隠者③
「フィアーネ待て!!」
「フィアーネ嬢待て!!」
フィアーネが扉を開けたところでアレンとアルフィスが叫ぶ。
「え?」
バシャン!!
するとフィアーネの頭上に突然バケツ一杯分程の水が発生するとそのまま落下しフィアーネは頭から水を被ってしまう。
「ちょっと、何よこれ~」
ずぶ濡れになったフィアーネはいきなりの出来事に面食らう。フィアーネは公爵令嬢である以上、いきなり水をぶっかけれらるような経験はない。まぁ公爵令嬢でなくとも水をいきなりぶっかけられるという経験を持つ者は少数派だろうが…。
ずぶ濡れになったフィアーネの体にいつものフリルをあしらった黒いドレスが張り付き、そのプロポーションを周囲に晒していた。アルフィスは慌ててフィアーネから目を逸らした。さすがに婚約者のアレンの前でフィアーネの体をラインをまじまじと見るわけにはいかないのだ。
かなり暖かくなったとは言っても夜風に濡れた体というのは快適にはほど遠い。アレンは上着を脱ぐとすぐにフィアーネの肩に掛ける。
この紳士的なアレンの対応にアディラ、レミア、フィリシアは羨ましそうにフィアーネを見ている。
「ねぇ……アレン」
フィアーネが呆れたかのようにアレンに声をかける。
「なんだ…サンテいや、言いたいことは大体察してるが……」
「これって、隠者がやったの?」
「……どうだ……ウザイだろ?」
アレンの言葉にフィアーネだけでなく全員が頷く。アレンとアルフィスが嫌がるのも無理はないと女性陣は思い、先程までの自らの認識の甘さを反省した。
「多分、あの野郎は……コーウェンさんとダムテルさん達が帰ってから色々な所にイタ……いや、罠を張ってるぞ」
アレンが言いかけたイタズラという単語からこのレベルの罠が張られていることを察すると全員の表情に疲れが見える。まだ始まったばかりというのに、この徒労感は何なのだろうとアレンは思う。
「アレン……この借りは返させてもらうわよ」
フィアーネは少し時間が経って怒りが湧いてきたのだろう。目が据わり始めている。声は明るいが怒っているのは明らかだった。
フィアーネはそう言うと大きく一歩を踏み出そうとする。
「待て!!」
アレンは踏み出そうとしたフィアーネを後ろから抱きしめる。
「ふぇ」
アレンの行動にフィアーネは目を白黒させ振り向く。振り向いた顔には3割の羞恥と6割の嬉しさ、残り1割は困惑があった。
「ど、どどどうしたの?」
フィアーネは努めて冷静を装うとしたが明らかに失敗していた。
「フィアーネ……危ないぞ。そのまま一歩後ろへ」
アレンの言葉にフィアーネは真っ赤に頬を染めて頷くと後ろに下がる。アレンは落ちている石をフィアーネが足を踏み込もうとした場所に投げ込む。
石が落ちた場所の空中にまたもバケツ一杯分の水が発生し落下すると地面を濡らした。
「アレン様……これは……?」
アディラが不安げにアレンに尋ねる。
「二段構えの罠だ」
「え?」
「最初にフィアーネが罠にかかったろ?」
「はい」
「ここに仕掛けた罠をこちらが躱した時に水を避けるために前に躱した時に着地したところに罠を仕掛けたんだ」
「え……性格が歪んでいますね……」
アレンの言葉にアディラは素直すぎる反応をする。躱したところにもう一つ罠を仕掛けておくなんて性格が歪んでいるというレベルではないだろう。
「そして……罠に掛かった場合もまさか間髪入れずに、もう一回同じ罠を仕掛けるとはあんまり思わないから、あわよくばもう一度罠に掛けることができる」
アレンの言葉にアディラだけでなくレミア、フィリシア、カタリナも呆れた顔をする。
ただフィアーネはアレンの腕で抱きしめられている事からだんだん幸せそうな表情を浮かべ始める。
「ふっふふ~♪ な、なかなか隠者もやってくれるじゃない♪」
フィアーネの嬉しそうな言葉にアディラが羨ましそうな視線をフィアーネに向ける。事の始まりはどうあれアレンに抱きしめてもらうというのは羨ましいのだろう。
「あ、ああゴメンな。フィアーネ」
アレンも抱きしめたままである事に気付き慌てて体を離す。フィアーネは微妙に残念そうな表情を浮かべるがアディラ達の視線を受けて緩みかけた頬を引き締める。
「ねえ、アレン」
レミアがアレンに尋ねる。
「ひょっとしてこんな罠がずっと張られてるわけ?」
「ああ、確実にな」
「その隠者を捕まえないと安心できないわけね」
うんざりという感情そのもののレミアの言葉だ。結構な広さの国営墓地で一流の魔術師を捕まえるというのは中々骨が折れる。
「う~ん……とりあえず」
レミアはそう言うと魔法陣を展開する。展開した魔法陣は召喚術だ。
召喚したのはアンデッド達だ。
大量のスケルトン達がレミアの展開した魔法陣から姿を現す。数は100を超える大量なものだ。
「行け!!」
レミアの命令が下されると同時にスケルトン達は一斉にばらけ各方角へと散っていく。各方向に散っていくスケルトン達を見て、全員がレミアの意図を察する。
レミアはスケルトンを周囲に放ち隠者にわざと斃させることで、隠者の位置を把握するつもりなのだ。
「俺もやっとくか……」
「俺も……」
レミアの作戦にアレンとアルフィスも魔法陣を展開しアンデッドの召喚を行う。
二人が召喚したのは異形の騎士である『デスナイト』、死の魔法使いである『リッチ』である。それを二人会わせて50体程召喚したのはアレンとアルフィスが本気でその隠者を排除しようという心意気に違いないのかも知れない。
「一応……私も……」
カタリナもトンと放棄の柄で地面を叩くと土人形を召喚する。今回カタリナが召喚した土人形はのっぺりとした人形である。
「「「行け」」」
アレン、アルフィス、カタリナの命令に従い、デスナイト、リッチ、土人形が方々に散っていく。
仁義なき戦いが夜の国営墓地で始まったのだ。
ついに300話まで到達しました。やれるもんですね。これからもよろしくお願いします。




