採集⑧
『ヒヒィィィン!!』
食事が終わった後の一幕から早々に解散となった一行はそれぞれのテントで就寝をしていた。そこに一頭の馬の嘶きが響くと全員が一気に目を覚ます。
だが、全員はそのままテントの外に飛び出すような真似はしない。なぜならまだ自分達を発見しているとは限らないからだ。全員がテントの中で息を殺しながら武器を用意する。
いや、正確には全員では無かった。カタリナとジュスティス、ジェド、シアの四人は相手の様子を伺っていたのだ。
「シア…先手をとるべきと思うか?」
「難しいわね。相手がこちらを捕捉していたら先手を打つのは良いと思うけど気付いていない場合は悪手ね」
「理由は?」
「もし、斥候だった場合は私達全員が本軍と戦うことになってしまうわ」
ジェドとシアはテントの中で話す。ジェドとシアの考えは同じチームという事もあり似たものになっている。その事を二人とも認識しているが確認のために余程の事がない限り省略しないのだ。
「そうだな…相手がこちらを見つけたと限らない限りはこのままやり過ごすのがいいな」「一応、相手の位置は把握してるからこっちに向かってくればすぐにわかるわ」
「そうか…確か鳴子も仕掛けてるしな…」
ジェドは鳴子の件を思い出して口にする。
『ギャアアアアア!!』
すると突然絶叫が響き渡った。
『グケェェェェェェ!!』
キン…キィン
『ギャァァァァア!!!』
悲鳴に混じり剣撃の音がカタリナ一行の耳に入る。
パカラ…パカラ…
しばらくすると蹄の音が遠ざかっていった。その音を聞き全員がテントから出る。
「みんな起きて、すぐに荷物をまとめて」
カタリナの言葉は小さいが全員の耳には確実に聞こえる。
ジェドとシアはすぐに革鎧を身につけるとテントの外に出て、テントをたたみ始める。カタリナの言葉の意味を理解しているのだ。
先程の戦闘の結果、死体が生じたのは間違いない。死体とは間違いなく魔物達にとっては食料だ。すぐに血の臭いをかぎつけて魔物達が集まってくる可能性が高いのだ。戦闘場所がここから近い以上、自分達も餌として捕食対象になる危険性が高いのだ。
集まってくる魔物の種類と数によってはここを放棄しなくてはならないだろう。その時に荷物を捨てて逃げるような事になれば今後の探索を続けることは事実上不可能と言う事になる。
ジュスティスもすでにテントをたたみ始めている。公爵家の次期当主ということなのだが、動きにまったく無駄はなくテキパキという表現そのものだった。
「二人とも、急いでね。二人が荷物をまとめたら俺と一緒に周囲の警戒をしてもらうよ」
ジュスティスの言葉にシアとジェドは頷く。
「はい、もう少し待っててください」
「すぐ終わらせます」
シアとジェドの二人の返答にジュスティスは微笑む。その様子を見ていたカタリナもシアとジェドの行動に感心する。この二人は『紅い風』『黒剣』の冒険者達よりも一呼吸判断が速い。
剣の腕前、魔術の腕前も一流と読んで差し支えない。だがそれ以上にカタリナはシアとジェドの決断の早さを評価していた。確かに判断を下す時間が早ければ良いというものではないのだが、この二人の判断は的確であるし、だからといって熟考するときは熟考するとようだ。
(さすがに…あのアレン達が高く評価してるだけあるわね…納得だわ)
カタリナはシアとジェドを頼りがいのある冒険者とみなし始めていた。
「よし、ジュスティスさん。お待たせしました。」
「では行きましょう」
シアとジェドがジュスティスの返事をして、すぐにカタリナを見やる。
「カタリナ、それじゃあ、俺達三人で周囲の警戒にあたるから。君はみんなへの指示出しを頼む」
「わかったわ」
カタリナに一声かけるとジュスティス、シア、ジェドの三人は窪地を出て行く。
『紅い風』のリックがカタリナに声をかける。
「あの三人はもう容易を済ませて警戒に出たのか」
「ええ、どうやら私が声をかける前に準備を始めていたみたいよ」
