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剣姫⑩

『グォォォォォォォ!!!』


 フィリシアの命令を受けたデスナイトはアグレオに向かって剣を振り上げる。凄まじい殺気と威圧感にアグレオは必死に耐えながらアグレオはデスナイトの斬撃を躱す。


 デスナイトの持つ大剣をまともに受ければアグレオは長剣ごとは両断されてしまうだろう。速度と膂力の凄まじさは剣が巻き起こした風圧から十分に察する事が出来た。いや、察する事が出来ないのは単に恐怖の為に壊れてしまった者ぐらいだろう。


 アグレオは元『ミスリル』の冒険者だ。並大抵の死線を幾度も超えてきたという自負があったのだが、このデスナイトの戦闘力の前に、無残に砕け散るのを感じる。


 デスナイトの振るう剣は暴風と化し、アグレオを切り刻もうとする。それをアグレオは受け流し、何とか反撃の機会を狙う。


 アグレオはなんとかデスナイトの剣を躱しながら絶望を強めていく。このデスナイトは決して巨大な剣を振り回すだけしか能の無い筋肉バカでは無い事に気付いたのだ。デスナイトの剣の技量は、その膂力、ダイナミックさに隠されてしまいがちになるが、決して低いわけでは無い。いや、低いどころか一流の剣の腕を持っている。


 かつてアグレオはデスナイトを斃した事があった。だが、それは一対一で斃したというわけでは無い。チームで事に当たったのだ。『ミスリル』の冒険者チームが事に当たり何とか斃す事に成功する。それがデスナイトの戦闘力である。


「く…」


 デスナイトの剣はなおも激しさを増し、アグレオの剣は相手を斬るのでは無く、デスナイトの剣を防ぐ方向に用途が変わり始めていた。


 デスナイトは大きく剣を振り上げると振り下ろす。アグレオの目には一切の無駄のない斬撃だった。アグレオはそれを横に躱すことにかろうじて成功する。壁を背にしていたためにデスナイトの剣は部屋の壁に大きくめり込んだ。


 この場所は地下室であり壁の向こうは土になっている。普通の壁であれば難なく壁を粉砕したのだろうが地下室という場所が結果としてアグレオに味方したのだ。


「りゃあああああああああああ!!」


 アグレオは剣に魔力を込め強化するとデスナイトの腕を斬り落とした。デスナイトの斬り落とされた腕は剣もろとも塵となって消え失せる。アグレオはそのまま剣を返すとデスナイトの胸の位置を斬り裂く。


 斬り裂かれた位置から瘴気が舞い散る。その様子を見てリュハンが喜びの声を上げる。自分の生存の可能性が芽生えた事の喜びの声だった。


 だが…。


 デスナイトはアンデッドだ。アンデッドを斃すためには核を破壊すること意外に無いのだ。デスナイトの核の位置は確かに胸の位置にある。しかし、アグレオの剣は悪を斬り裂いたわけでは無かった。


 デスナイトは左腕に持つ盾で斬撃を放ち終えたアグレオを殴りつけた。


「がはぁ!!」


 アグレオは盾による殴打をまともに食らうと部屋の反対側の壁まで吹き飛ばされる。


 口から血が吐き出される。どうやら内蔵を痛めたらしい。アグレオは剣を杖代わりにしてなんとか立ち上がるがダメージは誰の目にも明らかだ。


 リュハンは先程の希望が休息にしぼんでいくのを感じている。リュハンも闇ギルドのギルドマスターを務める事から一角の戦闘力を有しているが、デスナイト相手ではまったく役に立たない事は誰よりも自分がわかっていたのだ。


「ア、アグレオ!!」


 リュハンの声は震えている。


「う~ん…」


 そこにフィリシアの言葉が発せられる。


「やっぱり元『ミスリル』では、この程度なのかしら? 現役の『ミスリル』なら大丈夫なんでしょうけど…」

「な、なぁ」

「ん、なんです?」


 フィリシアがブツブツ言っているところにリュハンが声をかける。


「降参するから助けてくれ」

「嫌です」


 リュハンの哀願を即座にフィリシアは拒否する。その言葉を聞いた時にリュハンの絶望を浮かべる顔色の変化は凄まじかった。生きている人間がここまで顔色を悪く出来るのかというレベルだ。


「ああ、アグレオさん…」

「な、なんだ?」


 フィリシアに言葉をかけられたアグレオは焦点の定まらない目をデスナイトから外すこと無く返答する。デスナイトはすでに切断された右腕と大剣、胸の傷を再生させている。にも関わらず攻撃を仕掛けないのはフィリシアが静止しているからなのだが、この場でそれに気付いている者は誰もいない。


