採集⑬
かなりグロテスクな描写がありますのでご注意ください
昨夜の魔物達の襲撃から一夜が明けた。カタリナ一行は避難した先で朝が来るまで仮眠をとり、朝が来ると同時に起き出した。野宿は体の疲れは完全にはとれないが、それでもとらないよりはマシだった。
「さて朝食を摂ったら、早速出発するわよ」
カタリナがそう言うと全員が立ち上がり朝食を摂ることにする。もちろん、簡易的な食事であり、干し肉にチーズ、ライ麦で作ったパンという歩きながら食べるようなものだ。もちろん本心を言えば、昨夜のようなスープのようなものが食べたいのだが、それはもう少し安全が確保された場所で求める事にしたのだ。
ライ麦で作ったパンは正直、固くおいしくないのだが、全員が文句も言わずに食べる。
「え?」
フィグルが突然動揺した声を出す。その声に全員が反応する。フィグルの視線の先には『デスナイト』4体と『リッチ』が2体いた。昨夜ジュスティスが警戒のために召喚したのはスケルトンだったのだ。
「ああ、俺が召喚した『デスナイト』と『リッチ』だから安心してくれ」
ジュスティスがそう言うと全員がカタリナ、ジェド、シア以外の者達は胸をなで下ろした。
「ちょっと待ってくれ。ここにあいつらがいると言う事は深紅の蟻と暴食の蜘蛛は…?」
マルトが心配気に言う。ここに『リッチ』と『デスナイト』がいると言う事は考えられる可能性は二つだった。一つは敵を全滅させたということ。もう一つはジュスティスが新たな『リッチ』と『デスナイト』を再召喚したということだった。
「ああ、とりあえず敵がいなくなったら戻ってくるように思念を送っていたんだ。その結果、明け方に戻ってきたというわけさ」
ジュスティスの言葉に全員が沈黙する。昨夜自分達を襲ってきた魔物達は相当な数がいたのは間違いない。軽く見積もって合計200はいたのではないだろうか? まさかすべての魔物達を斃したというのだろうか。
「まぁここにいると言う事は、少なくとも蟻と蜘蛛はこの辺にはいないということになるよ」
冒険者達の心配そうな声にジュスティスが答え、全員が胸をなで下ろした。
「よし、エキュ、道案内を頼むわ。みんなも出発するわよ。各チームのリーダー達はメンバーを指揮してね」
『ハッ!!』
「了解した」
「了解!!」
カタリナの指示に従い一行は出発する。ジュスティスは召喚したアンデッド達を帰還させることはせずにそのままにする事にしたらしい。
一行はエキュ達、ジュスティス、カタリナ、『黒剣』、駒、『紅い風』、シア、ジェドの順番だった。ただ、エキュ達の周囲にはデスナイト2体、リッチ1体が護衛としてついているし、ジェドの後ろにはこれまたデスナイト2体、リッチ1体がついていた。
一行の周囲にデスナイト、リッチ、スケルトンソードマン、ウォリアーなどが配置され一行の安全は格段に上がったのだった。
「ジュスティスさん」
カタリナが最前列のエキュ達の後ろを行くジュスティスに話しかける。
「何だい?」
「えっと、このアンデッド達を召喚してくれているのは助かるのですが…その、大丈夫なのですか?」
「ん?」
カタリナの言葉の意図が今一わからなかったジュスティスはそう返した。
「え~とですね。召喚を行って、ずっと続けていると疲れるのではないのですか?」
「ああ、そういうことか」
ジュスティスはカタリナの心配に合点がいったとばかりにニコリと笑う。
「それは大丈夫だよ。このアンデッド達はジャスベイン家が所有するアンデッドの牧場から引っ張ってきたものだからね。召喚と言うよりも転移させたという方がより正しいといえるね」
「牧場?」
「ああ、便宜的にそう呼んでいるだけで別に出荷しているわけじゃないよ」
ジュスティスは苦笑しながら言う。カタリナの表情に『こいつ、何考えてんだ?』というものを感じたからだ。
