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勇者Ⅱ⑭

 アレンとリュークの戦いはアレンの勝利で終わった。


 アレンは、倒れ込み動けないリュークに話しかける。


「大丈夫か?」

「そう見えるか?」

「いや、まったく…」

「だろうな…体がまったく動かん」

「済まんな…手加減する余裕なんて無かった」

「まぁ勝負だしな…気にしないでくれ」

「ああ、だが一応…気を使わせてもらうぞ」

「?」


 アレンは外で見ていた観客の一人に声をかける。その声をかけた相手は当然ながら、ヴィアンカだ。


「ヴィアンカさん、こっちに来て下さい」


 アレンの言葉に困惑しながらアレンの元にヴィアンカは駆け出す。それを見て他の者達も修練場の中に入ってきた。


「アレン先生、どうしましたか?」


 ヴィアンカの表情は困惑が消えていない。婚約者の4人よりも先に自分が呼ばれたのが不思議だったのだ。


「見ての通り、リュークは動けない。ヴィアンカさんは治癒魔術を使えましたよね」

「は、はい」

「俺の後始末をさせるようで済みませんが、リュークの治療をお願いします」

「は、はい」


 ヴィアンカはアレンの意図するところを察すると顔を赤らめるが、アレンからここまで丁寧に言われれば断るなどという選択肢はヴィアンカにはない。それにリュークの治療をするのに嫌という気持ちは一切無かったのだ。ただ、この状況で治癒魔術をリュークに施すと皆の生暖かい目で見られるのが容易に想像できるので恥ずかしいだけであった。


(アレン先生も勘違いしてるわ、私はリュークの事を…)


 ヴィアンカは『只の友人』と続けようとしたが、その一方で否定する自分の声を自覚していた。


(…うう、確かにリュークは立派だし、強いし、さっきのアレン先生との勝負は本当に格好良かったけど…こんな人が私の事なんて…)


 ヴィアンカは大人と少女の境目の年齢だ。代々、アーグバーン家は軍人を輩出してきた家系であり、何代か前の当主が戦功をあげ、それにより子爵を叙勲している。だが、爵位を得たとしてもその家風は質実剛健であり、ヴィアンカもまたその家風の影響を強く受け普通の貴族令嬢とは違った方向に成長を遂げてしまった。


 ドレスよりは武具を、ダンスよりも剣術を好み、家族もそれを後押しした結果、ヴィアンカは最年少で近衛騎士となることができたのだ。その事自身にまったく恥じることはなく、むしろヴィアンカ本人は誇りにすら思っていたのだ。


 だが、貴族令嬢としてのヴィアンカはまったく及第点に届いていないことを彼女自身は知っていたのだ。その自覚はいつの間にかヴィアンカにとって劣等感コンプレックスとなり、恋に対してすっかり臆病な女性となっていたのだ。


 そのためにヴィアンカは、自己評価が高くないのだ。


 もちろん、ヴィアンカは見目麗しいと称しても異論はまず出ないという容姿をしている。


「ヴィアンカさん? はやくリュークに治癒魔術を」


 アレンの声に我に返ったヴィアンカは頷くとリュークの元に歩むと、打撃を受けた箇所に治癒魔術を施す。


「ありがとうヴィアンカ」


 リュークが笑顔を向けるが、その表情には苦痛が含まれている。だが、そのリュークの笑顔を向けられてヴィアンカは頬が赤くなるのを感じた。


「べ、別に、これぐらいなんてことないわよ」


 ヴィアンカの返答に苦笑したのは他の者達だ。ヴィアンカの言葉は照れ隠しである事が明らかだったからだ。


 その様子にリュークもヴィアンカの気持ちを察したのだろう。頬を赤く染めた。


「ねぇ…アレン」


 いつの間にかアレンの後ろに来ていたフィアーネが囁く。


「なんだ?」

「あの二人ってやっぱり?」

「あの醸し出す雰囲気からそれしか考えられないだろ?」


 アレンの言葉にフィアーネもニッコリと微笑む。アレンの言葉を聞いていたアディラ、レミア、フィリシアもニンマリという表情を浮かべている。


 アレンの婚約者達も恋にまつわる話が嫌いなわけではないのだ。


「ヴィアンカさんとリューク…お似合いね」

「確かにヴィアンカさんほどの方に釣り合うのはリュークさんぐらいですね」

「でも、リュークはすぐにグランギアに帰ってしまうわ。何とかならないかしら…」

「せっかくヴィアンカの恋路が実りそうなのに、勇者様はランゴルギア…へ、そんなのはあんまりです」

「アディラ…何とかならない?」

「そうね…お父様に頼んでみようかしら…」


 アディラがとんでもない事をジュラス王に頼み込もうとしているのを察したアレンは、慌てて止めることにする。


「まて、お前ら人の恋路は他人が口出ししない方が良いぞ」


 アレンの言葉に婚約者達は「うっ」という顔をする。アレンの言っている事はある意味正論だ。他人がとやかく口を出した結果まとまるものも、まとまらなくなることは、ままあるのだ。

