勇者Ⅱ③
ローエンシア王国の王都フェルネルについたリュークは、その賑わいに目を奪われる。ランゴルギアも決して国力では劣っていないはずなのだが、人々の活気が違うのだ。
「栄えてるんだなぁ~」
リュークの口から感歎の声がもれる。
ジュラス王の政策によりローエンシア王国は一気に繁栄したと言われている。だが、それは歴代の国王が力を蓄えてきた結果が、ジュラス王の政策で一気に花開いたのだ。
王都の賑わいを尻目にリュークは今日の宿を探す。
「え~と…どっかに良い宿はないかな…」
リュークはキョロキョロと周囲を見渡す。あまりキョロキョロしているとお上りさんと思われるのだが、リュークは気にしない。実際に王都においてお上りさんというのは間違いでないからだ。
(まぁ…じっくり探すか…)
リュークは結構、楽天的な一面を持っており、いざとなれば『野宿すればいいや』と思っていたのでまったく慌てない。
「お~これは美味い」
しばらくまともな食事から遠ざかっていたので、ついつい屋台で買い食いを始めてしまった。
(やっぱり…食べ物が美味い街はハズレが無いよな)
串に刺された肉を頬張りながらそんな事を思っていると、リュークの目に人だまりが出来ていた。人だまりの顔を見ると痛々しいものを見ているような表情を浮かべているため、大道芸などの催しに集まっているわけでないのは確実だ。
(やっぱり…あの人だまりって…喧嘩だよな)
リュークは食べ終えた串を口に入れたまま人だまりの方へ歩き出す、ただの喧嘩であれば黙って見ているつもりだったが、そうでないときは動くつもりだったのだ。
「すいません。通してください」
リュークは人だかりをかき分けると騒動の内容を把握する。見ると身なりの良い貴族風の男が10歳になるかならないかの少年を蹴りつけている姿が目に入る。少年は妹と思われる女の子に覆い被さっている所を見ると庇っているのだろう。
「止めろ!!」
「止めなさい!!」
リュークと女性の声がほぼ同時に発せられる。リュークは同じタイミングで声をかけた女性を見る。相手の女性もリュークを見ており、目があった。
その女性はリュークと同年代の少女で、身長は女性とすれば高い部類に入るが肩口まで伸ばした茶色い髪をした可愛い感じの女性だ。
(う~む…ちょっと困ったぞ)
ほぼ同時に止めに入った事で、被ってしまいどちらが先に言葉を発するかという微妙な魔が生まれてしまった。貴族風の男もほぼ同時に声をかけられた事で、リュークと女性のどちらに対応するかで迷っているようだった。
「やりすぎだ!!」
「やりすぎです!!」
一瞬の逡巡にリュークは再び声を上げたが、ほぼ同じタイミングでその女性も声を上げた。しかも内容も被っていたので、見ようによってはかなり滑稽な絵面が出来てしまったのだ。
貴族風の男は、タイミングと内容が被っていたことから虚仮にされたと思ったのかも知れない。そして、リュークとその女性を見比べて女性の方が汲みし安しと判断したのだろうその女性の方に向かっていく。
「貴様、誰に何を言ってるかわかってるのか!!」
貴族風の男がその女性を怒鳴り付ける。だがその女性はまったく動じた様子もなく。真っ直ぐに男を見て言い放った。
「何を言ってるの!! 身分とかそう言う問題じゃないわ。あんな小さな子を足蹴にして恥ずかしくないの?」
女性の言葉に男は声を荒げ女性を脅しつける。
「貴様如きが、ヒスメント子爵家嫡男であるアーダム=ナタシ=ヒスメントに大層な口を聞くではないか!!」
子爵という言葉がでた事で周囲の人達の間から『相手が悪い』という空気が醸し出される。
「それで?」
ところが女性は一歩も引かない。どころか一歩踏み出す。子爵という言葉を聞いてもひるまない女性にアーダムは鼻白んだ。
「貴族だから狼藉を働いて構わないという法がどこにあるの?」
女性の言葉にアーダムの護衛と思われる男2人が掴みかかろうとする。
(まずい)
リュークは飛び出し女性に掴みかかろうとする男の一人を殴り飛ばす。リュークはもう一人の男を殴り飛ばそうと視線を移した時に、その女性が掴みかかってきた男の手を払い、もう片方の手で掴むともう片方の手を首に引っかけて男を投げ飛ばした。
投げ飛ばされた男は受け身を取ることも出来ずに地面に叩きつけられる。叩きつけられた男はそのまま気絶した。
「き、貴様ら!!貴族に手を出して只で済むと思っているのか?」
護衛2人があっさりとやられた事でアーダムは恐怖の表情を浮かべている。実力で勝てないとなると家の名前に縋るしかこの危機を乗り越えるしかないのだ。
「年端もいかない少年を足蹴にして注意を受けたら激高し、護衛を斃されると家の名前を出して虚勢を張る。誰が見てもお前がクズだとしか受け取らないぞ。また家の名前を出したおかげでヒスメント家は大恥をかいたぞ」
そこに容赦のない言葉がリュークから投げ掛けられる。家名に泥を塗った事を指摘されたアーダムは顔を青くする。
「お前、もう帰ったら?」
リュークのこの言葉を受けて、アーダムは忌々しげにリュークを睨みつけると、殴り飛ばされた男に気絶した男を担がせると周囲の人達を怒鳴り散らし去って行く。
アーダムが去った後にリュークは足蹴にされていた少年に近付くと治癒魔術をかける。少年はかなり激しく蹴られていたようで治癒にはそれなりの時間がかかるようだ。女の子は泣きながら少年の治癒が終わるのを待っており、女性が『よしよし』と頭を撫でている。
5分程で治癒が終わるとケガが完治した少年にリュークは話しかける。
「君は偉いな。ちゃんとこの子を守ったんだから、誇りに思って良いよ」
リュークは少年に微笑むと、少年は嬉しそうに2人に礼を言うと女の子の手を引いて帰っていく。
「助かったわ」
少年達が見えなくなったところで女性がリュークに声をかける。女性が男を投げ飛ばした動きは明らかに訓練されたものだ。それも超一流の使い手である事をリュークは見抜いていた。この女性に手助けが必要であったとはどうしても思えなかったが、礼を言われるのは非難されるより遥かに嬉しい言葉だ。
「いえ、それにしてもあんな小さい子を…」
「ええ、貴族と言うだけで勘違いした者もいるのは事実ね。でもあんな連中ばかりじゃないわ」
「もちろんです」
女性は力強く断言する。その言葉にリュークはこの女性は立派な貴族を知っているのだろうと察する。
「あ、そうそう、まだ名乗ってませんでしたね。私はヴィアンカ=アーグバーン。近衛騎士をしています」
ヴィアンカと名乗った女性はニッコリと微笑んだ。




