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採集⑱

 アムリを伴い砦へ向かっていくジュスティスは当然の事ながら他の蜘蛛人アラクネの注目を集める。


 蜘蛛人アラクネが襲いかかろうとする度に、アムリはジュスティスとの間に割って入り蜘蛛人アラクネを止める。その労力はかなりのものであった。


「アムリ!!何の真似だ!!そこをどけ」

「カムド、落ち着け。この方は我らの敵ではない」

「何を言っているのだ!? そいつは人間ではないか!!」

「確かにそうだが、この方を敵に回せば我ら蜘蛛人アラクネは間違いなく皆殺しとなるぞ!!」


 ジュスティスはこの手の会話を砦に向かって何度も聞いていた。アムリの必死の説得に対して当然、多くの蜘蛛人アラクネは従うような事はしない。そこで結局はジュスティスがアムリの言葉に信憑性を持たせるために蜘蛛人アラクネに対し、殺気を放ち黙らせるのだ。


「ひぃ!!」


 ジュスティスの殺気を受けた蜘蛛人アラクネは例外なく心が折られ、ジュスティスに膝を屈した。


 この作業を何回もやる羽目になったのは、蜘蛛人アラクネ達に指揮官がいない事があげられる。普段、蜘蛛人アラクネは個別に生活し群れることはない。今回も自発的に生じた集まりのために個々で砦を襲っているという感じなのだ。


 もし、指揮官がいれば指揮官に話を通してジュスティスに敵対しないことを告げればそれで済むのだが、それも出来なかったため、面倒でもくり返していくしかなかったのだ。


 


 明らかに他の蜘蛛人アラクネとは違う雰囲気の蜘蛛人アラクネがジュスティスとアムリ、そして膝を屈した蜘蛛人アラクネ達数体の元に向かってきている事にジュスティスは気付く。


 その蜘蛛人アラクネは、黒絹のような髪を後ろに流した美しい容貌の蜘蛛人アラクネだ。手には魔術師がもつような杖を手にしており、上半身の人間の腕には美しい装飾の入ったブレスレットを身につけている。


「オルメア…」


 アムリの言葉にジュスティスは反応する。


「オルメア? アムリ、彼女はなんだい?」

「はっ、彼女はオルメア、私の知る限り蜘蛛人アラクネの中で最強の者でございます!!」

「…最強の蜘蛛人アラクネか…」


 ジュスティスの言葉にアムリが顔を青くする。確かにオルメアは蜘蛛人アラクネの中でも最強であろうが、ジュスティスに勝てないのは明らかだ。もし、オルメアが身の程を弁えずジュスティスに襲いかかれば間違いなく殺されてしまう。


「「「「「「御方、何とぞ。お慈悲を!!」」」」」」


 アムリや他の蜘蛛人アラクネ達はジュスティスに頼み込む。その顔には恐怖がありありと浮かんでいた。


(もう心配しなくても蜘蛛人アラクネを殺すような事はしないんだけどな。もし戦闘になっても手加減はきちんとするし…俺はフィアーネと違って手加減を誤る事はしないんだがな)


 ジュスティスの心に少しだけすきま風が吹いている。しかし、アムリ達に凄まじい殺気を放って心を折ったのはジュスティスだ。そのためにアムリが過剰に恐れるというのも当然であり、自分がまいた種と言える。


「大丈夫だよ。余程の事が無い限りはあのオルメアを殺したりしないから」


 ジュスティスの言葉の余程の事とはジュスティスの命を脅かすような場合を意味していた。ここで言う『命を脅かす』というのはオルメアが殺す気で向かってくることではなく文字通りジュスティスの命を脅かすレベルの攻撃を仕掛けることだ。


 3歳児が大人に殴りかかってても命の危険を感じる事はない。これを3歳児をオルメアに、大人をジュスティスとすればジュスティスの命を脅かすという事がどれほどの偉業かということがわかるというものだ。


 だが、アムリ達の考える『余程の事』はジュスティスの言う『余程の事』とかなり程度が異なっていた。そのためオルメアの行動いかんによっては蜘蛛人アラクネが皆殺しになると怯えていたのである。


 よってジュスティスの言葉に蜘蛛人アラクネ達は少しも慰められることはなかったのである。


 そのため…


「オルメア!!やめて!!」


 アムリがオルメアに対して先制して止めたのは仕方の無いことだっただろう。アムリの言葉にオルメアは目を丸くする。


「え?」


 ジュスティスに声をかけようとした矢先にアムリの制止が入った事に意表を突かれたのだ。呆けた声はオルメアの動揺を示していると言って良いだろう。


「この御方に襲いかかれば蜘蛛人アラクネは皆殺しとなる!! 確かに我らよりもお前の方が強いのは分かっているが、そんなものはこの御方の前では何の意味も無い。私はお前を止めねばなら「ちょっと待って!!」」


