表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
272/602

採集⑦

 再び目的地の『エキュシア』の群生地に向けてカタリナ一行は歩き出すが、幸いにしてそれからは魔物に襲われることもなく進んでいった。


 このエルゲナー森林地帯は人の手がまったく入っていない原生林ではあるが、魔物達が住み着いている森林地帯だ。魔物の中には亜人種も含まれており、所々に亜人種の集落があるという話であった。


 噂では『ゴブリン』『オーク』『オーガ』などの集落だけでなく『ゴルヴェラ』の集落もあるという話であった。だが少なくとも、これから向かうエキュシアの群生地までの場所に『ゴルヴェラ』の集落はないという事だ。


 カタリナ一行は周囲の警戒をしてはいるが歩みは決して遅くない。やはり中堅以上の冒険者達なので体力的には何の問題も無いようだった。また冒険者の体力をあまり削がないために荷物を『駒』に持たせているというのも大きかったのかもしれない。


「カタリナ、今日はそろそろ…」


 ジェドがカタリナに野営を促す。このエルゲナー森林地帯は深い森の中であり日の光が木々に覆われることで薄暗い。そしてあっという間に暗くなるのは容易に想像出来るというものだった。


「そうね…」


 カタリナはチラリとゴブリン達の様子を見て、ジェドの提案を受け入れる事にする。正直な所を言えばもっと進んでおきたかったのであるが仕方がない。休めるときに休んでおかないといざという時に思わぬ不覚をとることがあるのだ。


「みんな、この辺りで野営をするから良い場所を探してちょうだい」


 カタリナの言葉に全員が頷く。同時にジェドとシアはカタリナのバランス感覚に感心していた。カタリナ、ジュスティス、特にジュスティスは実力が桁違いのため、本来であればここで野営する必要などないのだ。

 だが、冒険者やゴブリン達、駒はそうではない。ジェドとシアはまだ野営をする必要はないのだが、それでもジュスティス、カタリナに合わせれば一~二段劣る事を自覚している。強者である故にその事に気付かずに及ばない者達に無理を強いる事が多々あるのだが、カタリナにその悪癖は無いようだ。


 もしカタリナがリーダーで無ければそれでも構わないのだろうが、カタリナは現在、この一行のリーダーなのだ。基準を上にあわせるのではなく、下の者を基準に考えなければならない事をきちんと知っているのだ。もちろん、下の者に合わせるだけでは大きな成果は望めないためにその辺のバランスが大切なのだ。


 ジェドはゴブリン達の様子を見て疲弊が見え始めた事で今日のノルマを果たした事を察したのだ。エキュ達は『集落から2日歩いた場所』と言った。ゴブリン達が相当な強行軍をして『2日』という表現をするとは思えなかったために疲労が見え始めた段階でノルマを超えた、もしくは大幅に当初の予定よりも進んでいると考えたのだ。


 カタリナもジェドの提案をゴブリンの様子を見てから決めた所をみるとジェドと似た思考を経て受け入れたと思われる。


 カタリナの言葉を受けてそれぞれのチームごとに周辺に散っていく。


 カタリナはその場に留まり全員を待つことにする。こういう場合、1人は動くのは避けた方が良いのだ。その1人はこの一行のリーダーであるカタリナであるのは当然だった。


 カタリナの周囲には『駒』と呼ばれる者達が背負った荷物を下ろし、座り込んでいる。駒の男達には一応、自衛のために剣が渡されてはいるが戦闘力は冒険者達より格段に下だ。そのため、単独行動はできるだけさせないようにしようとカタリナは考えていたのだ。


 だが、それはカタリナが駒を気遣っての事では無かった。戦闘力が大幅に劣る駒達では魔物に出会った時にやられてしまえばそれだけ運搬に支障が出ることになるからだ。

 もし全員やられたその時にはカタリナは自分の土人形ゴーレムに運ばせるつもりではあった。だがカタリナの土人形ゴーレムはカタリナの魔力を消費する。そのため何があるかわからないために温存しようと考え、アレン達の申出を受けたのだ。


 十数分待ったところに『黒剣』のメンバーが戻ってきた。


「あっちの方に少し開けた野営に良い場所があった」


 アルガントの言葉にカタリナは頷くと全員を呼ぶことにする。もちろん、大声を出して呼び出すような事はしない。そんな事をすれば一緒に魔物も呼び寄せることになりかねないのだ。

