事を取りながら考えるのであった。




