剣姫②
フィリシアは掲示板に張り出されていた依頼文書の書かれていたポイントへと向かう。王都フェルネルの西門から3㎞程離れた森林地帯にオーガが出ると言う事だった。
定期的に国は騎士団、冒険者を雇って王都周辺の魔物を討伐させてたりするが、そのサイクルが来るまでに魔物が現れることがあるのだ。そのため国は王都近くの魔物については恒常的にギルドに魔物討伐の依頼を出しているのだ。
オーガは非常に強力な魔物ではある。また繁殖力も高く、増えすぎたオーガは食糧難になるたびに人を襲うようになるのだ。いや、これはオーガに限らず亜人種の特徴と言えるだろう。
亜人種は自分達で道具を作ったり、集落を作ったりして一定の文化水準を営むのだが、不思議な事に農耕という概念を発達させる事はなかった。亜人種は基本的に狩猟、採集のみで食料を得ているのだ。亜人種にとって人間も獲物の一種である事は間違いないために、人間が襲われるのも不思議な事ではなかった。
亜人種は人間を獲物とみなすし、人間は亜人種を蔑む。言わば対等な相手と思っていない以上友情を育むことは不可能なのだ。
結局の所、人間と亜人種は共存すると言うにはいささか文化的背景が異なりすぎていると言える。
王都フェルネルの西門から出たフィリシアは冒険者ギルドを出てからしばらくしてから尾行者の存在に気付いたのだが、今度は撒こうとはせずにそのまま歩く。
(…私かな? それともアレンさんかしら?)
フィリシアは尾行の理由を考えながらオーガ出没の地点まで歩いていた。尾行者が何の目的で自分をつけ回しているかを考えていたのだ。フィリシア本人への恨みであるのならば、フィリシアはそれほど気にしないのだが、もしアレンに対する脅しが目的の場合は容赦なく叩きつぶすつもりだった。
それこそ一切の容赦もかけるつもりはなかったのだ。
かつて某とかいうゴルヴェラがアレンの目の前で犯すと発言をしたときには怒りで眼がくらむ思いだった。そのゴルヴェラには暴言に対する報いをくれてやり、惨めな死に様をさらす事になった。
フィリシアは清楚な容姿からおとなしいという印象を持たれているが、誠意を持って接するべき相手とそうでない相手をきちんと区別していた。悪意には悪意を、尊厳を踏みにじるつもりなら反撃し踏みにじる事に何ら逡巡はない。その覚悟がなければフィリシアは呪いのため悪意にさらされた時にとても生き残れなかったことだろう。
フィリシアにとって自身を救ってくれたアレンとレミア、フィリシアは恩人であり、アディラ、ロム、キャサリンも加えて家族と思っていた。その家族に害する者は例え誰であっても一切容赦するつもりはないのだ。
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フィリシアは3㎞ほどのオーガの出没地点まで15分程で到達する。本人にしてみればそれなりの速度で歩いたつもりだったのだが、常人の目には走っているようにしかみえなかっただろう。
出没地点についたフィリシアはさっそくオーガを捜索する。
「え~と…」
オーガやゴブリン等の討伐任務はこれが面倒なのだ。出没地点についてもそこに確実にいるというわけではないから、しばらく捜索する必要があるのだ。
フィリシアは自身の気配を絶ち、相手の気配を探りながら森林を歩く。
(いるわね…)
しばらく探しているとフィリシアは気配を掴んだ。
数は6体…。そしてそれとは別に4体…。
6体の方の気配はまったく気配を隠そうともしていないが、4体はそれなりに気配を隠しているようだ。どうやら4体の方はまずフィリシアを襲うのではなく、こちらの腕前を確認しようという考えらしい。
(となると…出来るだけ手の内は晒さない方が良いわね)
フィリシアは『まったく気付いていませんよ』という風に装う。あくまでも探しているのは『オーガ』である事を装っているのだ。また、オーガと思われる気配をとっくに察しているのだが、フィリシアは敢えてオーガを見つけていないふりをする事にした。
すでに王都で一度、尾行者を振り切っている為に効果が薄い可能性を認識しているのだが、ひょっとしたら効果があるかもしれないと猫を被る事にしたのだ。
これで欺される程度の連中なら問題なく斃せるし、欺されないのなら警戒するだけだった。いずれにしても相手の力量を測るという観点から考えれば、やっておいて損はないと思ったのだ。
(しかし…尾行者がいなければさっさとオーガの所に行くのに…)
フィリシアはため息をつきたくなるのを堪えながら思う。