「そうか、それにしてもあのジュスティスという御仁はトゥルーヴァンパイア、しかもエジンベート一の名家であるジャスベイン家の長子…次代のジャスベイン公爵様だろ? なんであんなに旅慣れてるんだ?」
リックの様に旅が生活の一部である冒険者達の目から見ても、ジュスティスのテキパキとした動きには驚かせられる。
「それはわからないけど、出来る人物が味方なのは助かるわ」
カタリナの返答にリックは苦笑する。『自分達が頼りにならない』と暗に言われた気がしたからだ。それはリックが自分達が足を引っ張っているという意識から来るものであった。
実際に『紅い風』だけでこのエルゲナー森林地帯に入ったとすれば、最初の【三又の鹿】の襲撃で戦力のほとんどを失っていたのでは無いだろうか。全滅どころか怪我一つしないで済んだのは、このカタリナ、ジュスティス、シア、ジェドがいたからなのは確実だ。
(その事がわかってるから…あいつも悔しいんだろうな)
リックの視線の先には『黒剣』のリーダーであるアルガントが映っていた。普段は礼儀正しいアルガントがジェドに対してあそこまで失礼な態度をとるのは同い年のジェドが『ミスリル』にまであっという間に昇進してしまえば悔しさが出てくるのも理解できる。
そんなことを考えているとカタリナはアルガントに近付いていくのが見えた。
アルガントもそれに気付いたようでカタリナに向き合った。
「アルガントさん…『さっき』の件だけど」
カタリナの『さっき』がジェドに対する態度である事は明らかである。その事に気付いたアルガントは不快気に顔を歪める。もっともこの暗さのためにほとんど顔は見えないのだが、カタリナは発する雰囲気から察したのだ。
「さっきのあなたの態度はジェドに喧嘩を売っているようにしか見えないわ。何が気に入らないのかは知らないけど、この採集任務に就いている間はもめ事は困るのよ」
「くっ…」
「もし、あなたが任務よりも個人的な心情を優先させるというプロ失格な冒険者ならあなたは永遠にジェドには追いつけないわ」
「な…」
「ジェドがあなたに理不尽な事をしていて、あなたに忍耐を要求するというのならあなたは誇りを持って彼に反対すれば良いし、私も止めないわ」
「…」
「でも、現実は真逆よね? 理不尽な事を言ってジェドに忍耐を強いているのはあなたなのよ。彼がもし、あなたを罵り返したら非常にまずい事になってたわね、多分彼はあなたを軽蔑したと思うわ」
「な…」
「だって、あなたは一方的に彼を非難し、侮辱したのだから好意を持たれるわけはないでしょう」
「…」
「そして当然、シアもパートナーのジェドをあんな形で侮辱されて好意はまず持たないわよね。さっき、あなた達を【三又の鹿】の襲撃から守ってくれたのはシアよ。それをあなたは礼ではなく侮辱で返したのよ。次に同じ事になったときにあの二人があなた達を助けてくれるなんてあり得ないわ」
カタリナは『黒剣』のメンバーを見る。カタリナの視線を感じたのだろう動揺した空気が流れる。
「私もシアとジェドがあなた達を見捨てても何も言えないわ。彼らが『やなこった』と言えばそこまでよ」
カタリナとしては本心からシアとジェドが見捨てるとは思っているわけでは無い。だがそれに甘えるような事をしたくはなかったのだ。勝手に期待してしてくれなかった時に勝手に失望されるほど不快な事は滅多に無い。
助けるという行為の選択権はあくまで助ける側にあるのだ。助けを受ける側にあるわけではないのだ。その事をカタリナは知っていたのだ。助けられる側には助けられるだけの理由が必要なのだ。
「あなた達が彼らの助けを受けれる資格があるかをもう一度考えた方が良いわね」
カタリナはそういうと踵を返しエキュ達の所に歩いて行く。
カタリナは『これで考えを改めるなら見込みはあるが、なければそこまでだ』と心の中で呟く。
本当に面倒くさいな…とカタリナは人を率いることについて思っていた。