「ジャスベイン家の敷地にね。呪術師が勝手に住み着いてあろうことか瘴気をばらまいて土地を穢したんだ。まぁアレン君にも手伝ってもらってその呪術師は懲らしめたんだけど浄化にはかなりの時間がかかるということになってね」
「…そうですか」
「まぁ、ローエンシアの国営墓地みたいになっちゃってね。アンデッドが日常的に発生することになっちゃったから、ぐるりと壁で囲んでるってわけ」
「国営墓地なみにまずい場所がエジンベートにも…」
「まぁ、ローエンシアほど深刻じゃないけどね。うちの牧場のアンデッドはローエンシアよりも戦闘力がかなり劣るんだ。アレン君達は毎晩見回ってるらしいけど、こっちは俺が1週間に1回見回れば十分なんだよ」
「ひょっとしてジュスティスさんが見回ってるんですか?」
「うん、父や母には俺が見回るから発生したアンデッドは自由にしていいと約束してるんだ」
「それで牧場というわけですか?」
「まぁね、フィアーネに聞いたと思うけど俺の趣味はダンジョン作りだ。そこに配置する魔物の代わりとしてアンデッドを使ってるんだ」
「でもそれじゃあ、ダンジョンに入った者の命が危ないのじゃないですか?」
カタリナの言葉にジュスティスは苦笑する。
「それは確かにそうだけど、俺は無理矢理に他者をさらってダンジョンに放り込むような事はしないよ。あくまでダンジョンには自分の意思で入ってもらう。自分の意思で入る以上はそれなりの覚悟が必要さ」
「それはそうですね」
ジュスティスの言葉にカタリナは同意する。カタリナは研究が大好きだが、あくまで自分の責任の範囲内でしか行わない。ホムンクルスの研究もカタリナの責任の範囲内の事なのだ。
自分でやったことの責任もとれないくせにやってみるというのは、カタリナの美意識にとって許せないことである。その点アレン達も同様なので、そう言った意味ではカタリナは国営墓地相応しい人材と言えるのだ。
「それなら、どうして昨晩のうちにアンデッドを召喚していなかったんですか?」
カタリナはもう一つの疑問に触れることにする。ジュスティスが消耗しないというのならアンデッドを最初から出していてくれればかなり楽になったのだ。もちろんカタリナにはジュスティスを責めるつもりはまったくない。それはこの一行のリーダーである自分の責任において依頼すべきだったからだ。
「まぁ、言い辛いのだけど、一つは…」
ジュスティスは声を潜める。
「連れてきている『ゴールド』『プラチナ』の冒険者グループを過大評価していた」
ジュスティスの言葉には申し訳ないという気持ちが溢れている。
「カタリナちゃんやジェド君、シアさんの事はアレン君やフィアーネに聞いていたから、ある程度の実力は予測していたんだが、二つの冒険者チームは君達を基準に想定していたんだ」
「なるほど…」
ジュスティスの言葉にカタリナは一理あると思う。ジェドとシアは現在『ミスリル』クラスであるが、カタリナの見たところ並の『ミスリル』以上の実力を有しているのは間違いなかった。
そのためジュスティスは『プラチナ→ミスリル』『ゴールド→プラチナ』と実際の実力よりも高く見積もってしまっていた。そのためにアンデッドを召喚する意味はないと思っていたのだ。
実際は逆だったわけだが…。
その事は仕方ないと言える。カタリナもジェドとシアの実力の大まかな基準を聞いていたために『ミスリル』の基準が大分上積みされていたのだ。アレン達の話では2人で協力すれば死の聖騎士を斃せると聞いていたのだ。実際に国営墓地でジェドとシアは死の聖騎士を斃した事もあるらしい。
「もう一つはアンデッドを使役するというのはあんまり喜ばれない可能性があったんだ。初めて会った人達だからさ、どんな宗教観、死生観をもっているかわからないからね」
ジュスティスの言葉にカタリナは頷く。