 アムリの言葉にオルメアが言葉を被せる。


「勘違いしないで、私はその方に襲いかかるような事はしないわ」

「え?」


 オルメアの言葉にアムリは意外という表情を浮かべる。アムリの知るオルメアは見た目の美しさに反してかなり血の気の多い性格なのだ。


「先程から他の蜘蛛人アラクネ達に凄まじい殺気をぶつけて心を折っているじゃないの。それにその方の放つ気配はただ者で無い事ぐらいは分かるわ」


 オルメアは言葉を続ける。


「私がここに来たのはその御方の目的を伺うためよ」


 オルメアの言葉にはジュスティスへの恐怖よりもそれを上回る興味が感じられた。


「いや…何かしら遠大な計画みたいなものを期待されているのかも知れないが、実はそんなものじゃなくてね…」


 ジュスティスはオルメアの声に期待されている事を感じて申し訳ない気持ちで一杯になる。


「ただ単にあの砦にいる連中が気にくわないから潰しておこうと思っているだけなんだ。ついでにあいつらがこのエルゲナー森林地帯にあんな砦を築いた目的と手段が知りたい」

「それでは、こちらに御助勢いただけるのですか?」

「御助勢と言うよりも俺はあなた達の不利益にはならないように振る舞うだけだよ。あなた達があいつらを皆殺しにしたいというのもアムリから聞いているからね」

「人間を殺す我らの味方をすると?」

「さすがにあなた達がこの住処を出て、近隣の村々を襲ったりすればともかく、勝手にあなた達の領域に侵入したあいつらを排除するのを止めるつもりは一切無いよ」


 ジュスティスの言葉にオルメアは安心したようだった。


 実際にジュスティスは他人の領域にずけずけと入り込んでおきながら侵入された方が黙って耐えねばならないという考え方は嫌いだったのだ。領域を侵されたものが反抗するのは至極当然の事であり、それを責める事はしたくなかった。


 人には人の領分、魔物には魔物の領分があるのだ。


「その言葉を頂き安心しました」


 オルメアはジュスティスに頭を下げる。アムリもそれを見てほっと胸をなで下ろした。


「つきましては御方の覇道に私も同行を許していただきたいのですが…」


 オルメアの言葉の覇道という言葉にジュスティスは首を傾げる。別にジュスティスは覇道を求めてこのエルゲナー森林地帯に来たわけではないのだ。


「あのさ、オルメアさんと言ったけ? 誤解しないでくれ。俺は別に覇道とかそういうの求めてないから」


 ジュスティスの言葉は当然の本心からのものであったが、オルメアにはどうやら伝わらなかったらしい。


「分かっております!! 御方の他者を巻き込まんとするその優しきお心遣い…。ですが、このオルメアも蜘蛛人アラクネの中でも剛の者として知られておりますれば…」


 オルメアの言葉からまったくジュスティスの言葉が伝わっていない事をジュスティスは気付く。


(このまったく話を聞かない感じ…フィアーネと似てるな…)


 話を全く聞かない自分の妹と似た臭いを感じたジュスティスは心の中でため息をつく。経験上、誤解を解く労力を考えると誤解を解くよりもこのまま行った方が遥かに楽だと思い至った。


「そ、そうか、オルメアの申出は本当に有り難い。よろしく頼む」


 ジュスティスは心の中でため息をつきながら流れに乗ることにした。この流れに乗ることが後により面倒な事になるのだがジュスティスはこの段階ではまだその事に気付いていなかった。


「ははぁ!! このオルメア、これより御方に仕えさせていただきたいと思います」


 オルメアはなし崩し的にジュスティスに仕えることになり、ジュスティスは「え?」という表情を浮かべた。


「つきましては御方のご尊名を伺いたく」

「あ、俺はジュスティス=ルアフ=ジャスベインだ」

「ご尊名承りました。これよりオルメア忠義を尽くさせていただきます!!」

「お、おう」


 オルメアの言葉にジュスティスはようやく言葉を絞り出した。


 オルメアはジュスティスの性格に惚れ込んで臣下の礼をとったわけではない。惚れ込んだのはジュスティスから感じる底知れぬ力だ。その力を持ってすれば蜘蛛人アラクネを殲滅することはたやすい。オルメアはジュスティスに忠義を尽くすことで蜘蛛人アラクネという種族を守り切るつもりだったのだ。


 普段は個別に生活する蜘蛛人アラクネといっても種族全体に対する愛がないわけではないのだ。


「そ、それではこのアムリも御方に忠義を尽くさせていただきます」


 オルメアに続きアムリも部下に名乗りをあげた。それを皮切りに他の蜘蛛人アラクネ達も部下に名乗りを上げる。


 こうして、ジュスティスの配下に蜘蛛人アラクネ達が加わることになったのであった。


 ただ一人、この場でジュスティスだけが「どうしてこうなった?」と頭を抱えていた。

本当に「どうしてこうなった?」と頭を抱えているのは作者も同じです。

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