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剣姫①

 その日、フィリシアは1人で外出していた。目的地は冒険者ギルドだ。普段、冒険者として活動していないフィリシアはギルドに足を運ぶことはほとんどない。そのフィリシアが冒険者ギルドに向かっているのは特別な用事があったからではなかった。


 一言で言えば暇だったのだ。


 今日は朝からアレンは王城へ出仕し、レミアはナーガのナシュリス達と森に採集に出かけた。カタリナは相変わらずの研究。フィアーネは両親から何かしらの用を仰せつかったらしい。アディラは学園で授業を受けていると言う事らしい。


 夜の国営墓地の見回りには、全員参加するとのことであったが、それまで手持ちぶさたになってしまったのだ。


 今にして思えばレミアと一緒に森に採集に出かければ良かったと後悔したが、レミアが出かける時に誘われたのだが、調べ物があったために断りをいれたのだ。ところがその調べ物は1時間程で見つかってしまい。手持ちぶさたになったのだ。


 そこで、どうしようかと考えた結果、冒険者ギルドで簡単な依頼を受ける事にしたのだ。


 フィリシアの格好は一般の冒険者の格好だ。革鎧に黒いマントを羽織り、魔剣セティスを持っている。格好だけ見れば取立てて特徴があるわけではない。しかし、フィリシアの清楚な雰囲気と整った容姿が街をあるく者達の目を奪った。


(はぁ…やっぱりアレンさんと一緒にいないと見られるなぁ…)


 アレンと一緒にいても不躾な視線に晒されるのに、1人で歩けば視線だけでなく、声をかけてくる者も多い。


 ニッコリ笑って誘いを断る。それで去ってくれればフィリシアも助かるのだが、しつこく言い寄ってくる場合は、フィリシアは魔剣セティスの力を使い相手に恐怖を与えて追い払う事にした。


 別に魔剣セティスを使わなくてもフィリシアが凄まじい殺気を放てば逃げ出すのだが、加減を間違えてしまうと腰が抜けるだけで無く、失禁してしまう場合もあるために、セティスの力でかるく脅すだけで済ませるようにしているのだ。


 アインベルク邸を出てから15分で声をかけてきた者はすでに5人だ。


「ここで撒いてもあんまり意味ないんだけど…」


 フィリシアはそう独りごちる。アインベルク邸を出てから5分程して何者かの尾行が始まったのだ。かなり訓練された相手のようで、フィリシアでさえ注意しないと気配を逃してしまいそうだった。


 すでにアインベルクの関係者とバレていると思われるので撒く意味はそれほどない。結局の所、アインベルク邸に戻るのだからそこで待っていれば良いのだ。


「まぁ…それでも撒くことにしましょう…か」


 フィリシアはそう言うと一気に走り出す。凄まじい速度で走ったのだが、初手を読ませないフィリシアの技量が尾行者の不意をつくとあっさりと尾行者を置き去りにする。


 フィリシアは尾行者の気配がなくなるのを察すると速度を緩める。半分は尾行者への嫌がらせのために行ったのだから、再び尾行につかれても良いかという考えに至ったのだ。


「さて…尾行者のおかげで思ったよりも早くギルドについちゃったわね」


 フィリシアは苦笑すると冒険者ギルドの扉を開ける。本来はゆっくり、のんびりとギルドまで行くつもりだったのだが、振り切るためにかなりの距離を走ったために思いの外早く着いてしまったのだ。


 フィリシアが冒険者ギルドの扉を開けるとギルドにいた職員と冒険者達がフィリシアを見る。


(やっぱり見られるわね…注目を浴びるのははっきり言って苦手なのよね)


 フィリシアは注目を浴びることが苦手だったのだ。魔剣セティスに呪われていた時にフィリシアに向けられた恐怖の含まれた視線は心地良いものとは対極にあった。誰と会っても恐怖の籠もった眼で見られるうちにフィリシアは人から見られるのが苦手となったのだ。


 もちろん、アレンに見つめられるのは苦手では無い。アレンに見つめられればひたすら照れてしまうのだ。


 周囲の冒険者達はヒソヒソとフィリシアをチラチラと見ながら話し始めている。


「おい…剣姫だ…相変わらずいい女だな」

「俺の戦姫は? 今日は来てないのか?」

「いつ戦姫がお前のものになったんだよ。お前アインベルクに殺されるぞ」

「雪姫様は? あの方の冷たい眼差しに見下されたい」

「おいおい…」

「俺は剣姫派だからな。今日はラッキーだぜ」

「月姫様…四美姫の中であの方だけお目にかかった事無いんだよな」

「バカ、あの方は王女殿下だぞ。俺達じゃ見ることすら出来ないよ」


 冒険者達はヒソヒソとフィリシアに聞こえないように話しているらしいが、意外とこういう話は噂されている本人は聞こえているものである。


(うう~恥ずかしいからもっと聞こえないように話してくれないかな…)


 不躾であるが悪意が無いためにフィリシアも冒険者達に暴力を振るうつもりは一切無い。逆に言えば悪意があれば暴力を振るうことも辞さないのだ。アレンの行動原理はかなりの所フィリシアに影響を与えていたのだ。


 フィリシアは掲示板に張り出されている依頼をいくつか見ていく。


「これにしましょう…」


 フィリシアは数ある討伐任務のうち『オーガ』討伐を選んだ。五体討伐すれば銀貨6枚というのはかなりおいしい条件だった。


「すみません」


 フィリシアが受付の場所に行き、受付の女の子に声をかける。アディラと同年齢と思われる容姿をした可愛らしい女の子だ。


(名前は確か…クレアさんと言ったわね)


「は、はい」

「掲示板に張り出されている『オーガ』の討伐を受けたいのですが、何か注意事項はありますか?」


 フィリシアの言葉にクレアは慌てて首を横に振る。その様子を見ていた年上の受付嬢であるサリーナがクレアに助け船を出した。


「クレア、注意事項はあるでしょう。まったく…すみませんね」


 サリーナはそう言うと頭を下げる。


「いえ、お気になさらないでください。それで注意事項とは?」

「討伐証明の証拠をきちんと持って帰ってくださいという事です」

「確か左耳でしたよね」

「はい、左耳を切り取って帰ってくれればそれで大丈夫です」

「わかりました。それでは行ってきます」


 フィリシアはペコリと頭を下げる。


 頭を上げ踵を返すとそのまま冒険者ギルドを出て行く。



「もう、クレアったらきちんと伝えないと駄目じゃ無い」


 サリーナの言葉にクレアは恐縮する。


「うう、すみません…あんなに綺麗な人に話しかけられて、あがっちゃって…」


 クレアの言葉にサリーナも頷く。


「そうね、あのって本当に綺麗よね。でも注意事項を伝え忘れちゃ駄目よ」

「はい、以後気を付けます…」


 サリーナはクレアの反応に苦笑すると自分の席に戻っていく。その様子を職員と冒険者達は笑いながら見ていた。クレアの立場になって冷静さを保つ自信が実は自分達にもなかったのだ。



 そのため…フィリシアが出て行った後に見慣れない男が冒険者ギルドから出た事に気付いた者は誰もいなかった。

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