 特にアディラが動けば、それはランゴルギア王国の勇者の引き抜きという事になり国際問題化する可能性すらあるのだ。


「確かに…そうですが……」


 アレンの指摘にアディラは口を濁す。


「ちょっと、待ってよ」


 そこにフィアーネがすかさず声を上げる。


「なんだよ、お前また碌でもないことを思いついたのか?」


 アレンのやれやれという言葉にフィアーネは口を尖らせる。


「何言ってるのよ。今回『は』まともな事よ!!」


 フィアーネの言葉にアレン達は苦笑いする。『は』と自分で言う所にフィアーネの残念ぷりが現れている。


「…そうか、とりあえず言ってみろ」


 アレンの言葉にフィアーネは自信たっぷりに答える。


「リュークをローエンシアに呼べば良いのよ」

「…はぁ」


 フィアーネの提案にアレンはため息で答える。アレンのため息にフィアーネはまたも口を尖らせる。


「な、なによ、アレン、その残念な子を見る目は」

「あのなフィアーネ…もしここでリュークをローエンシアに誘ったところでランゴルギアの勇者が引き抜きに応じるわけはないだろ。それに引き抜きなんかしたらローエンシアとランゴルギアの友好関係にヒビが入る」

「あのねぇ…私がそんな事ぐらい把握していないと思ってるの?」

「違うのか?」

「私だってバカじゃ無いのよ」

「なんだ、フィアーネ…君、バカじゃ無かったのか」

「よし、アレン、喧嘩ね♪ 初の夫婦げんかね。負けないわよ」


 フィアーネの声に少しばかり本気を感じたので、アレンは素直に謝ることにする。


「すみません、フィアーネさん…少し調子に乗りました。フィアーネの案を聞かせてください」

「…あんまり心がこもってない気がするけど…ここは置いとくわ。あのね、何も永続的にローエンシアに移そうじゃなく、転移魔術でローエンシアに入る事を、ローエンシアが認めれば良いのよ」


 転移魔術で国境を越えるには、その国の許可を事前にもらっておく必要があるのだ。もし、許可を得ないで転移魔術で国境を越えれば厳しい刑罰が科される。


「でも勇者が転移魔術で国境を越えると言う事を許可するというのはかなり厳しいぞ」


 勇者はその国の武の象徴という一面があるために、受け入れる側の方も慎重になるのだ。もし、勇者を転移魔術で国内に入れる事を許可した場合、破壊活動などをし放題という事も可能となるために、勇者の助力を得るメリットもあるが、デメリットもまた大きいのだ。


「でも、今のローエンシアの上層部は魔神の討伐を最優先にしているんじゃないの? だとしたらリュークに魔神との戦いに助力を願うという事ならローエンシアの上層部も納得するんじゃないの?」

「……一理あるな」

「そうすればヴィアンカさんとリュークの仲も進展させることが出来るかも知れないし、リュークという心強い戦力も加わるわ」

「…お前、普段もそんな頭が回ってくれれば言うことないんだがな」


 アレンの歪な賞賛にフィアーネはドヤ顔で返す。はっきり言って鬱陶しい。


「ふっふふ~ようやくアレンも私の賢さを理解したみたいね。さぁ…アレン、ご褒美のハグをお願い♪」

「こんな人の目があるところでやるわけないだろ」


 アレンの言葉に反応したのはアディラだ。


「と、ということは、人目の無い所なら…ハグしてくれるというわけですね!!ぐへへ」「アディラちょっと落ち着こうな」


 変態親父モードを発動したアディラをアレンは窘める。さすがに淑女らしくないと考えたのだろう顔を赤らめて恥じ入っているようだった。


「だが、フィアーネの案は魅力的だな…」

「でしょう?」

「ああ、アルフィス」


 アレンはフィアーネの意見に賛意を示すとアルフィスに声をかける。


「なんだ?」

「聞いての通りだ。王陛下、宰相閣下、軍務卿にこの話を持っていきたいから、一緒に上申してくれ」

「ああ、彼が参加してくれると助かる、俺も協力しよう」

「さて、それじゃあ、リュークにこの話を持っていこうか」

「ああ」


 アレンとアルフィスはお互いに頷くと、リュークの所に行き、転移魔術の許可について話を持ちかける。


 結果、リュークは快く応じてくれた。


 ただし、魔神の件は国家機密なので、上層部の許可が無ければ話せないので、ここでは伏せておいた。


 ランゴルギア王国の勇者である、リューク=バラン=リーディンが正式に魔神討伐に参加するのはもう少し後のことである。


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