隠者⑩
アレンはとりあえず婚約者達を納得させる事に成功した。人によってはアレンの行動をヘタレと断ずる者もいるだろうが、アレンとしてみれば婚約者達との触れ合いに他者の思惑が入るのは好ましくなかったのだ。
アレンが婚約者達に手を出すときはあくまでも自分の意思で行うべきと考えていたのだ。
まぁ、そう断言してもアレンが土壇場でヘタレたという事は間違いないのだが…。
エルヴィンはアレンと婚約者の様子を見ていたが、それについてはツッコミを入れる事をしなかった。
それどころか、かなりの精神エネルギーを消費させた事に満足気に頷いたぐらいだ。
「ま…いいか。婚約者のみんな、ありがとう。おかげでアレン坊やが憔悴する様が見れたから私は満足だよ」
小脇に抱えられたエルヴィンの首がニヤニヤと笑いながら言う。
「はい!! ありがとうございました!!おかげさまで…ぐへへ」
「ふっふふ~今夜は本当に素晴らしいわ。アレンに2回もハグされ、耳元で囁かれ…」
「困ったイタズラをされる方だと最初は思ったけど、意外とおいしい思いが出来たわ」
「えへへ♪ アレンさんに抱きしめてもらっちゃいました♪ エルヴィンさんのおかげで良い思いできました。ありがとうございます」
婚約者達は『ご満悦』という表情そのものにそれぞれエルヴィンにお礼を言っている。お礼を言われているエルヴィンは首を小脇に抱え、その生首からは血がしたたり落ちているというかなりシュールな絵面なのだが、この場にいる者の誰もがその異常性にツッコんでいなかった。
「それにしても…アレン坊やは容赦ないね。躊躇いなく首を刎ね飛ばすとは思わなかったよ」
エルヴィンが苦笑しながら言う。この言葉にカタリナ達が「あっ、そうだった」という顔をして口を開く。
「そ、そうよ…隠者ってアンデッドなの?」
カタリナの疑問に答えたのはアレンだ。
「…カタリナ、俺が『試作品』云々の事を話したのを覚えているか?」
アレンの言葉にカタリナ頷く。確かにアレンは『試作品を試すためにアレンの元にやって来る』という類の事を言っていた。
「ええ、確かに言ってたわね。……まさか」
カタリナは何かに思い至った様にエルヴィンを見やる。
「多分、この体は本物じゃ無い」
アレンの言葉にエルヴィンがアレンを褒める。褒められれば普通は嬉しいものだが、エルヴィンの仕草は妙に芝居がかっており、逆にバカにされているように感じるが、こればかりはアレンの邪推とは言えない。
「よく分かったね。この体は仮の体で、本物の私が遠隔操作しているんだ」
エルヴィンの言葉にアレンは「はぁ…」とため息をつく。
「で、でもアレンも…王太子殿下も、どうして本物じゃないことがわかったの?」
カタリナの言葉にアレンが答える。
「ああ、弱かったからな」
「弱い?」
「ああ、この野郎は腕は立つ。あの程度の戦闘力のはずがない」
「でも、相手が手を抜いてたら…」
「「それはない」」
カタリナの反論にアレンとアルフィスが同時に否定する。
「こいつは趣味に関する事に対しては一切手を抜かない。こいつにとって今夜の事はすべて趣味の一環だ。その証拠に今夜、国営墓地に俺達が召喚した以外のアンデッドは現れてないだろう?」
アレンの言葉にカタリナ達は「え?」という表情を浮かべる。
「つまり、国営墓地のアンデッドをすべて始末しておき、その上でイタズラを仕掛けてきたんだ。そうだな?」
アレンの言葉にエルヴィンは頷く。といっても小脇に抱えた首を頷かせるというかなりシュールな光景だったのだが…。
「そこまでやっておきながら俺との戦いで手を抜くというのはあり得ない」
アレンの言葉にアルフィスも頷く。
「まぁね。この体は本体よりも戦闘力が大分落ちるんだよ。それに遠隔操作だから気配を掴むのが戦闘力以上に下がるんだ。おかげで坊やの放っていた闇姫の気配を掴み損ねて足を握りつぶされる始末だ」
エルヴィンはやれやれと言った風に言葉を発する。
アレンは戦闘開始直後に瘴気の塊を放ったが、あれは闇姫の種のようなものであり地中で闇姫となっていた。そこで足を握りつぶす機会を伺っておりアレンの斬撃を躱し損ねた時に実行したのだ。
「しかし、坊やは本当に容赦ないな。普通は顔見知りを斬るときに躊躇するもんだけどねぇ…おじさんは悲しいぞ」
エルヴィンの白々しい言葉をさらりと流す。
「それで…アディラ達にはその仮の体の事を伝えていたのか?」
