採集⑯
「ふむ…まぁ良いだろう。ではいくつか質問するから正直に答えろ」
ジュスティスの言葉に命を救うことを認める内容があった事からアムリは安堵したのだろう。見る見る生色が蘇ってくる。
「ははぁ!!何なりとお申し付けください!!」
アムリは卑屈と称して良いほどジュスティスに接している。その姿を見て冒険者達は驚いている。蜘蛛人は戦闘力、魔力、知性が非常に高いのに加え、気位も高いというのが冒険者達にとって常識だったのだ。
「そうだな…まずはお前の名前はアムリで良いのだな?」
「ははぁ!!自分如きの名を覚えていただき、光栄にございます!!」
ジュスティスが名前を覚えていることにアムリは喜びの声を上げたが、これはすべてが演技とは思えない。アムリにしてみればジュスティスの心一つで命を散らすことになる以上、正直薄氷を踏む思いだろう。
「そうか、アムリお前の姓はなんだ?」
ジュスティスは質問を続ける。
「ございません。我々、蜘蛛人は基本、個体で行動しますので、人間のような家族という概念はございませんので、姓というものは存在しません」
「そうか、それではお前達が群れるような状況はどのような場合だ?」
ジュスティスはアムリの『基本』という言葉から、蜘蛛人は場合によっては群れる事もあると考えたのだ。
「はっ!!一つは脅威に対して、もう一つは…狩りの対象の数が多い場合にございます」
アムリの言葉にジュスティスだけでなくカタリナ、冒険者達も警戒を強める。
「そうか…なら、お前も仲間を呼びここで俺達と一戦交えるつもりか?」
ジュスティスの言葉にアムリは戻りかけた顔色が再び青くなる。
「そ、そのような事は決して!!あなた様方に危害を加えるつもりなど毛頭ございません!!」
アムリの言葉にジュスティスは警戒を解く。その気配を察したのだろうアムリは再び胸をなで下ろしたようだった。
「私がこの男を追っていたのは、この人間達を皆殺しにするためでございます!!」
「ん?確かにこの男達は救いようのないクズだが、どうして蜘蛛人がこいつらを襲う?」
ジュスティスの疑問は残りのメンバー達も同様に思ったらしい。
「実は、この人間達は何かしら目的があってこの森に入ってきたようなのです。そして我々の生息地域にその目的があるらしく。蜘蛛人を襲うようになりました。この人間達はかなりの数がおりますので、我々は群れを作りこの人間達の住処に攻め込んだというわけでございます」
アムリの言葉に全員が黙る。イベルの使徒は調子に乗って蜘蛛人に喧嘩を売ったというわけだ。蜘蛛人は基本、個別に行動するために数で押しつぶそうとでも思ったのだろう。
そして、それがかなり上手くいき、蜘蛛人を見下すようになりさらに攻撃を強めたのだろう。ところが蜘蛛人達は団結し、迷惑なイベルの使徒達を殲滅することにしたのだろう。
「どこまでも…間抜けな奴等だな」
アルガントの呟きは当然、イベルの使徒へ向けては吐かれたものだ。アルガントの言葉を聞いて全員が頷く。
調子に乗って蜘蛛人の逆鱗に触れ、その復讐をされているというわけだ。どこまでも同情心を持てないような事をイベルの使徒はやっているのだ。
「アムリ、俺達は別に蜘蛛人と戦うつもりはない。増してやイベルの使徒なんぞ助けるつもりはさらさらないから好きにすれば良い」
ジュスティスの言葉にアムリは頭を下げる。どうやら完全に命が助かった事を察したようだった。
「さて、アムリ…すまないけどそのクズと話をさせてもらって良いかしら?」
カタリナが進み出てアムリの足下に転がっている男を指差す。
「ど、どうぞ…」
アムリはそう答えると、数歩後ろに下がる。カタリナの雰囲気から逆らう事の危険性を本能で察したのだろう。