 カタリナのとった方法は魔術による信号を発する事である。カタリナはそれぞれのリーダーにカタリナの魔力の受信装置である直径2㎝程の魔珠を渡していたのだ。この受信装置はカタリナの信号を受信すると紅い光を発する。魔珠が紅く光ったら野営場所が見つかったという事なので戻ってくる手はずとなっていたのだ。


 もちろん、この森林地帯においてカタリナのいる場所を見失うようなマヌケなどここにはいない。シアとジェドは『ミスリル』クラスの冒険者であるし、『紅い風』もゴブリンも森林を知っているのだ。ジュスティスはそれほど森林地帯に入るという経験はなかったのだがカタリナ達の気配を探知できないはずはない。


 程なくして全員がカタリナの場所に戻ってくると『黒剣』の見つけたという場所に向かってカタリナ一行は歩き出した。


 『黒剣』が見つけた場所というのは、ちょっとした窪地となっており、周囲から隠れるようになっている。しかも都合の良い事に窪地の底の方はかなり真っ平らとなっており、野営の場所としてはかなり都合が良かった。


 『紅い風』と『黒剣』は周囲に鳴子を仕掛けに行くために一時、カタリナ達から離れる。


 一方カタリナ、ジュスティス、シア、ジェドはテントを張ることにする。カタリナは『駒』に薪を集めるように指示をすると『駒』の男達は黙って薪を集めに動く。


 エキュ達ゴブリン達はテントを張る間、周囲の警戒をしてもらう事にする。それぞれの役割を果たし全員が戻ってきた頃にはすでに周囲は暗くなっており、全員が薪を取り囲んむ事になった。


 鍋に水が張られ鶏肉、キャベツ、ジャガイモ、ニンジンなどと一緒に煮込まれていく。調味料は塩胡椒という非常にシンプルな物である。ちなみに食料品はジュスティスの空間魔術によりジャスベイン家の宝物庫に用意してあるものを取り出したものである。


 かなり便利な空間魔術であるが制限があるのも事実であった。ある一定の質量以上のものは取り出すことは出来ないのだ。ちょっとした食料品などであれば取り出すことは出来るのだが、残念ながらテント等は質量がオーバーとなってしまい。取り出すこと出来ないのだ。


 そのため、水は【水瓶アクエリアス】という魔術によって精製された物である。


 【水瓶アクエリアス】はその名の通り水を精製する魔術であり、旅をすることが多い冒険者にとって習得している魔術師が一人いるだけで旅の負担は一気に軽くなる。


 旅をするにあたり水の確保は言うまでもなく重要だが、水を大量に持ち運ぶことは大変な労力を要することになる。ところが【水瓶アクエリアス】を習得している魔術師が一人いれば水の確保は容易になる。

 もちろん、【水瓶アクエリアス】は魔術であるために魔力が尽きた状況では使用することは出来ないがそれは非常時の事なのだ。


 もちろん、『ゴールド』クラスである『黒剣』も『プラチナ』クラスの冒険者である『紅い風』も【水瓶アクエリアス】を使える者はメンバーに入っている。シアとジェドの場合は人数が少ないという事もあるためにどちらとも習得しているぐらいだった。


 パチパチ…パチ…


 焚き火を囲み全員が食事をとりながらこれからの流れを話し合う。駒達は離れた所で焚き火を囲ませてある。しかし、ゴブリン達はカタリナを守るように座っている。より正確に言えばカタリナがゴブリン達を守るために近くに座らせているのだ。


「とりあえず。【三又の鹿(トライデントディアー)】の襲撃以降、魔物に襲われなかったのは幸運だったわ」


 カタリナの言葉に全員が頷く。


「なぁ、お嬢さん、聞きたいことがあるんだが…」


 『紅い風』のリーダーであるフィグルがカタリナに言う。


「エキュシアってやつを何に使うんだ?」


 フィグルを初め、冒険者達の知りたかった事はそれだった。このエルゲナー森林地帯は冒険者の間でも危険極まる場所として認知されていたからだ。【三又の鹿(トライデントディアー)】の襲撃の際にカタリナの腕前を見て実力がずば抜けている事は理解していたが、それでも危険である事は間違いなかったのだ。


