閑話~ランゴルギアの勇者①~
閑話になります。
ローエンシア王国から東方にランゴルギア王国がある。ボルメア大陸の東部にあるその王国は大陸屈指の大国と呼んでも良い。
ローエンシア王国との関係も良好であり、互いの王族を留学させる事も行われている。ランゴルギア王国の第三王子であるコーディル=ジーク=エジレシアがローエンシア王国のテルノヴィス学園に留学中だ。
ランゴルギア王国もローエンシア王国同様に政治が安定し、着実に発展をしている国である。
そのランゴルギア王国にローエンシア王国で起こった出来事が噂になっていた。その噂とは、ゴルヴェラ11体を討ち取り、国防上の要地の失陥が防がれたという事だ。
ゴルヴェラ11体という軍関係者ならば頭を抱えるような絶大な敵勢力を潰しただけでも信じがたいのに、それを数十人で成し遂げたという絵空事に最初、ランゴルギア王国がローエンシア王国のプロパガンダであると思ったのは当然であった。
だが、しばらくして、その功績に一人の男爵が一気に侯爵に叙されたことでランゴルギア王国の中に「事実では?」という思いが生まれた。その侯爵に叙されたという男の情報を周辺国は集め始めると『アレンティス=アインベルク』という名前が知られるようになった。
やがて『アレンティス=アインベルク』の情報が集まるとその周辺の人間関係に皆が絶句する。
ローエンシア王国の王太子アルフィスの親友、ローエンシア王国アディラの婚約者、エジンベート王国1の名家ジャスベイン家の令嬢フィアーネの婚約者、ローエンシア王国国王ジュラス、宰相エルマイン公、軍務卿レオルディア侯の信任厚い…ほとんど、反則ではないかと思われるような人間関係を構築していた。
実際の所、ローエンシア王国の王女アディラが国内の男爵家に嫁ぐという事は周辺国を驚かせたのだが、娘を大事に思うジュラスの心遣いだろうと思っており、「私情に走り愚かなことだ」と思われていたのだが、この時になってジュラス王は単に娘の幸せを考えて男爵家に嫁がせるわけではないことを察したのだ。
ゴルヴェラを討ち取るような男を他国にとられるわけにはいかないと先手を打ったのではという思いに至ったのだ。
そうなると、アレンティス=アインベルクという人間がどのような人物なのかを調べることは周辺国にとって非常に大切な事になったのだ。
「おい、リューク知ってるか。ローエンシアの墓守の話」
ランゴルギア王国の王都『グルモスティア』の小さな酒場に一人の少年が腰掛けている所に20代前半の男が話しかける。リュークと呼ばれた少年は年齢17~8ぐらいでまだまだ少年と呼んで差し支えないだろう。
金色の髪に蒼い瞳、秀麗の整った容姿をしており美男子と称される事はあっても醜男と呼ばれることは決して無い。
「ああ、確かゴルヴェラを11体討ち取ったって話だろ?ジュストの情報はいつも遅いんだよな。そんなんで情報屋としてやっていけるのか?」
リュークの声には呆れたような響きがある。ところがジュストはニヤリと嗤う。
その様子を見てリュークは内心首を傾げる。いつもならここで憎まれ口の一つでも叩く男がリュークの言葉に言い返さないのだ。
「なんだよ?その笑いは不気味だな」
リュークの言葉にジュストはニヤニヤしながら言い返す。
「甘いな~リューク君、いまさら俺がそんな話を振るとでも思うか?」
ジュストの言葉にリュークが訝しがる。ギリギリまで「思う」と言いかけたがそれをぐっと我慢する。ここでその発言をしても話が一向に進まないのだから口をつぐんだのだ。
「ほ~、新しい話か? でもなローエンシアのその墓守の話って正直、眉唾のものばかりだぞ」
「まぁ、確かにゴルヴェラ11体を討ち取ったとか、デスナイト、リッチを毎晩斃しているとか、魔族の一群を斃したとか、話を盛ってるとしか思えないよな」
「ああ、いくらなんでもそんな奴がいるのかと思うぞ。まぁいいや、その墓守のどんな盛られた話を仕入れたんだ? 情報料として一杯ぐらい傲ってやる」
リュークの言葉にジュストは顔を綻ばせる。さっそく店員に『麦酒』を注文する。店員は快く答えるとしばらくして、並々と注がれた麦酒をテーブルに置いた。ジュストはその麦酒に手を伸ばそうとしたところでリュークに手を捕まれる。
「おいおい、まずは話が先だろ?」
リュークの言葉にジュストは不満そうだ。すぐにでも呑みたいのだろう。
「相変わらず殺生な奴だな。まぁいいや、墓守が斃したアンデッドの中に禁忌の騎士がいた」
「は?」
「だから禁忌の騎士だ」
「おいおい、ローエンシア王国はその墓守をとことん売りに出すつもりらしいな」
「ああ、いくらなんでも話を盛りすぎると信憑性が薄れるんだがな。ローエンシアの連中はアホと言われても仕方ないよな」
ジュストはそう言うと並々と注がれた麦酒をグビグビとあおった。その様子を見てリュークは「美味そうに呑むな」と思っていた。リュークは実は下戸であり酒は苦手なのだ。下戸なのに酒場に来るのは噂話を仕入れるため、いわば情報収集のためなのだ。
「禁忌の騎士か…」
リュークはその名を呟く。
禁忌の騎士は、アンデッドの中でも最高位に位置する強大すぎるアンデッドだ。そのアンデッドをローエンシアの墓守は斃したという。あまりにも現実味の無い話だった。
となると王女の婚約者である、その墓守の箔付けのためにローエンシアが話を盛ったと考えるのが普通だが、その箔付けには限度というものがある。
(そんなにローエンシアは愚かなのか? それとも…)
リュークは自分の考えを否定する。そんな事があるわけないではないか…ローエンシアの墓守がゴルヴェラを斃し、魔族の一群を壊滅させ、毎晩デスナイト、リッチを葬り、禁忌の騎士すら斃す。いくらなんでもあり得ない。
「なぁ、リューク」
ジュストがリュークに尋ねる。リュークが墓守の事を考えている間に何度か問いかけていたようだ。
「あ、ああ、すまん。なんだ?」
リュークの言葉にジュストは聞く。
「お前ならローエンシアの墓守に勝てるか?」
ジュストの問いかけにリュークはニヤリと笑うと席を立ち「さぁな」と答える。
店員に料金を手渡すとジュストに片手をあげて挨拶し、店を出た。
店を出て歩くリュークの頭の中に、先程のジュストの問いかけが何度もこだましていた。聞こえてくる噂が真実であればその墓守には万に一つも勝ち目はないだろう。だがそれをジュストに言うのは憚れた。
リュークに敗北は許されない…その事はリューク自身が知っていた。自分の敗北はランゴルギアの絶望なのだ。
それが『勇者』の称号を得てからのリュークの矜持であった。