「ジュスティスさん、申し訳ないんだけど、この男の口の部分の糸を何とかしてくれませんか。この男と話がしたいんです」
「わかったよ」
カタリナの言葉を受けてジュスティスは懐からナイフを取り出すとナイフを振るって男の口の糸を断ち切る。ジュスティスは簡単にやったが、蜘蛛人の糸は強靱であり、それを断ち切るのは容易な事ではない。それをジュスティスは雑作もなくやってのけたのだ。
「さて、これで喋れるようになったでしょう。質問よ正直に答えなさい。嘘をついたり、黙秘すれば話はそこで終わりよ。このままアムリの餌となって一生を終えなさい」
カタリナの言葉に男はぶんぶんと首を縦に振る。カタリナの言葉が脅しでないことは明らかである事を男は察していた。
「あなた達イベルの使徒は何のためにエルゲナー森林地帯にいるの?」
カタリナの言葉に男はびくりと身を震わせる。
「……」
男は答えない。するとカタリナはあっさりと話を打ち切った。
「もういいわ」
「え?」
カタリナの言葉に男は目を丸くする。いや、メンバー達も同様だ。
「あなたは餌となって一生を終えることを選択したんでしょうから、その意見を尊重してあげる」
カタリナはそう言うとアムリに声をかける。
「ごめんなさいね。こいつからもう話を聞くつもりはないから、アムリの好きにして良いわよ」
「な!!待ってくれ!!」
カタリナの言葉に男は即座に反応し命乞いを始める。
「命乞いは私じゃなく、アムリに言うべきよ。お前が喋らなくてもお前のクズ仲間から聞くから大丈夫よ。この状況で取引を持ちかけるなんて良い度胸ね。でも状況認識が甘すぎるわ」
カタリナは冷たく吐き捨てるとくるりと踵を返す。
「待って!!!待ってくれ!!言う!!言うから!!」
男は半狂乱になって叫ぶがカタリナは男に一瞥もくれない。カタリナにしてみればすでに生き残るためのチャンスをあげたのにそれを無にしたのは自分なのだから、まったく同情する気が起きない。
「アムリ、遠慮することはないわよ」
「は、はい」
「ひぃ!!!助けてくれ!!何でもします!!お願いです!!食われて死ぬのは嫌だぁぁぁぁぁぁ!!」
アムリは再び糸で男を巻き始める。すぐに口がふさがれ男の声が聞こえなくなる。
アムリは男を糸で拘束すると蜘蛛の足で器用に男を持ち上げると蜘蛛の部分に乗せる。どうやらここで食べるつもりはないようだ。さすがにこの場で男がアムリに捕食されるのは冒険者達にとっても見過ごすことは出来ないだろう。
実際に『紅い風』も『黒剣』もカタリナをチラチラ見ていたのだから抵抗はあったのだろう。
「アムリ」
カタリナがアムリに声をかけるとアムリはびくりと体を震わせ、恐る恐るカタリナへ視線を移した。
「な、なんでございましょう?」
アムリはびくびくとカタリナに返答する。
「このクズ共の住処に悪いけど案内してもらっていいかしら? 心配しなくてもあなた達蜘蛛人の邪魔はしないわ」
「ははぁ!!」
「でも、蜘蛛人が襲ってくれば当然、こちらも本気を出して蜘蛛人と戦わざるを得ないわ。この意味が分かるわね?」
カタリナの言葉の真意が分からないほどアムリは理解力がないわけではない。カタリナは蜘蛛人を皆殺しにしないで良いようにアムリに働けと言っているのだ。
「もちろんでございます!! 御方達に蜘蛛人が逆らう事など未来永劫ございません!!」
アムリはガタガタ震えながらカタリナにはっきりと伝える。
「それじゃあ、行きましょうか」
カタリナの言葉に従いアムリが先導し、カタリナ一行はイベルの使徒の住処に向かうことになったのだった。
カタリナはさすがにアレンの仲間だけありますね。アレン達はカタリナに同類のにおいを感じたのかも知れませんね。




