魔人Ⅱ④
「な…ロム様とキャサリン様は、あそこまで強いのか」
ナシュリスの震える声が他のナーガ達の耳に届く。ナーガ達もロムとキャサリンの戦いを直に見たのは初めてだったために体の底から震えが来ていた。
ナーガ達はロムとキャサリンに対しても礼儀正しく接するが、それは横柄な態度を取ればレミアの不興を買うことに繋がるという恐れによるものであった。ロムとキャサリンの実力はそれなりにはあるだろうが、自分達の方が実力的には強いと思っていたのだ。
だが、今夜の二人から放たれる威圧感によりナーガ達は身が縮こまってしまい、宿舎を出るのを逡巡してしまったのだ。
それでもアインベルク邸の警備として動かないというのはあり得ない選択だった。
恐怖に身を震わせるナーガ達を叱咤し、外に飛び出す。
ナシュリス達の目にロムとキャサリン、空に浮かぶ一体の怪物の姿が入る。空に浮かぶ怪物の周囲に十数本の剣が浮かんでいる。
相手はあの剣をロム達に投げつける気である事を察したナシュリス達は急いで、二人の元に進み出る。ナシュリス達が進み出た瞬間に十数本の剣がロム達に放たれる。凄まじい速度で放たれる剣をロムは拳ではたき落とし始める。
「な…」
「え?」
「そ、そんな…」
「ロム様の拳が…見えない」
「ば、化け物…」
「そ、そのような失礼な事を言うな!!」
「す、すまない」
ナーガ達の動揺した声が次々と紡ぎ出される。ロム達に襲いかかる剣の速度は凄まじくまたあらゆる方向から襲ってきている。本来であればあっさりと串刺しになってもおかしくないのだが、ロムは四方八方から襲い来る剣をすべてはじき返している。
「あ、危ない!!」
ナーガの一体が叫ぶ。空に浮かんだ怪物が凄まじい速度でロムに飛来して攻撃を加えた。
その攻撃をロムは剣を躱しながらも難なく躱した。
ナシュリス達はほっと安堵の息を吐き出すとロム達の元に進もうとする。その時にロムとキャサリンの顔に呆れた表情が浮かんでいるのをナーガ達は見つける。
「ロム様もキャサリン様も、なぜあそこまで余裕なのだ?」
ナシュリスの言葉にナーガ達も腑に落ちないという表情を浮かべている。いや、本当は理解していたのだがそれを口にするのは憚れた。ナーガ達から見て、あの怪物達の実力は非常に高い。全員で掛かればなんとか勝負になる事だろうが、1対1であれば間違いなく敗れる相手だ。それほどの相手を軽くあしらっているように見えるロムとキャサリンがいれば、このアインベルク家においてナーガ達の居場所はなくなってしまうのだ。
「あ…」
一体のナーガがロムとキャサリンの戦いの推移を見ていて声を漏らす。他のナーガ達も同じように口を開けている。
再び怪物が剣を操り、ロムに向かって高速で飛来している途中で突然弾かれたように地面に叩きつけられたのだ。
ナーガ達はなぜ怪物が突然地面に突っ伏したのか、理解するのに時間がかかったのだ。次いで地面に戦槌が落ちるのを見て、ナーガ達はやっとキャサリンが怪物を戦槌を投げて落としたと言う事に気付いたのだ。
あの怪物の襲う速度は決して遅くない。にも関わらずキャサリンは只の一度で、戦対を命中させたのだ。
ロムとキャサリンは呆れた様な表情を浮かべ何事か話している。その言葉はナーガ達には聞こえなかったが、怪物には聞こえたのだろう。突然立ち上がり、咆哮を上げながらロムのキャサリンに向け突進しようとするが、すぐにキャサリンから【魔矢】が放たれ、怪物の足を射貫く。
両足を射貫かれた怪物は前のめりに倒れ込んだ。
「な…なんだ…あの【魔矢】は…」
「信じられない…たった一撃で…」
「あの怪物の防御陣をまるで紙のように…」
「あ、ありえない」
魔術に造詣の深いナーガ達の目には、キャサリンの【魔矢】はそれだけナーガ達の常識を越えていたのだ。
ナーガ達も【魔矢】は使える。だが、あそこまで放つまでの時間が短く、貫通力がある【魔矢】を放つ事は出来ない。
キャサリンの【魔矢】に絶大な貫通力があるのは、キャサリンは【魔矢】を改良しているのである。先端の鏃に相当する部分をその魔力操作により極限まで鋭利に研ぎ澄まし、しかも回転させて放っているのだ。もはや、キャサリンの【魔矢】はオリジナルの魔術と呼んでもでも差し支えないものだ。
キャサリンに足を貫かれた怪物はロムに何かしら言葉をかけられ、恐怖を浮かべた表情をしているのだろう。上半身を起こした瞬間に空高く舞い上がり、落ちてきたところをロムの拳によりまたも吹き飛ばされて、そのまま地面を転がった。
その様子を見ていたナシュリス達の表情は凍り付いていた。




