剣姫⑨
フィリシアの言葉にリュハン達は呆然としている。隣の部屋で大きな物音がしたために何らかの異変があったのは察していた。だが、姿を見せたのはフィリシアという清楚な美少女であり、その少女の言葉が容姿とあまりにもかけ離れていた事に呆けてしまったのだ。
「ギルドマスターなのですから手を出して良い相手といけない相手の区別ぐらいは付けるべきでしたね」
呆けているリュハン達に構わず、フィリシアは続ける。
「ああ、慈悲を乞うても無駄ですよ。私はあなた達を潰す事を決めましたから」
ここでやっと呆けていたリュハンが口を激高してフィリシアを怒鳴りつける。
「ふざけるなガキが!!!てめぇ俺達『フィゲン』に手を出して只で済むと思ってんのか!!」
リュハンの声は部屋を揺るがせたがフィリシアは平然としている。平然とするフィリシアの態度にリュハンはさらに怒りを燃やす。
「てめぇの家族も恋人もダチも全員殺してやるぞ!! てめぇは…」
リュハンの言葉が最後まで発せられなかった。フィリシアはリュハンが喋っている途中に護衛の一人に間合いを詰めると膝を蹴りつける。膝を砕かれたその護衛はあり得ない方向に膝が折れ曲がっていた。フィリシアは苦痛の叫びを上げようとした男の顔面を掴むと壁に投げつけた。
フィリシアに壁に投げつけられた護衛は倒れ込む前に壁に押しつけられ、容赦なく顔面を殴打される。フィリシアの拳は護衛の男の顔面の骨を容赦なく砕き、護衛の男は気絶したのだろうダラリと力が抜けた。フィリシアは押さえつけていた手を緩めると護衛の男は床に崩れ落ちた。
「手を出しましたけど…どうなるんです?」
フィリシアの言葉にリュハンは何も答える事が出来ない。いや、フィリシアの言葉ではなく行動が彼から言葉を奪ったのだ。
「今、私はあなた達の構成員に手を出しましたよ? 明らかに敵対行動を取っているというのに口だけなんて…どこまでもガッカリさせるのが上手いんでしょうね」
フィリシアはそう言うともう一人の護衛を殴り飛ばす。フィリシアに殴り飛ばされた護衛の男は吹っ飛びリュハンの机に激突して跳ね上がり机の上に転がり勢い止まらず床に落ちる。
「さて…様子見はもう良いんじゃないですか?」
フィリシアは壁を見て言う。何の変哲も無い壁に向けて話すフィリシアは奇妙に思われるが、リュハン、ティグリオは驚きを隠せない。
ギイ…
壁が内側から開きそこから一人の男が出てくる。年の頃は30前半という所だ。背はアレンよりも若干高く、すっきりとした容姿をしており手には長剣を携えている。
「良く気付いたな」
男の声には率直なフィリシアへの賛辞がある。だが、フィリシアの返答は素っ気ない。
「すみませんが、この部屋に入った段階で気付いてましたから、この程度で褒められても困りますね」
言語外に男の気配を絶つ技術の未熟さを指摘したことに男は気付いたのだろう。途端に不愉快そうな顔をする。
「ふん、生意気なガキだ。だが、顔と体は良いな。俺が存分に可愛がってやろう」
男の顔が嗜虐的なものに変わる。フィリシアは男の表情の変化を気にもとめていないようだ。
「で?あなたは誰なんです? そこまでもったいぶって実力者を装うのですから、名乗れる名前はあるんでしょう?」
フィリシアの言葉に男は口を開く。
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺はアグレオ=バグラスだ。元『ミスリル』の冒険者で今はこの闇ギルドで世話になっている」
アグレオは獰猛そうな笑みを浮かべてフィリシアに言う。一方でフィリシアは『ミスリル』クラスの冒険者の実力者を値踏みしようとしていた。
「そうですか…アグレオさんは『ミスリル』クラスの冒険者だったというわけですか」
フィリシアの言葉にアグレオは得意気な表情を浮かべる。フィリシアの表情は淡々としているのだが、それは恐怖を隠すために無表情を装っているとアグレオもリュハンも捉えたのだ。
「じゃあ、これぐらいは斃せますよね」
フィリシアの言葉にリュハンとアグレオは訝しがる。いや、後ろで見ていたティグリオも同様の表情を浮かべていた。
フィリシアは魔法陣を展開する。
「な…」
「ま、まさか…」
「ヒィィィ」
フィリシア以外の者達の表情が恐怖に凍り付く。フィリシアの展開した魔法陣は召喚術であったのだ。当然ながら魔法陣から現れたのは召喚されたものだ。
『グォォォォォォォォォォ!!!!!』
召喚された者が雄叫びを上げる。フィリシアはこの雄叫びを毎晩のように聞いている。部屋に異形の騎士…デスナイトが魔法陣から姿を現したのだ。
「ああ、国営墓地に毎晩のように発生するアンデッドの『デスナイト』というのですがご存じですか?」
フィリシアの言葉はすでに三人には聞こえていない。異形の騎士の放つ威圧感に思考が追いつかないのだ。
「ああ、フィアーネの家の牧場のデスナイトなので国営墓地のものに比べると1段、2段落ちますから安心してください」
フィリシアの言葉は事実であったが、これからデスナイト戦う羽目になるアグレオにとって大した事ではないだろう。剣で斬られても、斧で断たれても絶命することには変わりないのだ。
「私に危害を加えようというのだからデスナイトぐらいは斃してくれないと…」
フィリシアの言葉はアグレオ達にとってこれ以上無い残酷なものであった。
(デスナイト『ぐらい』…だと?)
フィリシアの言葉の意味を正確に察したアグレオ達は恐怖に身を震わせる。『ぐらい』という事はフィリシアはデスナイトよりも強いという事だ。それも圧倒的に!!
これが絶望で無くて何なのか。
「それじゃあ、デスナイト…この男が相手よ…やりなさい」
フィリシアが言い終わるとデスナイトは再び雄叫びを上げる。アグレオにはこの雄叫びが死刑執行の合図に聞こえた。




