採集⑪
「来るわよ!!」
カタリナの声に全員が返答する。その返答は口ではなく態度で行われた全員が一斉に戦闘態勢をとったのだ。
闇の向こうから魔物達が姿を現す。
「【深紅の蟻】か…」
『紅い風』のリーダーであるフィグルが憎々しげに声を絞り出す。
【深紅の蟻】は、その名が示すとおり紅い外殻を持つ体長1メートル程度の蟻である。肉食で食欲旺盛、しかも蟻らしく獲物を巣穴に持ち帰り幼虫たちの餌にするという襲われる側にとっては本当に勘弁して欲しい昆虫型の魔物だ。
個体別ではそれほどの強さはない。『シルバー』クラスの冒険者であっても十分対処可能である。あくまで【深紅の蟻】が個体ならだ。【深紅の蟻】は集団で獲物を襲い、しかも恐怖心とは無縁で仲間がいくら殺されようとも構わずに突っ込んでくるのだ。
フィグルが憎々しげな声を出したのは【深紅の蟻】が一体ではなく後から後から闇の中から現れてくるのが見たからだ。
「…マジかよ」
「なんて数だ…」
『紅い風』のメンバー達の口から出る言葉に明るいものは当然ながらない。どれだけの数がいるかわからない以上、気が重くなるのも当然だった。
だが…
「ああ、そうそう、みんな『デスナイト』と『リッチ』がやられたら声をかけてね。まだまだ数はいるから安心して良いよ」
絶望とは無縁のジュスティスの言葉に冒険者達の声が呆ける。
(え?ひょっとして『デスナイト』と『リッチ』ってこれが打ち止めじゃないのか?)
ジュスティスの言葉に希望を持った面々は生存の可能性を見いだし、心が軽くなる。これを現金な奴等だと蔑むのは酷というものだろう。
『リッチ』素早く詠唱を終えると【火球】を放つ。
『リッチ』の掌から火球が放たれ、向かってこようとした【深紅の蟻】の数体をまとめて吹き飛ばした。直撃を受けた【深紅の蟻】は火に包まれあっという間に崩れ落ちる。
『グォォォォォォォォ!!!』
デスナイトが雄叫びを上げ、【深紅の蟻】へ向け突進し、手にした大剣で【深紅の蟻】の体を両断していく。デスナイトが剣をふるうたびに【深紅の蟻】達の破片が周囲に飛び散る。
『紅い風』はその様子を呆然と眺めている。あまりにも現実感のない光景だったのだろう。いや、逆に言えば戦闘中に周囲に気をとられても命を失わないという事はそれだけ『リッチ』と『デスナイト』の力が大きいことを示していると言える。『リッチ』と『デスナイト』によって【深紅の蟻】達は『紅い風』にまで到達できないのだ。
「よし、それじゃあ戦るか」
ジュスティスは一声発するとジュスティス側から襲ってくる【深紅の蟻】に直径1センチほどの鉄球を指で弾いて迎撃する。【指弾】と呼ばれる技法で、達人ならば木の板にめり込むぐらいの威力を見せる事が出来るのだがジュスティスのそれは桁が違う。
【深紅の蟻】の外殻はそれなりの硬度があるのだがジュスティスの放った指弾は容赦なく【深紅の蟻】の外殻を撃ち抜くのだ。狙う箇所は頭部に限定しているために次々と【深紅の蟻】達は絶命していく。頭部を失ったとはいえ昆虫である以上、それでもなジュスティスに向けて向かってくるのだがジュスティスにたどり着くまでに動かなくなる。
【深紅の蟻】達は近づくことさえ出来ずに屍をさらしていった。
「ふむ…この指弾ってやつは結構使えるな…」
ジュスティスは指弾を使い、【深紅の蟻】を吹き飛ばしながら独りごちる。
ジュスティスはこの指弾というのを実戦ではじめて使用したのだ。ジュスティスが今まで使わなかった理由はそれほど深い理由があってのことではない。ただ単に使うまでもなく決着がついてしまうだけだった。
「よし…じゃあ、次の道具っと」
ジュスティスは鉄球を収めると次の道具を出すのであった。
「シア、それじゃあよろしく頼む」
