採集⑩
カタリナ達一行は深夜の森林地帯を移動している。
もちろん、周囲の警戒を書くような不用意な事はしない。そしてはぐれないように細心の注意を払いながらの移動である。当然、その歩は遅いが、これは仕方のない事であった。
「追ってきている…」
ジュスティスが小さく呟く。後ろを振り返り目を凝らすと確かに一行を追ってくるものがいるのは確実だった。その事に気付いたジュスティスは目の前を歩く一行に大きめの声をかける。
「みんな、魔物が追ってきている!!」
ジュスティスの声に一行は動揺する。しかし、取り乱すような事はしない。だが、しばらくして先頭を行くジェドとシアの発せられた大声には取り乱す者が現れた。
その大声は…
「前方に魔物の大群がいる。回り込まれているようだ」
それは絶望的な意味を持って一行の耳に入った。
「全員止まって!!私の近くに集まって!!」
カタリナの言葉に全員がカタリナの元に向かう。同時にカタリナが【照明】の魔術を発動させ周囲を明るく照らした。
『紅い風』のマルトは非難の目をカタリナに向ける。カタリナの【照明】によって明るく照らされたために全員の顔がよく見えるようになっている。
「ここで魔物を迎え撃つわ」
カタリナの言葉に駒達以外の者の顔は引き締まる。カタリナの言葉は色々とはしょられていたが、その意味するところを歴戦の冒険者達は察したのだ。
背後から追われ、前方にいるという事はすでに魔物達はカタリナ達を捕捉し半包囲をしいている可能性が高いのだ。これが昼間であれば逃走という選択肢もあるのだが、この夜という時間ではそれはかなり難しいのだ。
「わかった、確かにこの状況じゃ逃げ切るのは不可能だし、はぐれでもすれば命取りだ」
『紅い風』のリーダーであるフィルグが賛意を示す。もし、これがもう少しで森林地帯を抜けるという帰還、もしくは撤退の場合であれば、はぐれた場合であっても生き残る可能性があるだろうが、この森林地帯のど真ん中でははぐれるという事は脱落しなかった方においても弱体化を意味するのだ。
長い目で見れば一人抜けるたびに魔物達の餌食となる可能性が大きくなるのだ。
「あなた達は荷物をここに置きなさい」
カタリナの指示通り駒の男達が運んでいた荷物を指定された場所に置く。それを見てカタリナはさらに指示を出す。
「この荷物を中心に円陣を組んでちょうだい。そうすれば背を守り合う形になるはずよ」
カタリナの言葉に全員が頷くと配置につく。
(さて…うまくいく事を祈りましょうか)
カタリナは自分の考えを全員に語り始める。それはかなり危険な賭である事を全員が察する。
カタリナの考えは、今こちらに向かってきている魔物達に別の魔物をぶつけ乱戦にもちこみ、それに乗じて逃げるというものだった。
当然、この作戦は危険を伴うどころか危険しかない。自分達が対処できないほどの魔物がここに集まってくる可能性があるのだ。
「エキュ達は荷物の近くへ」
『『『『『ショウチ シマシタ!!』』』』』
ゴブリン達は荷物の近くに陣取る。
「次は…」
カタリナは箒で地面を一突きして魔法陣を展開すると召喚を行う。
「土槍兵召喚」
カタリナの召喚術により土騎兵が20体現れる。カタリナはそれを半分に分けて『紅い風』と『黒剣』の前に配置する。
「シア、ジェドは私と一緒に戦ってもらうわ」
「ああ」
「わかったわ」
「ジュスティスさんは一人で大丈夫よね?」
カタリナの申出をジュスティスはあっさり了承する。
「いいよ。数が相当いるみたいだから真面目にやるから安心してね」
ジュスティスの言葉に気負いというものはまったく感じられない。そこにジュスティスの底知れない実力を垣間見た気がした。全員が頼もしさを感じると同時に一体どれ程の戦闘力を示すのかを見てみたいという欲求にかられることになった。
「そうそう…俺も一応、援軍を出しとくか…」