確かにアンデッドという存在に対し忌避する考えが根強いもの事実なのだ。そのアンデッドを使役するような事になってしまえば余計な摩擦を引き起こす可能性もあったのだ。
「なるほど、わかりました。ジュスティスさんの配慮を感謝します」
カタリナはにっこりと微笑みジュスティスに告げる。
「いやいや、その配慮が間違っていたのだから、これからはカタリナちゃんに思いついたことは聞いてみることにするよ」
「助かります」
ジュスティスの言葉にカタリナは礼を言う。
「まって…」
『黒剣』のレンジャーであるベシーが緊張を含んだ声をかける。その声を受けてカタリナはエキュ達に声をかける。
「エキュ!!止まって、ベシーさんが何か気付いたみたい」
カタリナの言葉にエキュ達は立ち止まる。後ろに続く者達もベシーに注目する。
「どうした?」
『黒剣』のリーダーであるアルガントがベシーに聞く。
「あそこ…何かおかしい」
ベシーの指差した先の茂みに全員の目が注目する。見た感じ、それほどおかしい感じはしない。
「何がおかしいの?」
カタリナはベシーに尋ねる。
「そこの茂みに荒らされた跡があるの。それも魔物じゃない。人間の手で荒らされた感じね」
ベシーの言葉に全員が注視する。だがカタリナには別段、不自然な感じはしない。そこに『紅い風』のレンジャーであるリックも同意する。
「確かに…不自然だな。一度荒らしたのを隠すために繕った感じだ」
リックの言葉に全員が警戒の色を浮かべる。
「俺達が調べよう。みんなはここで待っててくれ」
『黒剣』のリーダーであるアルガントが言うと、イライザ、ベシー、リベカが頷くと茂みに向かって歩き出す。
『黒剣』は注意深く茂みに向かって進むと茂みを開く。その顔は何か不快なものを見たかのように歪んでいる。いや、実際に不快な何かがそこにあるのだろう。
「こっちに来てくれ…」
アルガントの言葉に全員が『黒剣』の方に歩き出す。アルガントの声は不快さを我慢しているのが明らかであった。
そして『黒剣』のメンバーの視線の先には木々に吊された死体があった。それが普通の死体であればここまで『黒剣』のメンバーが不快さを表すことはないだろう。そして、全員がなぜここまで『黒剣』のメンバーが不快さを表したのかを悟る。吊された死体はすべて皮を剥がされており、両足の所から剥がされた皮が垂れ下がっている。
すでに死体は鳥などが啄まれ所々が見るも無惨な状況となっている。もちろん、この点については魔物や獣、鳥に何の罪も無い。皮を剥ぎここに吊した者の罪は計り知れない。
「うわ…酷い」
「誰が…」
所々から不快さを表した言葉が漏れる。
「『イベルの使徒』は本当にゲス揃いね」
カタリナの言葉に全員がカタリナに視線を送る。
「なんで、これがイベルの使徒の仕業だと?」
『紅い風』のリーダーであるフィグルが疑問を呈する。確かに『イベルの使徒』がこのエルゲナー森林地帯にいる事は聞いたのだが、それだけでこれが『イベルの使徒』であると断定するのは危険だと思ったのだ。亜人種の可能性だってあるからだ。
「うん、この吊された死体は『イベルの使徒』が邪神イベルに捧げる生贄の方式よ」
カタリナの言葉に全員が息を呑む。『イベルの使徒』がありとあらゆるものを誘拐し、生贄に捧げるのは知っていたがここまで凄惨なものとまで思っていなかったのだ。
「『イベルの使徒』はこの世で最も穢れた存在なのかもね。邪神を信仰しようがそんなことはどうでも良いけど誘拐して生贄に捧げるなんて救いようのないクズね」
カタリナの言葉にこれ以上ない侮蔑の心情が込められていることを全員が察する。もちろん全員同じ気持ちだ。
「最も…こんなクズ共なんか救う価値も無いから、見つけたら駆除しましょう」
カタリナの声はどこまでも冷ややかであった。




