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剣姫⑦

 そこは客層の悪い男達が利用するという酒場である。


 王都フェルネルは確かに治安の良い都市である事は間違いない。だが、どのような為政者であっても犯罪を完全に無くす事は出来ない。王都フェルネルにも犯罪を生業にする者は徒党を組み公権力の支配を受け付けない輩が存在した。


 闇ギルドはその例の一つだ。


 闇ギルドのメンバー達は自分達は常に加害者の立場にいた。彼らの中では常に自分達は強者だったのだ。だからこそ、彼らは歯止めが利かなくなる。調子に乗った彼らはある貴族にちょっかいを出してはその都度叩きつぶされている。


 善良な市民達は知らないが、この3年で7つの闇ギルドが壊滅している。そのうち5つはアインベルク家にちょっかいを出した闇ギルドだった。いや、ローエンシア王国が建国されてからアインベルクにちょっかいを出した結果潰された闇ギルドは100を優に超える。


 闇ギルドが一つつぶれるとその後窯に新たな闇ギルドが入り込むか、他の闇ギルドが勢力を拡大する。だがどんなに巨大な組織になろうともアインベルク家にちょっかいを出せばそれでそのギルドは確実に消えていった。


 ここまで来ればアインベルク家に敵対するのは愚かという事なのだが、人間はとかく昇り調子の時には危機感が薄れるものだ。また巨大になればなるほど末端までその支持は通らない。

 勝手にアインベルク家を害する依頼を受けて、ギルド事まとめて潰されてしまうのだ。


 そして今回も闇ギルドが、アインベルク家にちょっかいを出した結果潰されることになったのだ。


 闇ギルド『フィゲン』のギルドマスターであるリュハン=メムトは42歳、元々はランゴルギア王国の生まれであり、国をまたいで犯罪を行っていた。ローエンシアの王都フェルネルに拠点を移したのは3ヶ月前だ。


 一つの闇ギルドが消滅し、その後窯にうまく入り込めたのだ。この3ヶ月間で100を超える犯罪行為を行い巨額の資金を手に入れている。犯罪の内容は殺人、誘拐、違法薬物、強盗等だ。


 右肩上がりで力を付けていく『フィゲン』が、噂になっているアインベルクに手を出したのは、単純にアインベルク家にちょっかいを出す事の危険性を正しく認識していなかったにすぎない。


 裏の人間はとかく表の人間を軽視する傾向があり、闇ギルドがその気になればアインベルク家如き簡単に潰せると考えたのだ。ゴルヴェラ11体を討ち取ったといっても、仲間の中に『オリハルコン』クラスの冒険者チームの『暁の女神』がいたという話がアレンの活躍を軽視させたのだ。


 ゴルヴェラ討伐の功績により男爵から一挙に侯爵となったのも、アレンが王女と婚約した事による箔付けであると思ったのも軽視する事に拍車をかけたのだ。


 アレンの婚約者を人質に取り、アインベルク家を潰せば王都フェルネルでの『フィゲン』の影響力は一気に跳ね上がるというソロバンをはじいたのだ。






「ここね」


 フィリシアがそう言うと後ろに付き従っている男達は一斉に頷く。その顔にはもはや一切の希望も見いだすことは出来ない。いや、正確に言えば開き直っている心境のようである。


 男達はみな一様に『もうどうにでもなれ』と完全にやけっぱちになっていたのだ。フィリシアにかけられたという術のために男達は完全に服従していた。いや、もしかしたら術など無くてもフィリシアに全面的に服従していたのかも知れない。


 この清楚な容姿の美少女は敵に対して一切の容赦はない。その事を男達はもはや骨の髄まで思い知らされていたのだ。フィリシアが自分達を殺さないのは、利用するためでありそこに慈悲などは一切無かった。


 治癒魔術によりケガを治したのも自分の足で王都まで歩かせるためであった。その証拠にフィリシアは男達の治療は歩けるかどうかが基準だった。歩ける程度まで治療すると治療はそこで終わった。


 一人の構成員が不満そうな表情を少し浮かべた瞬間にフィリシアは指をまったく躊躇無く斬り落とすと冷たい声で


「指ならいくら落としても歩行に影響ないから、不満があるならいくらでも表情に出してくださいね」


 と言い放った。そんな事を言われれば男達も不満を表情に出す事の危険性を思い知るのは当然だった。


 フィリシアは森から王都にある『フィゲン』の本部まで30分程で到着した。さすがに盗賊風の男達はそのままでは王都に入るには厳しいので、郊外にあるアジトの一つで着替えている。