フィリシアは遠回りをしながらオーガに近付いていく。所々でオーガの逆方向に進んでみたりしながら出来るだけ自然を装って近付く。またフィリシアもこの段階で気配を絶つのを止めている。
オーガの方から気付けば近付いてくれば一気に楽になるという考えからであった。
しばらくして、オーガ達がこちらに向かって来ているのをフィリシアは察した。数は6体だ。伏兵がいることも可能性としてはあるが、6体だけの可能性は非常に高かった。
(いっその事…尾行者にぶつけてみようかしら…死んじゃったら困るから…ダメね)
フィリシアはそう思うが、尾行者が単純に戦闘をするタイプでなく、斥候、暗殺をするだけの者でなかった場合には全滅してしまう可能性があったためにこの案を却下した。
(もう少し…気付かないふり…)
フィリシアはオーガの来襲に気付いていたが、あまりにも早く気付いてしまえば猫を被っていたのが丸わかりだ。一度被った以上、最も効果的なタイミングで脱ぐべきだろう。
「さて…」
フィリシアは近くの木に登る。その際に羽織っていたマントを木の根元に置いておく。もちろんオーガをおびき寄せるためである。
スルスルと登りあっという間に高さ8メートル程の高さの枝に留まる。
フィリシアが木に登ってすぐにオーガ達が現れる。オーガ達はキョロキョロと獲物であるフィリシアを探しているようだ。
(これで…オーガが気付かなかったらどうしよう…)
フィリシアの中にオーガが想像以上に間抜けだったら…という不安が湧き起こる。だが、それは杞憂だったようで一体のオーガがフィリシアの登っている木の根元に置かれていたマントに気付くとオーガ達が木の下の集まってくる。
(気づかないマヌケってのも困るけど、ここまで単純だと…呆れるわね)
フィリシアはそう思うと剣を抜きながら枝から飛び降りる。
足下にはオーガ達が集まっている。だがマントを見たオーガ達は周囲を警戒しているが頭上への注意を怠っている。だが、これはオーガ達の迂闊さを意味するものではない。マントが落ちている事に対し、罠の可能性を察し、まず『最初』から頭上を警戒する者がどれだけいるというのだろうか。まずは周囲の茂みなどから警戒するのが多数派だろう。
飛び降りたフィリシアは足下にいたオーガを左肩から一気に斬り裂く。斬られたオーガにしてみれば突然目の前に何かが落下してきたとしか認識していなかっただろう。
あまりにも突然の出来事に何が起こったかを理解できない。ところが左肩に生じた衝撃が痛みに変わった頃に気付く…自分が膝をついていることを…。
徐々に力が抜けていき地面に倒れ込んだときにそのオーガは自分がやられた事に気付いた。
フィリシアはいきなり斬り捨てられた不運なオーガに目もやる事なく。周囲のオーガを斬り伏せていく。
背中を無防備に晒していたオーガの延髄をザックリと両断すると血を撒き散らしながらオーガは前のめりに倒れる。
返す刀で横に位置していたオーガの首を刎ね飛ばす。首を刎ね飛ばされたオーガの首が地面に落ちるまでの僅かな時間にフィリシアはもう別のオーガの首を刎ねている。
こうして、初手で4体のオーガをフィリシアは斬り伏せた。上から見ていたオーガの位置関係を確認した上での行動だった。
突然、4体の仲間が斬り伏せられた事に混乱するオーガにフィリシアは次の一手で間合いを詰めると、喉に突きを刺し込んだ。喉を貫かれたオーガは2,3度痙攣する。フィリシアは貫いた剣を抜くような事はせずに横に払うと。首半分を斬り裂かれた形となりオーガの首がダラリと下がる。当然オーガはこの時絶命しており、力を無くした巨体は地面に倒れ込んだ。
そして、オーガが倒れ込むまでにフィリシアはすでに勝負を決めていた。横に薙いだ剣はすでに次のオーガへの攻撃態勢となっていたのだ。フィリシアは迷いなく斬撃を放つとオーガの右肩から左脇腹まで両断する。両断されたオーガの体は斜めに斬られた斬撃により傷口に従って滑り落ちる。
「ふぅ…」
周囲のすべてのオーガを斬り伏せるとフィリシアは安堵の息を漏らす。
フィリシアは剣についた血を振り落とすと鞘に収める。
フィリシアは【水瓶】の魔術を行い、顔を洗う。最初のオーガを斬り捨てた時に返り血を浴びたため洗い落とすための行動だった。
フィリシアはオーガの左耳を斬り落とすと、持っていた袋に詰める。
これで一応の依頼は果たしたことになるので仕事の一つは終わったのだ。
(さて…これで一つ…もう一つの仕事も終わらせる事にしましょう…)
フィリシアはマントを羽織った所で、4人の男がこちらに歩いてくるのを見つめていた。




