採集⑥
「よっ…」
ジュスティスが両手に魔力を集中させ棒状に変化させる。その棒の先は鋭利に尖っており殺傷能力の高さを感じさせる。
それをジュスティスは自然な動作で投擲する。足跡が響く方向からはすでに魔物達がこちら側に向かって突っ込んでくるのがわかった。突っ込んでくる魔物達はまるで鹿のような風貌をしている。だが鹿でないのは明白だった。なぜなら一つの体に三つの頭部が付いているのだ。
【三又の鹿】と呼ばれる魔物は、見かけは鹿のようだが実際は肉食で気も荒い。しかも質の悪いことに植物であっても食べるという雑食性だ。しばしば畑の作物を荒らすというところも実際の鹿と変わらない。
群れで行動し狩りを行うためかなり厄介な魔物と考えて良いだろう。
その【三又の鹿】が木々の間を走り抜けながらカタリナ一行に突っ込んできたのだ。ジュスティスの投擲した魔力で作られたいわゆる棒手裏剣が凄まじい速度で【三又の鹿】の一頭に突き刺さる。
『キェェェェェェ!!』
ジュスティスの投擲した棒手裏剣が突き刺さったのは胸の位置と三つの頭部の眉間に突き刺さった。頭部に突き刺さった棒手裏剣により【三又の鹿】が走りながら倒れ込む。
「うん…素手の方が早いな…」
ジュスティスはそう言うと、【三又の鹿】に向けた走り出す。
「シア、援護を頼む!!」
ジェドがシアに一声かけるとジュスティスに一呼吸遅れて突っ込んだ。
「まかせて!!」
シアは答えると魔矢を放った。キャサリンに指導の賜なのか、魔術を放つまでの間がシアは一気に短くなった。魔術師の放つ魔術は強力であるが、魔術の発動までにかかる時間がやはり欠点であった。ところがキャサリンの指導で魔力操作、集中の基礎を教え込まれたために一気にシアの魔術の発動は短縮されたのだ。しかも短縮したにも関わらず威力はむしろ上がっているのだ。
並の魔術師が一発魔術を展開するまでにシアは2発、いや放つ魔術次第によっては3発もの魔術を放つ事が可能となっている。
シアの放った魔矢は【三又の鹿】の足に命中し足を吹き飛ばした。
『クェェェェェェェ!!』
足を吹き飛ばされた【三又の鹿】は倒れ込み、後ろから来た別の【三又の鹿】に踏みつぶされる。
ジュスティスは左手に持っていた分銅鎖を最小の動きで放つ。その速度はおそらく【三又の鹿】の反射速度を超えていたのだろう。三つの頭部の一つが分銅鎖により吹っ飛ばされた。
頭部の一つが吹っ飛ばされたと言っても残りの二つの頭部があるため生命維持にはそれほど支障が無いというのも【三又の鹿】の厄介な点である。
「う~ん…面倒だな…」
ジュスティスの言葉はまったくもって正しいが、声にまったく危機感はなかった。
「よっ」
ジュスティスは分銅鎖を続けざまに放ち、残り二つの【三又の鹿】を吹き飛ばした。頭部をすべて失った【三又の鹿】は自らの死に気付いたように倒れ込んだ。すべてが一瞬の出来事であり【三又の鹿】は痛みすら感じる間も無かった事だろう。
(さすがだな…フィアーネの兄って言うから強いだろうとは思っていたが…規格外すぎるだろ)
ジェドはジュスティスの実力にすっかり舌を巻いている。いくら何でも分銅鎖で【三又の鹿】の頭部を打ち砕くのはあり得ないのだ。
【三又の鹿】の頭部は固い骨格で覆われているために打ち砕くのは困難を極めるはずなのにジュスティスはあっさりと分銅鎖で頭部を打ち砕いたのだ。
そんな事を考えているとジェドの目の前に【三又の鹿】が迫っていた。
ジェドは【三又の鹿】に踏みつぶされるよりも早く剣を横に薙ぎ、【三又の鹿】の前足を切り落とした。
『キェェェェェェェ!!!!』
足を切り落とされた【三又の鹿】は口から苦痛の絶叫を吐き出し、もんどりうって倒れ込んだ。ジェドは倒れ込んだ【三又の鹿】を相手にすることなく次の【三又の鹿】に狙いを定めた。
