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勇者Ⅱ⑦

 修練場に入った一行は、すぐさま鍛錬を始めるようだった。


 近衛騎士達3人は荷物の中から木剣を取り出すとロムに向かって一礼する。


「え? 3対1ですか?」


 リュークの言葉には、はっきりとした驚きがあった。その驚きの声を受けてアレンは答える。


「はい、日によっては4対1でやる場合もありますので、今日は3人にとってはきついですね」

「え?」

「ああ、実はもう1人、近衛騎士の方がいるんですよ。今日は仕事の都合でこれなかったみたいですね。ロバートさんという方です」

「もう1人いるんですか?」

「ええ、みなさん努力家ですので、どんどん強くなってます。もはや出会った頃とでは別人ですよ」


 アレンの言葉に頷くとリュークは試合を見ることにする。


「「「お願いします!!」」」


 3人がロムに礼をすると、ロムも礼を返す。


 


 試合が始まった…。


 リュークは昨日ヴィアンカの戦いを目の当たりにしたため、ヴィアンカの実力が非常に高い事はわかっている。そのヴィアンカが同僚2人と組んで戦う事に一切の迷いがないことにリュークは内心驚いている。


 あのロムという家令はヴィアンカ程の実力者3人を1人であしらう事が出来るほどの実力者という事なのだろうか?


「ふむ…やはり、前回よりも強くなっていますね」


 ロムの口から賞賛の声が発せられる。試合でなければ3人は喜んだであろうが、あいにく現在はそんな余裕はない。


 ウォルターとヴィアンカが横に動き出す。どうやらロムを囲むつもりであるとリュークは察する。


 だが、その計画は成功しなかった。なぜなら、ロムが一気に間合いを詰めると動かなかったヴォルグに攻撃を仕掛けたからだ。


 ヴォルグは木剣で突きを放ちロムを迎え撃つ。凄まじい速度で放たれた突きであったが、ロムは最小限度の動きで躱すとヴォルグの間合いに入り込んだ。


 ロムはヴォルグの腹部に強烈な突きを放つが、ヴォルグはそれをかろうじて空いた手で捌いた。だが、ロムの攻撃はそれでは終わらない。ロムはヴォルグが自分の攻撃を捌いた腕を支点にして腕を回転させると肘でヴォルグの二の腕を打ち付ける。そして今度はその肘を支点にして手の甲を顔面に打ち付けた。


 ロムのこの攻撃の流れは一切途切れることはなくヴォルグを打ち据えたのだ。しかも速度も凄まじく、ロムがヴォルグを打ち据えた音は一つしか聞こえなかった。


 ヴォルグにしてみれば攻撃を捌いたはずなのに、次の瞬間には顔面に痛打を受けてしまい混乱の極致にあった。


「くっ…」


 自分達の作戦が裏目に出たことを悟ったヴィアンカとウォルターはロムに向かって動き出す。だが、一瞬の逡巡があった事は否めない。その一瞬の隙がロムに次の行動の猶予を与えていたのだ。


 ロムは不用意に近付いてきたヴィアンカとウォルターのうち、まずはヴィアンカに狙いを絞った。その理由は2人の位置関係だったのだ。ヴィアンカの方がウォルターよりも一歩分近かったのだ。


 ヴィアンカはロムの動きを見逃すことなく、木剣を横に薙ぐ。もちろん、ヴィアンカはこの攻撃でロムを捉えられるとは思っていない。では何のための攻撃なのかというと時間を稼ぐつもりだったのだ。


 時間を稼ぎ、ウォルターが応援にくるのを…。ヴォルグが戦闘に復帰するまでに5秒はかかるだろう。だが、ウォルターなら2秒で駆けつけてくれるはずだ。その2秒を稼ぐ事にヴィアンカは全身全霊を込める。


 ヴィアンカはロムよりも速く動く相手と戦った事もある。ロムよりも膂力が上回る者と戦った事もある。そのような相手であっても2秒という時間を稼ぐのは簡単だった。だが、ロムが相手ならば2秒という時間は1時間を粘れというのに等しいほど困難なものであった。


 何しろ、ロムの攻撃は事前に察知することが出来ない。ひたすら静かな攻撃なのだ。


 ヴィアンカの横薙ぎの攻撃をロムはスルリと躱すと首に腕を引っかけるとそのまま投げ飛ばした。力をまったく使った様子が見られない投げ方であった。傍目にはヴィアンカが自ら飛んだとしか見えないレベルだ。


 ヴィアンカは投げ飛ばされたが、そのまま回転すると上手く地面に着地することに成功する。


 だが…。


 ヴィアンカがロムに視線を合わせたときにヴィアンカの目に入ったのは投げ飛ばされたウォルターの背中だった。


 ウォルターがヴィアンカを投げ飛ばした時にロムを攻撃し、それをロムが掴むと投げ飛ばしたのだ。


「へ?」


 ヴィアンカはあまりの事に呆けた声を出してしまう。てっきりロムの拳足が自分に迫っていると思っていたのに迫っていたのはウォルターの背中だった事に一瞬混乱してしまったのだ。


 当然、硬直したヴィアンカは迫り来るウォルターを避けることは出来ずにまともに受けてしまった。


 痛打を食らったヴォルグも何とか体勢を立て直すが、立て直した瞬間にロムが額に手を当て、【魔衝】を放つとヴォルグは意識を失った。


 試合開始からわずか3分程で近衛騎士達3人はロムに敗れたのであった。


 リュークはあまりの結果に声を出すことが出来なかった。近衛騎士達3人の実力は決して低いものではないのは確実だ。だが、その3人をしてあっさりとロムには敗れてしまったのだ。


 ロムは3人に治癒魔術をかけると、すぐに3人は立ち上がるとロムに向かって一礼する。


「さて…」


 アレンが一歩進み出ると、3人がアレンの前に整列する。


「今回の試合での気になる点を伝えておきます」

「「「はい!!」」」


 アレンの言葉に3人は一言も聞き逃すまいとアレンを見つめる。


「まず、皆さんはどうしてロムを囲むことを選択したのですか?」

「そ、それは、今までの経験からロム先生をあらゆる方向から襲う事で勝機を見いだそうとしました」


 アレンの質問にヴォルグが代表して答える。その答えにアレンは頷く。


 リュークも聞いていてそれほど間違っていたとは思わなかった。あれほどの実力者を相手にするのだから取り囲んで意識を散らすというのは常套手段と言えるだろう。


「確かに、取り囲むことで意識を散らすというのは誤った作戦ではありません」


 アレンの言葉を3人は食い入るように聞く。


「ですが、今回はそれを見事に逆手に取られましたね」

「はい」

「その通りです」

「確かに…」


 アレンの指摘に3人は頷く。包囲が完成する前にロムは各個撃破に動いた事に3人は為す術なく敗れてしまったのだ。


「3人とも包囲を完成させることに意識を向けすぎていたために、ロムはそこを衝いたのです」


 アレンの言葉に3人は沈黙する。


「初手から囲むように動くことで、ロムは各個撃破する事を選択したわけです。包囲することを選択したのであれば、その意図を出来るだけ隠さなければなりません。そこで、まず、初手として魔術による牽制、若しくは直接戦闘に関係のない行動をとることによって、自分の意図を隠すのです」

「「「はい!!」」」


 アレンの言葉に3人は頷く。


「それでは、もう一度いきましょう」


 アレンの言葉に3人は頷くと再びロムの前に整列し一礼すると試合が再開された。そのあと、2時間ほど3人はロムと試合し続ける事になったのである。

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