 みな一様に冒険者のような格好になっており、幸いにも衛兵に呼び止められる事は無かった。


「あなた達はギルドメンバーが逃げ出さないように見張っておきなさい。一人でも逃げたりしたら…」


 フィリシアは言葉を切り男達を睨みつける。その視線を受けて男達は激しく首を縦に振る。フィリシアの言わんとした事が理解できたのだ。


「ティグリオ、エベン、アグロイ、ロベールの四人はついてきなさい」


 フィリシアの言葉に声を使命を受けた四人は顔を青くしながら頷く。


 フィリシアは四人が頷くと闇ギルド『フィゲン』のカムフラージュのための酒場に歩いて行くと迷い無く扉を開ける。

 フィリシアは前もって中にいるのは、例外なく闇ギルド『フィゲン』のメンバー達であることを聞いていたため一切の礼儀を守るつもりはなかった。礼儀を守る相手と守る必要がない相手がいることをフィリシアはきちんと区別していたのだ。


 扉を開けると酒場は奥にカウンターがあり、丸テーブルが7つ配置されていた。空いている席は丸テーブルが二つであり、他はすべて埋まっていた。


 客も従業員も入ってきたフィリシアに注目する。その背後に自分達の仲間を見ると一瞬、安堵の息を吐こうとするが、仲間達の様子がおかしいことに気付く。


「よぉ、ティグリオ、今日の仕事はどうだった?」


 一人の客がティグリオに話しかける。表面上は単なる世間話を振ったように見えるが、その実、目は『こいつ誰だ?』と訴えていた。


「こんにちわ…闇ギルド『フィゲン』のみなさん」


 フィリシアの言葉に全員の目が変わる。ここが『フィゲン』の本拠地である事を知っている者が只者のはずはないのだ。問題はその只者でない娘がここに来た目的であった。


「私の目的はこの闇ギルド『フィゲン』を潰す事です。理由はあなた達の仲間が私に危害を加えようとしたその報復です」


 フィリシアの誤解のしようのない説明にその場にいた『フィゲン』のメンバー達は一気に思考が戦闘に切り替わる。


「はぁ?」

「おいおいお嬢ちゃん、俺達を一人で潰せると本気で思ってんのか?」

「こいつはいいや。闇ギルド『フィゲン』をこんなお嬢ちゃんが一人で潰すだとよ」

「ヒャハハハ!!ひょっとしてベッドで俺達を相手にしてくれるってかぁ~」

「おいおい、お嬢ちゃん、おとなしそうな顔をしてこいつはとんだ淫乱ってわけか」


 その場にいた者達はフィリシアを嘲笑する。


 一人の男が立ち上がり下卑た表情を浮かべてフィリシアに近付いてくる。男は無警戒にフィリシアに手を伸ばした。


 …チン


 フィリシアの鞘から音が鳴る。


 そして…


「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 不用意に近付いた男が叫び声を上げて蹲った。後ろの男達は見えなかったが横の席に座っていた男達は蹲る男の下に指が4本落ちているのに気付いた。


「はぁ……闇ギルドなんて所詮、この程度なんですね」


 フィリシアの言葉に先程まで嘲っていた男達は凍り付いた。


「アァァァァァァァァアッァァァァァアッァァアァ!!」


 そして言葉を続ける。


「私があなた達を害するつもりだと宣言し、実際に行動に移しているというのに…誰もそれに対処しようとしない…」


 ジロリとフィリシアは蹲り苦痛に呻く男を睨む。


「痛がっている暇があるなら反撃の一つでもしたらどうなんです?」


 フィリシアは言い終わると同時に蹲る男の頬に裏拳を叩き込む。男は数メートルの距離を飛び、壁に激突し床に落ちる。


 フィリシアが男を殴り飛ばすという光景を目にした者達は自分の目が信じられなかったのだろう。見た目、清楚な美少女であるフィリシアがここまでの戦闘力を持っている事にどうしても結びつかなかったのだ。


「さて…抵抗しても、しなくても構いませんよ。結果は変わりませんので…」


 フィリシアの言葉が冷たく響いた。


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