「あなたは現在、どれぐらい現役時代に比べて弱くなったんです?」

「何?」

「あなたの実力を『ミスリル』の冒険者と考えるのはさすがに無理があると思いまして」

「どういうことだ?」


 フィリシアの言葉の意図を図りかねアグレオは尋ねる。


「デスナイト如きにここまで追い詰められるというのは…やはり…」


 フィリシアの言葉はアグレオの心を抉りに抉る。アグレオは現役時代に比べ確かに弱くなったのは認めざるを得ないが、ここまでこき下ろされる程、酷い実力ではない。フィリシアの基準が高すぎるのだ。


「役に立つかもしれない駒が手に入ると思いましたが、期待はずれだったみたいですね」


 フィリシアは淡々とした口調で言う。


「ギルドマスターは今回の事の始まりを考えると生かしておくには、色々とやり過ぎましたから…ね」

「ひっ!!」


 フィリシアがリュハンを睨みつけるとリュハンは腰を抜かしへたり込む。フィリシアの言葉は死刑宣告に等しかった。


「アグレオさん…もし助かりたければ、そこのクズを始末しなさい」

「え?」

「私はそのクズを始末するのに手を汚したくないのよ。もしあなたがやらなければデスナイトにやらせれば良いだけ…その後にデスナイトにあなたを殺させるわ。結局あなたが殺すかデスナイトが殺すかの違いがあるだけ…死体の数が一つか二つか…あなたはどちらを選ぶの?」


 フィリシアの言葉を受けてリュハンは失神する。しばらくすると足下に水たまりが生まれている。どうやら意識を手放すと同時に失禁したらしい。


 一方、アグレオはフィリシアの言葉に悩んでいる。確かにリュハンを命令通り殺せば自分は助かるだろう。


 だが…それをしてしまえば自分は永遠に後悔するだろう。リュハンを殺す事を後悔するのでは無い。フィリシアの言葉に従ってリュハンを殺せば、自分を支えていた矜持がすべて砕け散ってしまう事を理解していた。


 すべての気力を失い、自分は死んだように、ただ起きて、メシを喰い、クソをして寝るだけという生き方以外なくなる。


「ふざけるな!! 俺はアグレオ=バグラス!!!! 『ミスリル』にまで昇った男だ!!舐めるなよ小娘が!!」


 アグレオは声の限り叫んでいた。自分の矜持を守るための叫びだった。


「はぁ…犯罪者如きが…」


 フィリシアはそう言うと一瞬で間合いを詰めると右拳を脇腹に叩き込む。骨が砕けるのを感じたアグレオは膝をつき崩れ落ちそうになる所にフィリシアが左肘での振り上げを放ちアグレオの顎を砕く。アグレオは宙を舞い床に落下する。


 床に落ちたアグレオはすでに意識を失っている。フィリシアはアグレオの両膝を念のために蹴り砕いておく。


「ティグリオ」

「は、はい!!」


 突然、声をかけられたティグリオは恐怖に満ちた返事をする。


「あなたはギルドマスターを起こしなさい。利用価値があるからここでは死なさないわ」


 フィリシアの言葉にティグリオは驚く。今までの容赦の無さからリュハンをてっきり殺すつもりであったと思っていたのだ。


「こ、殺さないんですか?」

「ええ、今はね」


 フィリシアの返答で単なる慈悲、殺人への恐れなどの意味でリュハンを殺さないのでは無い事をティグリオは悟る。


「この闇ギルドの他のメンバーを捉えるのに役立ってもらうわ」

「え?」

「あなたが知る必要は無いわ。さっさと起こしなさい」

「は、はい」


 ティグリオはフィリシアの命令に従いリュハンに駆け寄っていく。


(とりあえず…駒は確保できたわね…犯罪組織も消えることだし…アレンさんに報告しときましょう)


 フィリシアはアレンに報告した時にアレンがどのような反応をするか少し気になったが、この事でアレンが自分を忌避することはないと確信していた。むしろ、心配していたのは、事のあらましをありのままに伝えたら、間違いなくアレンは怒りを持って『フィゲン』を潰す事だろう。


 それを避けるためにはある程度は端折る必要があった。フィリシアはどこを端折ろうかと考えるのであった。


 これで『剣姫』編は終了です。


 次回から新章です。

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