勇者Ⅱ⑩
九つの魔法陣から現れた法衣に身を包んだアンデッド達は魔法陣から上半身だけを出している。そして、それぞれのアンデッド達の手には分厚い本が握られている。
アンデッド達はそれぞれ本を開くと魔法陣がアンデッド達の前に浮かび上がった。
(これは…このアンデッド達は魔術を放つのか…それが9体…やっかいだな)
リュークはアンデッド達の形状からこの【闇の裁き】という存在のやっかいさを察する。
この【闇の裁き】というアンデッド達は動くことは出来ない代わりに魔術を放つのだ。やっかいなのは数である。もし、これが1体、いや3体ぐらいまでならリュークは魔術を躱して間合いに入り込むことで斃す事が出来るだろう。だが9体というのは躱しきる自信はリュークには無かった。
また、9体のアンデッド達が同時に魔術を放つのではなく、2グループに分ければ絶え間なく魔術で攻撃が出来る。
(さて…これで流れを取り戻せるかな…)
アレンは普段は使用しない【闇の裁き】を使用したのは、リュークを斃すのが目的ではなかった。
「な、何あれ?フィアーネ知ってる?」
レミアがフィアーネに声をかけたのは、アレンと共に戦った回数が最も多いからだ。レミアの質問にフィアーネは首を横に振る。
「ううん、私は見たこと無いわ」
フィアーネの言葉を聞き、婚約者達が知らない術である事を察する。そして弟子の近衛騎士達は師の新たな術を見逃すまいと凝視している。
「あのアンデッド達はどんな魔術を放つつもりだ?」
「アレン先生がここで出したと言う事は相当な高等魔術を放つのではないか?」
「あり得る…だが、あれは傾きかけた流れをたぐり寄せるための術かも知れない」
「リュークは、先生の術にどう対抗するつもりかしら…」
近衛騎士達はアレンとリュークの戦いから少しでも学ぼうとしているのだが、ヴィアンカだけは学ぶ以外にリュークを心配する感情が声に込められている。そしてその事を他の者達は察しているがその事を責めるつもりはまったくない。
「動くわ…」
カタリナが言葉を発すると同時に【闇の裁き】達が魔術を放つ。
放った魔術は【火球】だ。直径50㎝程度の火球が9個、リュークに向けて飛ぶ。
リュークはその火球をバックステップして躱す。地面に着弾した火球は爆発し炎を撒き散らした。
(ただの…【火球】?)
一方でリュークは放たれたのが、ただの【火球】であることを訝しむ。確かに9個もの火球が同時に襲うというのは厄介だが、リュークを斃す事は出来ない。【闇の裁き】に攻撃するのは困難だが、それは近付き攻撃するという事を想定した場合だ。躱すことに専念するというのなら大して厄介な事ではないのだ。
だが、それは誤りである事にリュークは次の攻撃で思い知らされる。
【闇の裁き】達は魔術を組み合わせ始めたのだ。【雷撃】を放つ者、【魔矢】を放つ者、【火球】を放つ者。【闇の裁き】達がそれぞれ異なる魔術を放ち始めると途端にリュークは躱すのが困難になる。
なぜなら、放たれる魔術はそれぞれ軌道、速度、範囲が異なっているために一つ躱しても、他の魔術がタイミングをずらして襲いかかるのだ。
それゆえに、9体のアンデッドが同時に魔術を放っても、到達するのに時間が掛かるという厄介なシロモノだったのだ。
「あの術…かなり厄介ね」
フィアーネがぼそりと呟く。それにレミアとフィリシアも同意する。近接戦闘に特化した三人は【闇の裁き】とかなり相性が悪いのだ。もし、アレン意外にこの【闇の裁き】を使役する者が現れた場合どのように斃すかを考えていたのだ。
「リューク…」
一方でヴィアンカは複雑な表情を浮かべている。立場的にも心情的にもアレンに勝ってほしいという思いはあるが、リュークにも負けて欲しくないという思いが、ヴィアンカに複雑な表情を浮かべさせていたのだ。
ヴィアンカ自身、不思議な感情である事は自覚している。そして、その不思議な感情を何と呼ぶか自分でもわかっているのだが、それを認めるのにはヴィアンカは初心過ぎたと言える。
そんな観客の気持ちなど露知らず、リュークは【闇の裁き】の猛攻から距離をとる。
下がる際にリュークは神聖魔術の【聖壁】を展開する。この【聖壁】は、その名の通り、神聖魔術により壁を作り、敵の攻撃から身を守るという術だ。
リュークの【聖壁】は高さ3メートル、幅5メートルの大きさの壁であり、当然ながら、その大きさならばリュークをすっぽりと覆い尽くすことも可能だった。
事実、顕現した壁はリュークを【闇の裁き】の魔術から完全に守り抜く事に成功した。
だが、あくまでも防いだのは【闇の裁き】の魔術だけだ。
アレンはリュークが【聖壁】を顕現した事に気付くと、すぐさま闇姫を2体作成すると壁の側面からリュークを攻撃する。
リュークは闇姫から距離を下がることで距離をとると【聖矢】を放つ。闇姫はろくの防御もとらずに突っ込んでくる。当然、【聖矢】に貫かれ、傷口から瘴気が舞い散る血のように飛び散り、塵となって消え去るが、闇姫を止めることは出来ない。
(おいおい…止まんないのかよ)
リュークは驚愕する。リュークは闇姫の容貌から瘴気の塊であると考え、神聖魔術を放ったというのにほとんどダメージを受けていないのだ。
(というよりもなんだ? このアンデッドは…)
リュークの疑問に当然ながら、闇姫は答えない。
「くっ…」
リュークは魔力で形成した剣を振るい、闇姫の一体の右腕を斬り落とした。斬り落とされた右腕は塵となって消え去るが、すぐに再生する。
(そういうことか…)
リュークは闇姫の腕がすぐに再生したことで、核により発した瘴気によって形作られている存在である事を察する。
突っ込んでくる一体の闇姫の胴をリュークは両断する。腰を両断された闇姫の下半身は塵となって消え去る。残った上半身は下半身をすぐさま再生させて突っ込んでくる。
(核は…心臓と見た…)
リュークはもう一体の闇姫の攻撃を躱すと目的の闇姫の心臓の位置に剣を突き立てると闇姫は塵となって崩れ去った。
(間違いない…)
闇姫の核の位置は心臓であると確信したリュークは、もう一体の闇姫の攻撃を躱すと心臓の位置に剣を突き立てた。