「エキュシアという花の根はね。煎じることで滋養強壮の効果を得ることが出来るのよ。そして、その根から煎じた汁をエクラという魔法薬と混ぜれば擬似的な羊水を作る事が出来るかも知れないのよ」


 カタリナの説明に出てきた『羊水』という単語に『紅い風』『黒剣』は声を出すことも無く聞いている。


「誤解しないで欲しいんだけど私は別に研究を悪用する気なんかないわよ」


 二つのチームの反応にカタリナは自分の言葉により警戒されている事を察したのだ。


「ねぇ、シアもジェドもその事は理解してくれているわよね?」


 カタリナはシアとジェドに助け船を求める。アレン達の友人であるシアとジェドなら前もって聞いていたという事で理解を示してくれていると思ったのだ。


「ああ、アレン達もカタリナの事は信頼してるし、俺達自身もカタリナの説明受けたから悪用はしないと思ってる」

「私もよ。カタリナは純粋にただやってみたいという考えに基づいて行動しているのよ」


 シアもジェドもカタリナに味方する。


「まぁ、その辺の事は俺達には関係はないからな」


 フィルグはそう答える。どうやらカタリナ達の言い分に一応納得したようだ。いや、関わり合いになりたくないだけかも知れない。


「ふん、随分と偉そうじゃ無いか。『ミスリル』クラスになると上から目線が染みついたというわけだな」


 『黒剣』のアルガントがジェドとシアに向けて忌々しげに言葉を発する。


「ちょっと、やめなさいよ」


 アルガントの棘のある言い方にメンバーのイライザが窘める。だが、ジェドとシアは涼しい顔でアルガントの言葉を聞き流した。2人とも自分達が冒険者達の間で嫉妬の対象になっていることを理解していたのだ。


「ふん、魔将討伐に参加して戦姫やアインベルクに取り入って成り上がっただけじゃないか」


 アルガントの言葉はさらに刺々しさを増す。『黒剣』のメンバーはさすがにこれ以上はまずいとアルガントを止める。ジェドとシアはアルガントに言い返すこともせずにじっと聞いている。


 ジェドもシアも冒険者の間で陰でどのような事が言われているかをこの際、確認しておこうと思ったのだ。


 一方で何もシアとジェドが言い返さないことでアルガントは不快感が増したらしい。まるで自分が幼児となり我が侭を大人に言っているような感覚になったのだ。


「よさないか」


 それを止めたのはフィグルだ。もめ事は困ると言わんばかりに仲裁に入る。仲裁と言ってもシアとジェドは何も言い返していないので正確に言えばアルガントを窘めると言ったところだ。


「いくら彼らに不満があると言っても場所と時間がまずいと言う事ぐらいわからないか?何も無意味な喧嘩をする必要は無いだろ」


 フィグルはアルガントに言う。この周囲に魔物がはびこっているようなこのエルゲナー森林地帯で余計な不和の種を撒かれては正直困るのだ。


「くっ…」


 アルガントはクラスも自分達よりも上で、年齢の上のフィグルに言われれば黙って引き下がるしか無かった。


「まぁ、これ以上は親睦を深めるという感じじゃないし…早いところ休みましょう」

「そうだな」

「そうだね」


 カタリナの言葉にフィグル、ジュスティスが同意したところにアルガントがさらに憎まれ口を叩く。


「俺もこの2人と親睦なんて深めるつもりなんかないしな」

「アル!!」

「ごめんなさい。シアさん、ジェドさん」

「アルガント!!これ以上は止めなさい」


 『黒剣』のメンバーはリーダーの暴走を窘める。特にリベカは先程、シアの魔術により助けられていたので2人の力量が決して他者に取り入ったためでないことを理解していたのだ。


「まぁ…いいさ。それじゃあ俺達は先に休ませてもらうよ」


 シアとジェドは立ち上がり自分達の割り振られたテントへ入っていく。テントの数は7つだ。カタリナ、ジュスティスは一人用の小さなものであり、各チームに一つずつテントが用意されていたのだ。


「それじゃあ、一応魔物の襲撃があるかも知れないから十分に気を付けてね」


 カタリナの言葉を受けて全員がテントへと移動する。カタリナはその様子を見てそっとため息をつく。


「人を率いるって…大変ね」


 カタリナのぼやきは小さく同行者達の耳には届かなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