隠者⑥
「おやおや…怖いお嬢さん方だな」
掛けられた言葉にアディラ、レミア、フィリシアは振り向くと、そこには一人の男が立っている。
年齢は30後半と言ったところの黒髪、黒眼の長身な男だ。黒い魔術師が好んで身につけるローブを纏い、手には1メートル半ぐらいの杖を持っている。いかにも魔術師と言った風体だ。
アディラ達三人は、この男に警戒を強める。
(目の前にいるのに…気配がここまで希薄なんて…)
(まさか…ここまで接近を許すなんて…)
(間合いのギリギリの外にいる……これじゃあ…先手を取るのは難しいわね)
三人はすぐさま相手の分析に入る。状況から考えればこの男が隠者のエルヴィン=ミルジオードという事はわかる。
「え~と…あなたが隠者?」
レミアが男に問いかける。問われた男は三人から視線を外すこと無く「くっくっくっ」と笑う。妙に邪気の無い笑いに三人は訝しがる。
「いやいや…流石にアレン坊やの婚約者達だ。これは…想定した以上のお嬢さん方だな」
男は笑いながら三人に言う。
「おっと…自己紹介が遅れたね。俺はエルヴィン=ミルジオード、アレンの父親の古い友人だ」
エルヴィンは優雅に一礼しながら三人に自己紹介する。どことなく芝居掛かったあいさつに三人は何となくだがバカにされている気がする。
「あ、そうですか…挨拶も終わった事ですし、私達の前に現れた目的をお聞きしても?」
フィリシアの声は穏やかなものだが、そこに一切の油断は感じられない。そして、レミアもアディラもエルヴィンの隙を探しているところだ。
「そう邪険にしなくても良いだろう。私は君達に害を及ぼすつもりは一切ない」
「それを信じろと?」
「まぁ、坊や達の反応から信じられないのは分かるけどね。その辺の事は信じてもらうしか無いな」
「アレン様、お兄様と初対面のあなたのどちらを信じるか…いちいち説明しないとご理解いただけませんか?」
アディラの言葉にエルヴィンは苦笑する。
「やれやれ…困ったな…」
エルヴィンは肩をすくめると三人に告げる。
アディラ達と分散されたアレン達は隠者のエルヴィンを探す。アンデッドや土人形の索敵には未だに引っかかっていないのだ。
ドォォォォォォン!!
すると墓地のどこかで爆発音が響いた。
明らかに戦闘を思わせる音に全員が視線を交わす。
誰と誰が戦っているかは明らかだ。
「アインベルク卿!!アディラ様が心配です。行きましょう!!」
アディラの侍女であるメリッサがアレンに進言する。
「ああ、行こう。三人が心配だ」
アレンの言葉に全員がうなずくと爆発音のした方向へ走り出した。アレンがまず駆け出しそれに全員が続く。
「アレン…」
駆けながらアルフィスがアレンに言葉をかける。その声はアディラ達の身を案じているというよりも腑に落ちない事があり訝しんでいるようである。
「なんだ?」
アルフィスの様子にアレンも違和感を感じる。
「おかしいな…最初の爆発音から殺し合いの雰囲気がまったくしない…」
そう、爆発音がしたということはすでに三人とエルヴィンは戦闘状態に入っているはずなのにまったく殺気を感じないのだ。レミア、フィリシアが戦闘状態になれば少なからず殺気を放つはずなのに、まったく殺気が感じられないのはなぜなのか。
レミアもフィリシアもアディラも殺気を消して必殺の一撃を放つことは造作もないことだ。だが、それは初手において意味があるのであって、始まってしまえば殺気を隠す理由など特段ないのだ。
この事から考えられる事は…
すでに戦闘が終了している…という可能性が非常に高い。となると問題は勝敗の行方だ。レミア、フィリシア、アディラの戦闘力から考えればいくらエルヴィンといえども、この短時間に完勝するということはあり得ないだろう。反対に三人で会ってもエルヴィンをこのような短時間に討ち果たすこともできないはずだ。
「あの三人がやられるとは思えない…。かといってあの野郎をこの短時間に倒せるとも思えない…」
アレンの言葉にアルフィスも頷く。残りのフィアーネ、カタリナ、メリッサ、エレナはアレン達の会話を聞き視線を交わした。
「…二人とも、混乱するのは後にして、今はとにかく急ぎましょう」
フィアーネの言葉にアレンとアルフィスは、「はっ」としたような表情を浮かべるとそれぞれ頷く。
「そうだな…いずれにせよ…あの野郎に引導を渡し事には違いないよな」
「ああ、ついうっかり真っ二つにしちまう事になっても誰も責めないよな」
アレンとアルフィスは、うんうんと頷くと物騒な言葉を口にする。
「いた!!」
カタリナの言葉に全員が頷く。
国営墓地の一角に一人の男性とその後ろに付き従うように三人の美少女が立っている。
「遅かったな」
男がアレン達に呼びかける。
「アレン坊や…すでにお前の婚約者達は俺の部下になったぞ」
男の言葉が墓地に冷たく響いた。
 




