採集㉒
『イベルの依代』を作るというオゴーズの言葉を聞き、ジュスティスは嗤う。
その嗤顔を見たオゴーズは腰が砕けそうになる。見目麗しいジュスティスの笑顔は老若男女問わずに見たもの魅了する。だがその笑顔を目にしたオゴーズは震えが止まらない。
その雰囲気を感じたのだろうか他の信者達も震えが止まらなかった。自分達はひょっとしてとんでもない人物に目を付けられたのではないだろうか? とそんな思いが今更ながら信者達の震えを増していたのだ。
「その依代はどこにある?」
ジュスティスの言葉にオゴーズは淀みなく答える。術の強制力によりオゴーズはジュスティスに敵対行為をとれないのだ。その敵対行為には当然、ジュスティスに対してウソをつくというものが含まれていた
「はっ、教団本部にございます」
オゴーズの言葉に他の神官達は慌てる。なぜオゴーズがここまで躊躇いなくジュスティスの質問に答える理由を先程の術の結果である事は十分に理解していた。もし、ここでオゴーズを殺したところでジュスティスは他の者に尋問をすれば良いだけだ。先程の術に抗う術は神官達にないことは明白だ。
「そうか、それで教団本部はどこにある?」
ジュスティスの言葉に神官達は顔を青くする。ローエンシア王国において『イベルの使徒』の位置づけは宗教組織ではなく犯罪組織だ。イベルの使徒という理由だけで処罰の対象だ。その本部は徹底的に秘匿されている。
実際にジュスティスは今まで捕まえた『イベルの使徒』の何人かに術をかけて教団本部の場所を聞き出そうとしたのだが、下っ端だったために知らなかったのだ。このオゴーズは教団上層部の命令でこのエルゲナー森林地帯に来た以上、知らないはずはないと思っての質問だったのだ。
「エ、エルザーム…に……ございます」
オゴーズは教団本部に関する事だけは言いたくなかったのだろう。ジュスティスの術に僅かながら抵抗したのだ。
「ほう…エルザーム…か」
ジュスティスの言葉に険がこもる。エルザームはエジンベート王国にある地名だった。イベルの使徒のような穢らわしい犯罪者の本拠地がエジンベートにある事に嫌悪感を持ったのだ。
「ふん…それじゃあ、俺自ら行って完膚なきまでに潰しておくか…」
ジュスティスの言葉に礼拝堂にいる者は身の震えをさらに強くしていく。今この時に、イベルの使徒は壊滅することが決定したのだ。いや、ジャスベイン家の怒りに触れた段階で壊滅は決まっていたのだろうが、ジュスティスに知られてしまった事でその壊滅の時期は年内である事が決定されたのだ。
「さて…最後の質問だ。その『依代』の資料はここにもあるのか?」
ジュスティスの言葉にオゴーズはもはや小さく頷くだけだった。教団壊滅の引き金を引いた事を認識し、彼の心には絶望視か無かったのだろう。この僅かな時間でオゴーズは20年は老いたようであった。
「そうか…それじゃあ、その資料はどこだ?」
「私の執務室です…」
ジュスティスの言葉にオゴーズは小さく呟く。
「執務室のどこにある?」
ジュスティスはさらにオゴーズに聞く。一切の容赦なく情報を仕入れるつもりなのだ。ジュスティスの聞くことすべてが教団への不利益なものだ。その質問に答える度にオゴーズはイベルを裏切っている事になるのだ。
「2段目の机は二重底になっております。そこに資料を入れております」
そこまで聞いた時にジュスティスは背後の神官の一人に魔力で形成した棒手裏剣を投擲する。凄まじい速度で放たれた棒手裏剣に神官はまったく反応できずに両足首を貫く。
「ぎゃああああああ!!!!」
足首を貫かれた神官は叫び声を上げて地面に蹲る。
「誰が動いて良いと言った?」
ジュスティスの言葉はどこまでも冷たい。別にジュスティスは神官を無作為に攻撃したのではない。足首を貫かれた神官はオゴーズの話を聞いた時、資料を処分しようと動き出そうとしたのだ。
ジュスティスはその気配を察し、容赦なく攻撃したのだ。
資料を処分に行くことも、逃げることも、いや、そもそも動くことすら出来ない。この礼拝堂は完全にジュスティスの空間であった。
「御方!!」
その時、礼拝堂に蜘蛛人のアムリがやって来た。
「ひぃぃぃぃぃぃ!!!」
「そ、そんな…」
「誰か!!誰もいないのか!!!!」
神官達がアムリの登場に大いに狼狽える。
「御方…。この者達はいかように?」
アムリの言葉にジュスティスは冷たく嗤う。
「他の連中と同じ扱いにしてやれ」
ジュスティスの言葉は降伏した場合は受け入れろという意味だが、当然ながら神官達はそう捉えない。先程の信者達の絶叫の中に「助けて」とあり、命乞いをしていたが蜘蛛人達は容赦なく殺したと思っていたのだ。
命乞いは降伏ではない。そのために蜘蛛人達は容赦なくイベルの使徒達を殺したのである。それはジュスティスの命令でもある。イベルの使徒は蜘蛛人を知性の無い化け物としてしか認識していなかったので、降伏という選択肢をそもそも持っていなかったのだ。
もし、イベルの使徒に蜘蛛人を対等の相手として捉えていれば降参という選択肢が生まれ結果は変わったのかも知れない。だが他者を見下す気持ちがその未来をもたらなさかったのだ。
ジュスティスはそう言うと礼拝堂を出るために歩き出す。見るとアムリの後ろに数体の蜘蛛人達が集まりつつあった。
「ああ、そうそう。お前の執務室はどこだ?」
ジュスティスの言葉にオゴーズは律儀に答える。顔は苦渋に満ちていたが。
「この礼拝堂のとなりの建物の2階の一番奥の部屋にございます」
オゴーズの言葉を聞いてジュスティスは振り返りもせずそのまま3~4歩歩くと立ち止まる。
そしてそのまま、礼拝堂にいる者達に声を投げ掛ける。
「そうそう…労いの言葉を忘れてたな」
ジュスティスの言葉に全員が息を呑む。神官達はこの期に及んで生存の可能性を見いだしたのだろう。蜘蛛人達は御方と呼ぶ方の言葉を聞き逃すまいとして。
「お前達はここで死ぬから、もう会うことはない。『ご苦労』という言葉を贈るから、イベルとやらにジュスティスという御方に褒められましたと自慢げに話すんだな」
ジュスティスは言い終わると歩を進め礼拝堂を出て行く。
蜘蛛人達はジュスティスにアタマを下げて見送った。ジュスティスが出て行くと蜘蛛人達は礼拝堂にいる神官達に嘲りの表情を浮かべる。
その表情を見て神官達は自分達がここで殺される事を確信し、絶望の表情を浮かべた。