「ああ、それはもちろんだ。坊やがこの体を斬り伏せた時から作戦開始という取り決めだったからね」
エルヴィンの言葉にアレンが婚約者達を見ると、みんな少々バツが悪そうに笑っている。
なぜかフィアーネは「えっへん」と胸を張っている。
(なぜ、フィアーネはあそこまで得意気なんだ? お前は少し反省しろよ…)
フィアーネの様子にアレンはため息をつく。
「そうそう…坊や」
エルヴィンは急に真面目な声を出す。雰囲気が変わったことに対してアレン達も気を引き締める。
「どうやら『魔神』が活動を始めたという話じゃ無いか」
エルヴィンの言葉にアレンは頷く。先程のおちゃらけた雰囲気は一切無い。この辺りの切り替えの早さは流石だった。
「はい。御助勢いただけるんですか?」
アレンの言葉に含まれた感情は、先程までのエルヴィンへの態度では無い。絶大な実力を持つ年長者への敬意に満ちている。
「ああ、ジュラスから頼まれたというのもあるし、亡き友への義理もある」
エルヴィンの言葉に『ジュラス』の名が出た事に全員が驚く。今夜、エルヴィンが国営墓地に来たのはジュラスの要請があったためである事を察したのだ。
「ありがとうございます」
アレンが代表で礼を言う。所々で困った性格だが実力的には頼りになる男なのだ。
「そうそう、私の息子のジュセルを君達に同行させて良いかな?」
エルヴィンの言葉にアレンとアルフィスは力強く頷く。ジュセルと面識のない他のメンバーは何の曖昧に頷く。
「良かったよ。ジュセルは腕はそれなりに立つと思うんだが、いかんせん内向的でね。少しでもこの機会に社交的になってくれればと思ってね」
エルヴィンの言葉にアレンとアルフィスが苦笑する。
ジュセルの実力を知る彼らからすれば、あれを『それなり』と表現するのは不的確である事を知っていたのだ。それに内向的といってもエルヴィンが破天荒過ぎるからであり、本人はいたって常識人と言える。
「1ヶ月程したらこちらに行かせるからよろしく頼むよ」
「わかりました」
「ああ、それじゃあ私はそろそろ帰るから、済まないけどこの体を処分しておいてくれるかい?」
「え?持って帰らないんですか」
「ああ、私の遠隔操作が無くなれば、この体は元の姿に戻るから燃やしておくなりしておいてくれるかい」
「はい、それであなたは?」
アレンの言葉は息子のジュセルがアレン達の国営墓地の管理に入る事が分かったのだが、エルヴィン本人はどうするのかという事を聞いていなかったのだ。本人が参加するのか、それとも後方支援に回るつもりなのか…。
「ああ、私は今度、ジュラスから『騎士爵』に叙任される事になり王城の一角に住む事になっている」
「え?」
「もちろん、『騎士爵』と言っても坊や達が『魔神』を斃すまでの暫定的な処置だ。それに伴いジュセルはテルノヴィス学園に編入させることになっている」
「え?」
「あ、そうそう王女殿下」
エルヴィンがアディラに声をかける。
「ジュセルは王女殿下と同い年だから多分、同学年になると思うからよろしく頼むよ」
「は、はい!!」
アディラの元気の良い返答にエルヴィンは微笑む。
「本来であれば、堅苦しい貴族なんかになりたいくないんだが、今回は仕方がないと諦める」
エルヴィンの言葉に全員が困った顔を浮かべる。王太子殿下の前で堂々と『貴族なんか』と発言した事に対し、肯定も否定もしづらかったのだ。
「さて…手続き関係で1ヶ月程かかるけどよろしく頼むよ」
エルヴィンはそう言うとアレン達の返事を待たずに遠隔操作を打ち切った。遠隔操作を立った瞬間にエルヴィンの体は木で作られた人形に姿を変えると崩れ落ちた。どうやら魔力で人形の体を覆うことで本体の姿を映し出していたらしい。
「すごい技術ね。私のホムンクルスの研究とは異なるけど、色々と参考になりそうね」
カタリナが喜々として残った人形の体を調べ始めている。
「はぁ…頼りになる味方が増えたと捉えるべきか…」
アレンの言葉にアルフィスもため息をつきながら返す。
「面倒な奴が近くに来たと考えるべきか…」
アレンとアルフィスの言葉に全員が困った顔を浮かべていた。
「あ、そうだ…」
その時、レミアが思い出したように言う。
「どうした?」
「召喚したアンデッドを片付けておかないと…」
レミアの言葉にその事を思い出したアレンはどっと疲れが押し寄せてくる。
「もう一仕事か…」
アレンの言葉に全員が疲れた顔をして自らが召喚したアンデッドを駆除するのであった。