ジェドはシアに一言言うと【深紅の蟻】達に向かって剣を抜き、突っ込んでいく。
ジェドの横には【負の剣闘士】がつく。ジェドはシアとカタリナに【深紅の蟻】を近づけさせないため壁の役割を果たすつもりだったのだ。
ジェドは襲ってきた【深紅の蟻】の顔面を真っ二つに両断する。
そして両断された【深紅の蟻】が倒れ込むまでに次の相手を斬り捨てている。ジェドの戦闘力はもはやレミアが魔将を討ち取った時とは比べものにならない。ロムの指導を受け、弛まぬ修練を行い、数々の依頼をこなしたジェドの実力は凄まじい成長を遂げていたのだ。
そのジェドのパートナーであるシアも次々と魔術を放ち、【深紅の蟻】達の接近を許さない。シアが使う魔術は魔矢、雷矢、氷矢などの低級の魔術ばかりだ。だが、シアが使えばそれは並の魔術師達とは明らかに一線を画していた。
まず、魔術を放つまでの時間がものすごく短いのだ。しかも一つの魔術を打ち終わる前にすでに次の魔術を展開しているのだ。そしてなにより素晴らしいのはそこまで連続で放てる魔術の精度の一つ一つが並の魔術師達がじっくりと詠唱を行った魔術の精度よりも上なのだ。
シアはジェドと二人で冒険者を始めた時に、呑気に詠唱をしている暇はないことに気付き、とにかく魔術を放つまでの時間短縮に力を入れていいたところに、キャサリンの指導を受けそれが一気に開花したのだ。
ただし、シアは決してその事に傲らない。というよりもキャサリンの足下にやっとこさ到達したとシアは思っている。いや、ひょっとしたらそれにすら到達していないのかも知れない。そのような超巨大な壁が身近にある以上、傲るなどという気持ちにはならなかった。
「う~ん…出番がないわね」
カタリナがジェドとシアの戦いぶりを見て呟く。カタリナはジェドとシアを個別に相手すればおそらく完勝できるだろう。だが、二人が組んだ時はカタリナは勝てるかどうかわからなかった。
(この二人は組むと戦闘力が倍増するわね。これでまだ恋人同士じゃないってんだから変な話よね)
カタリナはジェドとシアの息のあった戦闘を眺めて首を傾げていた。アレン達から二人がまだ恋人同士でないことを聞いて不思議に思っていたのだ。
「す、すげぇ…」
一方『黒剣』のリーダーであるアルガントは周囲の戦闘を見て自然と声が漏れていた。
「シアさんの魔術の展開が早すぎるわ…どうなってるの?」
リベカはシアの魔術師としての規格外の実力に呆然とし始めていた。自分の放つ魔術より遥かに短い時間で展開でき、しかも自分よりも威力があるのだ。落ち込むよりも驚愕の思いがリベカの心をしめる。
『黒剣』の方面には【深紅の蟻】がいないためにすっかり観戦モードになっていたのだ。いや、もし現れたとしても『黒剣』側に配置された『リッチ』『デスナイト』によって近づけなかっただろう。
(うん…今はうまくいってるわね。後は何が乱入するか…)
カタリナ周囲の様子を見ながら集まってくるであろう新手の魔物達を待つ。
そして、【深紅の蟻】の発するギチギチという音以外の音をカタリナは耳にする。
キシュ…キシュ…
【深紅の蟻】が発する音とは明らかに異なる音は頭上から聞こえる。
カタリナが上を見ると木々の間に新手が見えた。
カタリナの目に写ったのは、1メートル程の大きさの蜘蛛達だ。【暴食の蜘蛛】という肉食かつ食欲旺盛な蜘蛛の魔物達だ。
「来たわ!!」
カタリナの言葉は妙に弾んでいる。待ってた噛み合わせるための魔物が来たのだ。食欲旺盛同士の魔物がここに集えば当然、お互いにつぶし合うという算段だったのだ。
「みんな、【暴食の蜘蛛】が来たわよ。全員、少しずつ移動するわよ」
カタリナの声が深夜のエルゲナー森林地帯に響いた。




