剣姫⑥
「起きなさい」
フィリシアの声に男達の大部分は眼を覚ました。
「さて…みなさんにいくつか質問しますので正直に答えてください。まぁ、ウソを付くことは私への敵対行為ですから出来ないのですけどね」
フィリシアの言葉を全員が黙ってきている。
(ふざけるな!!クソ女!!…え?)
(てめぇこんな真似してただですむと思ってんのか!! …な)
(ここで俺達に勝ったからといって…な?)
眼を覚ました男達はパクパクと口だけが動いている。声が出てないことに対してみな一様に驚愕の表情を浮かべた。
「ああ、私に対する罵詈雑言は敵対行為となりますから一切行えませんよ」
フィリシアの言葉に男達は驚愕する。自分達が気絶している間にこの女は何をしたというのだ?
「さて…お気づきでしょうけど、あなた達は私の術により行動が制限されています。簡単に言えばあなた達は私が死ねと命令すれば逆らう事は出来ません」
フィリシアの言葉に全員が沈黙する。周囲の者と目配せをしてフィリシアの言葉が真実が伺っている。
「では時間がもったいないからさっさと始めましょう」
フィリシアは凄まじい殺気を放ち男達を威嚇する。フィリシアの凄まじい殺気を受けた男達はガチガチと歯の根が鳴り始める。本能が最大限に警告を鳴らし続けていたが、男達は術の効力の為なのか、それとも腰が抜けたのかは分からないが動くことは出来ないようだ。
「さて、ティグリオ…」
「は、はい」
フィリシアに名指しされたティグリオは、どもりながらも素直に返事をする。
「あなた達の所属は?」
「闇ギルドの『フィゲン』です」
ティグリオは素直に答えたことに自分で驚愕している。闇ギルドの名前を構成員が自ら名乗ることはあり得ないのだ。ティグリオの周囲の男達も信じられないという表情を浮かべながら半ば呆然と見ている。
「そう、それじゃあここにいる連中は全員『フィゲン』の構成員?」
「そうです」
ティグリオの肯定に周囲の男達の顔は凍り付く。
「そこのあなた」
フィリシアは突然、盗賊風の男を指差す。指名された男は当然、慌てふためく。
「ティグリオが言った事は確かですか?」
「はい」
フィリシアの問いに男は素直に肯定する。言葉を発した男は顔を青くしている。
「ではティグリオ、あなた方は私を殺そうとしたのですか?それとも誘拐しようとしたのですか?」
「誘拐しようとしました」
「何のためにです?」
「あなたを誘拐することでアインベルクへの脅迫を…」
「…へぇ」
「ひぃ」
アレンへの脅迫という言葉を聞いた途端にフィリシアの殺気が強まる。その殺気をまともに受けてティグリオは短く叫び両手を合わせて蹲った。その足下に水たまりができている。大の大人が少女に脅され失禁したという出来事はひたすら惨めなものであったが、周囲の男達は誰も笑わない。殺気の余波だけで震えが一段と強まっていたのだ。
「これじゃあ…使い物にならないわね」
フィリシアは侮蔑の籠もった眼でティグリオを一瞥するとエベンに質問相手を移す。
「エベン、ちなみに聞いておくけどあなた達は私を誘拐して何もするつもりはなかった?」
フィリシアの質問に問われたエベンだけでなく全員が顔を青くする。
「あなたを全員で犯すつもりでした。そうすればアインベルクへの…グゥゥゥ」
エベンは最後まで言葉を発することは出来なかった。途中でフィリシアがエベンの口に剣を突っ込んだのだ。フィリシアの剣によりエベンの頬の両端は斬り裂かれ奥歯の辺りで止まっている。
エベンは自分の頬が斬り裂かれ剣を止められているという状況に苦痛と恐怖のために脂汗が滝のように流れている。
「ああ、ごめんなさいね。あんまり不愉快だったからついやっちゃたわ。せっかく治療したのに…」
フィリシアの言葉に男達も脂汗が止まらない。闇ギルドとして不幸を撒き散らし、他者をいたぶってきた彼らだったが、この時になってはじめて被害者達の気持ちがわかったのだ。
「それじゃあ、最後の質問ね」
フィリシアの言葉に全員が頷く。
「私を誘拐しようとしたのは、そもそも誰?」
『俺達のギルドマスターであるリュハン=メムトです』
見事なまでに声が揃い雇い主の名前を言う。ここまで怒りを買っている以上、少しでも怒りを収めるためには素直にいうしか選択肢は無かったのだ。
「そう…それじゃあ、そいつを始末しましょうかね」
フィリシアの言葉に全員が驚愕する。フィリシアの言葉に一切の逡巡はない。本当に蟻を踏みつぶすような残酷な意思を感じたのだ。
「それじゃあ、これから闇ギルドを一つ潰すとしましょう」
フィリシアの言葉に全員が驚愕する。フィリシアは何の準備もなく闇ギルドを潰すと宣言したのだ。
「そ、それは無茶です!!ギルドマスターの横には常にアグレオが守ってるんです」
一人の男がフィリシアに言う。男達は敵対行為を取ることができないのでこの言葉も本心からのものなのだろう。本心は本心だが、男達が心配しているのは自分自身だった。フィリシアがギルドに乗り込んだときに被害を受けるのが嫌だったのだ。
「アグレオ?誰です」
フィリシアの言葉に男はアグレオの事を話し出す。
「アグレオは元『ミスリル』の冒険者です。その腕前はとんでもない強さです」
「なるほど…『ミスリル』…ね」
フィリシアは少し考え込む。『ミスリル』の冒険者にジェドとシアがいるが、あの二人は確実に並の『ミスリル』の実力ではないので基準としては不適格だ。となるとゴルヴェラとの戦いで命を落とした『鋼』を基準にしてみれば良いのだが、『鋼』の戦闘を直接見ていないので正確な所は分からない。
でもゴルヴェラに為す術無く敗れたという話から、それほど警戒する相手ではないだろう。
「まぁ、いいわ。さっさといくわよ。ギルドマスターの所に案内しなさい」
フィリシアの言葉に男達は顔を見合わせ、フィリシアを案内する。
闇ギルド『フィゲン』は今日、壊滅する事が決定したのだ。