ジュスティスはそう言うと魔法陣を展開する。カタリナの地面に展開したものとは異なる地面に直角に展開した魔法陣から4体の異形の騎士と2体の異形の魔術師が出てくる、まるで扉を開けて現れたかのように4体の異形の騎士と2体の異形の魔術師は二手に分かれるとカタリナが召喚した土槍兵の前に陣取る。
『紅い風』と『黒剣』、『駒』、ゴブリン達はあんぐりと口を開けている。自分達が見ているものが信じられないという顔だ。
異形の騎士も魔術師が何と呼ばれる存在か彼らは知っていたのだ。それゆえに信じられない思いだったのだ。
異形の騎士はもちろん『デスナイト』、魔術師は『リッチ』、ともに冒険者達に恐怖の対象として語られる凄まじい力を持ったアンデッドだ。
「お、おい…俺の目がおかしくなったのか?」
「え?ウソでしょ…あれってデス…ナイトよね?」
「私の目にはリッチに見えるんだけど…そんなことないわよね?」
「私…寝ぼけてるのね…リッチを使役できるなんてありえないもの…」
『黒剣』のメンバー達はそれぞれ呆然としながら自分の前に立つデスナイトとリッチを眺めていた。
一方で『紅い風』のメンバーも『黒剣』の様子とほとんど変わらない。
「マルト…俺はどうやら疲れているらしい。お前が指揮をとってくれるか?」
「フィルグ…俺もどうやら疲れているらしい…」
「お前ら、これは現実だ。俺達の目の前にデスナイトとリッチがいるんだよ」
「リック…お前凄いな。よくこの状況で落ち着いてるな」
『紅い風』のレンジャーであるリックが理解ある言葉を発しているが、神官戦士のキースの声にギギギッとぎこちない動きで振り向いたリックの顔は思いっきり動揺していた。
「みんな、その『デスナイト』と『リッチ』はこちらに危害は絶対に加えられないから安心してくれ」
ジュスティスの言葉に引きつった笑顔でジュスティスに返す。
「シア、お前も一応、出しといたらどうだ?」
ジェドがシアに言う。
「でも、私が作り出すのは大して強くないわ。かといって数も大した数は作れないし」
シアの返答に『紅い風』『黒剣』は動揺する。
(ちょっと待て…ひょっとしてあのシアって娘も何か…出来るのか?)
(…ミスリルのランクは伊達じゃないということね…アルガントには後で謝らせないと)
「しかし、これからどんな魔物が襲撃するかわからないし、数もどんな感じになるかわかんないんだから一応出しといた方がよくないか?」
ジェドの言葉にシアは少し悩んで賛意を示した。
「そうね。ジェドの心配が少し削がれるかも知れないわね」
シアはそう言うと両手の掌に瘴気を集め始める。シアの両手の瘴気は直径5㎝程度の大きさになる。
そこでシアは瘴気の塊を自分の前に放つ。シアの手を離れた二つの塊はシアから3メートル程離れた所で膨張し人の形を形成していく。
人の形となった瘴気の塊は奇っ怪な兜を被った古代の剣闘士のような姿を形成する。手には刃渡り40㎝程の剣を持っている。【負の剣闘士】というのがその名だ。
アレンの闇姫や狂と同様、瘴気で出来た動く彫刻だった。キャサリンに瘴操術の手解きを受け、自分で製作したものだ。
残念だがアレンの闇姫や狂と戦わせたのだが、ほとんど一瞬で引き裂かれてしまっており戦力としてはかなり不安が残る。だが一応、国営墓地でスケルトンソードマンと戦わせると問題なく斃す事が出来たのでそれなりの役には立つとジェドは思っていたのだ。
「な…何あれ?」
「召喚とは違うぞ…あんな魔物見たこと無い」
冒険者達はひそひそと言葉を交わす。そこにカタリナの言葉がかけられる。
「みんな、色々気になる事はあるでしょうけど今は後回しにしてね。そろそろ魔物達がやって来るから…そっちに頭を切り換えてね」
カタリナの言葉はあまりの事に動揺していた冒険者に冷静さを取り戻させた。
「さて…きたわよ」
光の届かない闇の向こうから亜人種とは違う足跡とギチギチという何かを噛み合わせる音が聞こえてきていた。




