閑話~ランゴルギアの勇者③~
「え?ランゴルギア王国の勇者が来るんですか?」
アインベルク家のサロンでアレンと婚約者のアディラ、フィアーネ、レミア、フィリシアが午後の一時を過ごしている。ちなみにカタリナは離れにある研究施設で喜々として研究に励んでいる。
「ああ、午前に王城で陛下から直々に伝えられた」
アレンが朝一番に王城に呼び出され、ランゴルギアの勇者である『リューク=バラン=リーディン』が後学のためにアンデッドの対処を学びたいという申し出があり、アレンに意見を求めたのだ。
アレンとすれば特段見られて困るような事をしているわけではないし、特別な道具を使っているというわけではないので受け入れる事自体には何の問題も無かったために、受け入れを快諾したのだ。
ここで見られて困るの中には、当然アレン達の実力も入っている。むしろ見ていただき、友誼を結ぶか警戒し排除しようとするか態度を決めてもらいたいものだとさえ、アレンは思っていた。
「勇者か~」
「はぁ~」
「ふぅ~」
フィアーネ、レミア、フィリシアがため息をつく。
「どうしたの三人とも?」
アディラがそんな三人のため息に首を傾げながら尋ねる。三人の声に『面倒くさい』という感情が含まれていることを察したのだ。
「うん…アディラはドルゴート王国の勇者の話を知ってる?」
フィアーネの言葉には苦い物が含まれている。
「うん、アレン様にちょっかい出して返り討ちにあったというマヌケな方々ですよね。私もその話を聞いて許せない気持ちで一杯です」
アディラの言葉には一切の容赦は無い。アレンに敵対する者にはアディラは一切容赦が無いのだ。増して、他国の貴族を勝手な思い込みで害しようとしたことでドルゴート王国を窮地に陥れたともなればまったく救いようがない。
要人暗殺の実行犯として即日処刑されてもおかしくなかったのだが、アレン達のとりなしで今は国営墓地の昼間の管理見習いをしているという話だった。
「じゃあ、アレンにあそこまで手酷くやられた後なのに、コーウェンさんとダムテルさんにも無礼な口をきいて、これまた手酷くやられたという事は知ってる?」
そこにレミアがため息をつきながらアディラに話す。
「え!?コーウェンさんとダムテルさんに……どこまでも」
レミアの言葉はアディラの怒りに新たな燃料を投下したようだ。アディラはコーウェンとダムテルと顔見知りであり、アディラの中では頼りになる方々という位置づけだ。アレンを害する行動を取っただけでも許しがたいのに二人にも迷惑をかけていたという事にさらに怒りは高まったのだ。
「そうなのよ。引き合わせしてから、しばらくしてから元勇者一行に会ったのだけど完全に心を折られていたわ」
レミアの言葉にアレン達もうんうんと頷く。コーウェンもデムテルも礼儀を守る者には非道な行いは決してしない。にもかかわらずそのような状況になっていると言う事は元勇者一行に落ち度があるのは確実であった。少なくともアレンはそう確信しているようだ。
「そんな事があってから私達、基本的に『勇者』という存在に対してあんまり良い印象を持ってないのよ」
フィアーネの言葉にアディラは納得する。確かにドルゴート王国の元勇者が勇者の基準になっていれば勇者に対しての評価が辛くなるのは、ある意味仕方がない。完全に公平に見ると言う事自体不可能なのだから、色眼鏡で見ることは避けられないのだ。
「なるほど…確かにアレン様そんな事をするような人達に良い印象を持つわけ無いですね」
アディラも納得の表情を浮かべながら言う。言葉はかなり押さえられているようだが、その目には危険な感情が含まれているようにアレンには感じられる。
「その勇者様がアレンさんに良からぬ事を企んでるんなら私は容赦しませんよ」
フィリシアの言葉にアディラ、フィアーネ、レミアも頷く。本来であれば外交問題に発展するような案件なのだが、婚約者達に一切の躊躇はなさそうだ。場合によってはランゴルギアの対応次第では滅ぼしに行くと言いそうな気配である。
「まぁ落ち着けよ。その勇者が俺を害するなんてあり得ないさ」
アレンが苦笑しながら全員に微笑みながら言う。
「え?」
「どうして?」
「なんで?」
「どうしてです?」
四人の婚約者から呆けた声が発せられる。その様子を見てアレンはまたも苦笑する。
「だって考えて見ろよ。ここで俺を害するなんて事をすれば泣きを見るのは確実にランゴルギアだ」
アレンの言葉に婚約者達は首を傾げる。どうも、ドルゴート王国の勇者のせいで婚約者達の勇者への評価は確実に最低ランクに置かれているようだ。その意味ではドルゴート王国の勇者一行の罪はかなり重いと言って良いだろう。
また婚約者達も普通ならその辺りの機微をきちんとすぐに見抜くのだが、いかんせんアレンに関わる事と勇者に対するイメージが悪すぎるためにある意味、思い込みのような感じになっていたのである。
「表面上、今回の件はランゴルギアが学ばせて欲しいと言ってきているんだ。にも関わらず問題を起こせば困るのはランゴルギアだろう?」
アレンの言葉に婚約者達も冷静さを取り戻したのだろう。全員が頷く。どうやら本来の能力を発揮し始めたらしい。
「陛下は返答に条件を付けたという事だ。国営墓地で勇者が命を落とすような事になってもローエンシアに一切の責任はないというやつだ」
「なるほど…そういうことなのですね」
さらに伝えられた情報がアレンの口から伝えられアディラが同意の言葉を発すると、他の婚約者達も頷く。
この条件は一見すると勇者が国営墓地のアンデッド達にやられても責任はもたないという感じに聞こえるが、当然ながらアレン達にやられるという事も含んでいる。もし、ランゴルギアの勇者がドルゴート王国の元勇者のように身の程知らずにアレンに害を為そうとすればアレンはランゴルギア王国へ何の遠慮も無く返り討ちに出来るというものだ。
アレンが敵対者にまったく容赦しない事は関係者はわかっており、ランゴルギア王国がどんな難癖を付けてきてもただ潰すだけなのだが、この条件を付けた事により、いわば国王がアレンにお墨付きを与えた事になるのだ。
「みんなもドルゴートの元勇者を基準に考えなくていいよ。あれは本当に特殊な例なんだから」
アレンの言葉の締めくくりに婚約者達も微笑む。
(さて…ランゴルギアの勇者様…か、尊敬に値する人格者であってほしいな)
アレンはまだ見ぬ勇者に思いを巡らすのであった。
勇者との邂逅はもう少し後になります。




