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隠者⑧

 エルヴィンがニヤリと嗤う。それと同時にアレンは剣を抜き間合いを詰めると、エルヴィンの首に斬撃を放つ。凄まじい速度で放たれた斬撃であったがエルヴィンはそれを難なく躱す。


 アレンはその事に落胆することも無く次々に斬撃をエルヴィンに向けた放った。


 腹、足、腕、肘、膝……ありとあらゆる部位に放たれた斬撃をエルヴィンは躱し続ける。


「な…王太子殿下、隠者ハーミットは魔術師では無いのですか!?」


 エレナが驚愕の表情を浮かべアルフィスに聞く。


「え?ああ、あの野郎は確かに魔術師だよ」


 アルフィスはあっさりと答えるがエレナの衝撃は大きかった。いや、顔には出していないがメリッサも同じ気持ちである。


 通常、魔術師は修練のほとんどを魔術に費やすために体術関連はおざなりになりがちである。だが、アレンの斬撃を躱すエルヴィンの動きは明らかに体術をおざなりにしてきた魔術師の動きでは無い。


 魔術師の中には身体能力を強化する者もいるのは事実だ。だが、それはあくまで筋力の動きを魔力によって増強したものにすぎない。動きの洗練さからはかけ離れた動きでしか無いのだ。

 体術を本格的に修練した者の動きは言わば機能美の極致とも言うべきもので一切の無駄が存在しない。エルヴィンの動きは一切の無駄は無く、魔術師が単純に身体能力を上げたものでは無い事がメリッサとエレナにはわかったのだ。


「あれほどのアインベルク卿の斬撃を躱しきるなんて…」


 メリッサの感歎の言葉はアルフィスによって否定される。


「いや、アレンは全然、本気じゃ無いぞ」

「え?」

「アレンはほとんど技術を使っていない。単なる身体能力だけで斬りかかっているにすぎない」

「…」

「アレンは完全に様子見だな。いつもなら有無を言わさず全力でやるのだが…今回の相手はエルヴィンのくそ野郎だからな…」


 アルフィスの言葉にメリッサとエレナは困惑する。アレンが繰り出している斬撃をメリッサもエレナも一太刀も躱すことは出来ない事を察している。しかもそれがまったく本気で無いという事を知らされてしまえば戸惑うのも無理は無かった。


 アレンは斬撃を繰り出しながら掌に集めた瘴気の塊をエルヴィンに近距離で放つ。凄まじい速度で放たれた瘴気の塊であったがエルヴィンはあっさりと躱す。躱された瘴気の塊は地面に着弾する。


 躱した所でエルヴィンは反撃に出る。


 エルヴィンの持っている杖がいくつかの節に別れる。それぞれの節を鎖が繋いでおり一気に間合いが伸びる。九節棍きゅうせつこんと呼ばれる変幻自在の武器だ。一つの節の長さは15㎝程だ。


 それがまるで蛇のように曲がりくねり、アレンを襲う。


 厄介な事にエルヴィンの九節棍は魔力による強化はもちろん、エルヴィンがどこの節を掴むかによって間合いを自在に変える事が出来る。アレンであっても対処するのはそれなりに手こずっていた。


 エルヴィンは九節棍の真ん中の節を握ると振り回し始める。中間点を握りその両端を回転させることで危険度は一気に倍に跳ね上がる。片方だけを回転させればそちらだけに注意を払えば済むのだが、両端が回転しているために注意をどちらにも払わなければならないのだ。


 当然、両端を回転させるには技量が必要なのだが、エルヴィンの腕前なら難なく行えているようだ。


 エルヴィンは右腕を払うと放たれた混がアレンの足下を襲う。アレンはそれを駆け出し跳ぶと駆けるの中間の動きで放たれた棍を躱すと斬撃を首に放つ。


 エルヴィンはアレンの斬撃をバックスステップで躱す。追撃を行おうとアレンが間合いを詰めようとするが、エルヴィンは左の回転させた混をアレンに放つ。アレンの頭頂部を襲う混をアレンは横に跳び躱した。


「ちっ…」


 アレンの舌打ちが響く。


「やるようになったね。坊や」


 エルヴィンの声はどことなく嬉しそうな感情が含まれている事をその場にいる全員が感じる。


「じゃあ…そろそろ真面目にやるとするか……舐められてるから腹立ってきたしな」


 アレンの言葉にエルヴィンが返す。


「いやいや…言葉ほど余裕があるわけじゃないんだよ」


 エルヴィンの言葉にアレンは不愉快そうに顔を歪める。


「何言ってやがる。お前がやってることに俺が気付いていないとでも思ってるのか?」


 アレンの言葉にアルフィス以外の者達が首を傾げる。アレンとアルフィスは気付いているが他の者達はエルヴィンと初めて会ったためにそれを見抜くことは出来ないのだ。


「ん? それでは坊や達は気付いていると言う事かな?」


 エルヴィンの言葉にアレンもアルフィスも言葉を返さない。返したのはアレンの斬撃であった。


 先程の斬撃など比べものにもならない斬撃は全員の言葉を奪う。例え命を奪うという行為の技術であっても膨大な修練の果てに身につけた技術は『美しい』という感情を見る者に沸き起こさせるのは仕方の無いことかも知れない。


 エルヴィンはその斬撃をバックステップでかろうじて躱す。


 いや…エルヴィンは躱しきれなかった。着地した瞬間に胸の辺りから鮮血が飛び散ったのだ。


 そして、次の瞬間に地中からエルヴィンの足を掴む手があった。足首を捕まれたエルヴィンはそちらに視線を移す。それと同時に地中から突き出た腕はエルヴィンの足首を握りつぶした。


 視線を逸らすという、あからさまな隙を逃すような真似をアレンは決してしない。


 一瞬で間合いを詰めるとエルヴィンの首をアレンの剣が刎ね飛ばした。



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