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閑話~ランゴルギアの勇者②~

 リュークは帰宅するとすぐに出迎えたシュハンという老齢の執事に兄が呼んでいることを伝えられ、兄の部屋に急ぐ。


 扉をノックすると中から「入りなさい」という言葉を受け、リュークは兄の私室に入る。


 兄は夜中であるにもかかわらず執務室で書類の整理をしていた。


 兄のリオン=アルド=リーディンは22歳、爵位は伯爵、将来の宰相と謳われる新進気鋭の官僚である。

 リオンとリュークは兄弟ということもありとても似た風貌をしている。だが、リュークよりも鋭い印象を受けるのは官僚の仕事で数字を相手にしている事もなにかしら関係があるのかもしれない。


「お呼びですか、兄上」


 リュークの言葉にリオンは少し残念そうな顔をする。


「周りに誰もいないのだから昔のように兄さんと呼んで欲しいのだがな」


 リオンの言葉にリュークは苦笑する。リオンは外では新進気鋭の鋭すぎる印象を持たれる青年官僚であるが、家族にはめっぽう弱いのだ。父と母が事故で亡くなり、2年前に爵位を継いだ以来、リオンは弟リュークと妹フローラをこれまで以上に大切にするようになった。


 現在、妹のフローラは15歳でランゴルギア王立の学園である『テスティア学園』の寮に入っているため中々会うことが出来ないのを非常に残念に思っていた。


「わかりましたよ。リオン兄さん、それでどうしたんです?」


 リュークは兄に砕けた口調で話す。その事に満足したのかリオンはニコニコと微笑むが話を始める際には真面目な表情を浮かべる。その様子にリュークも襟を正す。


「実はな…最近、特に有名なローエンシア王国のアインベルク侯についてだ」


 リオンの言葉にリュークは首を傾げる。すぐにその名がローエンシアの墓守の家の名である事に結びつく。だが、それがなぜ兄の口から出るのか。そして兄がなぜ自分に話すのかが分からなかったのだ。


「最近、有名なローエンシアの墓守殿ですね」

「ああ、お前はアインベルク侯についてどれだけ知っている?」

「噂程度ですが…とてつもなく強いという事だけは分かります。今日仕入れた情報では禁忌の騎士(タブーナイト)を斃したという話です」

禁忌の騎士(タブーナイト)だと…」


 リュークのもたらされた情報にリオンは絶句する。禁忌の騎士(タブーナイト)の恐ろしさをリオンも知っているのだ。


「はい、恐らくローエンシア王国がそのアインベルク侯の箔付けのために話を盛っているのかと…」


 リュークの言葉にリオンは苦笑する。


「リューク…思ってもいない事を言わなくても良い。お前は噂が真実だと思い始めているのだろう?」


 リオンの言葉にリュークは小さく頷く。


「はい…ローエンシアが話を盛るとしても、禁忌の騎士(タブーナイト)の件は逆効果と思いまして…」

「確かにな。箔付けにしても禁忌の騎士(タブーナイト)はやり過ぎだ」

「ですが…それ故に…」

「真実と…だな?」

「はい」


 リュークの返事は固い。真実であるならば自分では勝てない。いや、そもそも勝負にならない。


「リューク…そこでお前の出番なのだ」

「え?」

「リューク…お前はローエンシアに行き、アレンティス=アインベルクという人物がどのような男かを確かめて欲しい」

「え?」


 思いも寄らぬ言葉にリュークは戸惑う。他国の侯爵に会ってその人物を確かめろとは一体…


「リューク、アインベルク侯の実力は桁が違う。そうだな?」


 リオンの言葉にリュークは素直に頷く。


「その絶大な力がランゴルギアに向けられればどのような事になる?」

「え?」

「リューク、お前はランゴルギアの『勇者』としてアインベルク侯と戦わねばならん」

「……はい」


 リオンの言葉にリュークはその事に思い至る。ジュストの先程、「おまえなら勝てるか?」と問われるまでもなく噂を聞いた段階で考えてきたことだ。


「その顔では勝てぬのだな?」


 リオンは優しくリュークに問う。その言葉にリュークは小さく頷く。


「そうか…ならば別の方法で我々はアインベルク侯に対処せねばならん」


 リオンの言葉に不穏なものを感じリュークは口を開きかける。だが、それをリオンが制する。


「勘違いするな。アインベルク侯を暗殺など現段階では考えていない。わざわざ虎の尾を踏む必要など無い」


 リオンの言葉にリュークは胸をなで下ろす。だが兄は『現段階』でと言ったのが妙に気にかかる。


「兄さん…」

「だからそう心配そうな顔をするな。俺は暗殺などという荒事は嫌いだからな。お前がアインベルク侯の為人を調べて、ランゴルギアにとって害をもたらすような人物でなければ何もしなくて済むのだ」


 リオンはリュークの沈んだ顔に慌てて言う。


「正直な話、噂に聞くアインベルク侯の為人は悪辣な人間では決して無い。だが敵にはまったく容赦しない事は分かっている。そこでお前に彼にとって敵とそうでない者の境界線はどこなのかを判断して欲しいのだ」


 リオンの言葉にリュークは首を傾げる。敵かどうかなどという線引きは誰でも分かる。要は悪意を持って行動すれば良いのだ。その程度の事を理解しない兄ではないはずなのに、色々と不審な点が多い。どうも、兄は自分をそのアインベルク侯に引き合わせたいのではないだろうかと思ってしまう。


 引き合わせることで、どのような利益がランゴルギア、そしてリーディン伯爵家にもたらされるのかがリュークには思いつかない。


「分かりました。どれほどお役に立てるか分かりませぬが、ローエンシアに行き、アインベルク侯の為人を確かめさせていただきます」


 リュークはそう言うとリオンに一礼する。


「そうか、それではローエンシア王国とアインベルク侯にはこっちの方で根回しをしておくから、10日程待っててくれ」

「はい。それでは兄さん、失礼します」


 リュークは一礼してリオンの執務室から退出する。


 リュークを見送ったリオンは閉じられた扉を見ながら呟く。


「アレンティス=アインベルク…あなたは果たして『獅子の友』となれる御方かな…」


 何かを期待するようなリオンの声であった。

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