カタリナは愛用の箒で地面をいつものように突くと魔法陣が浮かび上がる。
「【土槍兵】召喚」
カタリナの魔法陣から20体程の槍を持った土人形が現れる。土槍兵は素早く横列を組むと槍衾を形成し、【三又の鹿】を迎え撃つ。
突っ込んでくる【三又の鹿】に土槍兵は当然の事ながら恐れを見せず、槍を突き出す。
ドシュ…ドス…
槍槍兵の槍に【三又の鹿】は貫かれ倒れ込む。槍騎兵の横列を【三又の鹿】の突進は阻むことは出来ずに次々を倒れていく。
『紅い風』はリーダーのフィグルが先頭に立ち、それをメンバー達が支援するという戦法でいくようだ。
突っ込んでくる【三又の鹿】にマルトの魔術である魔矢が迎撃する。マルトの魔矢は【三又の鹿】の頭部の一つの首を射貫いた。がそれだけでは絶命することは叶わない。フィグルが戦斧を振るいもう一つの頭部を両断する。
頭部は独立しているとは言っても感覚は共有されているのだろう。頭部二つを失い残り一つとなった頭部の部分は苦痛に嘶く。そこにリックが長剣を抜き残り一つとなった頭部を切断した。
三つの頭部をすべて失った【三又の鹿】はドウっと倒れ込んだ。
『黒剣』はリーダーのアルガント、剣士のイライザが前線に立ち、【三又の鹿】を迎え撃つ。そこに後衛のリベカの魔術である【火球】が放たれる。
「くっ…」
リベカの放った火球は【三又の鹿】に直撃しその火は【三又の鹿】に引火する。火のついた【三又の鹿】は凄まじい苦痛のタメに暴れ回る。
そこにベシーが矢をつがえ放つ。放たれた矢は【三又の鹿】の体の部分に見事命中するが斃す事は出来ない。さらに暴れ回る【三又の鹿】にアルガントとイライザが斬りかかる。
火に包まれた【三又の鹿】に斬りかかるのはかなり危険なのだがアルガントとイライザは臆すること無く斬り込んでいく。
暴れる【三又の鹿】の頭部の一つがアルガントによって斬り落とされるが【三又の鹿】は倒れること無く新たに発生した苦痛のためにさらに暴れ回り、アルガントはその暴れる【三又の鹿】の足を避け損ねてしまった。
「ぐっ…」
その膂力は凄まじくアルガントは吹っ飛んでしまった。
「「「アルガント!!」」」
リーダの思わぬ負傷にメンバー達が狼狽える。
「リベカ!!アルガントの治療を!!」
イライザが叫ぶと即座にリベカが動き出す。
「わかったわ。イライザ、ベシー援護を頼むわ!!」
「「了解!!」」
リベカが吹っ飛ばされたアルガントに駆け寄り治癒魔術を展開する。
「リベカ…助かる」
アルガントの言葉にリベカは頬を緩める。
「いいのよ。私達は仲間でしょう…それに…」
リベカの言葉の最後の方はアルガントには聞こえなかったようだった。それを聞き返そうとアルガントが口を開こうとした時にイライザから鋭い声がかかる。
「アルガント!!リベカ!!危ない!!」
イライザの言葉に2人が周囲に目をやると一体の【三又の鹿】が自分達に突っ込んでくるのが見えた。
「リベカ!!離れろ!!」
「そんな事出来るわけ無いでしょう!!」
リベカの発した声には隠しきれない恐怖が滲んでいた。このままでは【三又の鹿】に踏みつぶされるのは確実だった。
だが、ここにいるのは自分達だけではなかったのだ。
シアが【魔槍】を放ち、突っ込んできていた【三又の鹿】の体を貫いた。【三又の鹿】を貫いたシアの【魔槍】は地面に突き刺さり【三又の鹿】の突進を止めたのだ。
しばらく苦痛に呻いていた【三又の鹿】であったがタガ手動かなくなる。
「す…すごい…」
リベカの口からシアの魔術師として実力に賞賛が送られた。
程なくして【三又の鹿】をすべて殲滅された。もちろんほとんどの魔物はジュスティス、カタリナ、ジェド、シアによって斃されていた。
幸いアルガントの怪我も大した事は無く、それもリベカの治癒魔術により完治することが出来たのだ。
全員の無事を確認しカタリナは頬を緩ませるが、同時に苦いものが胸の中に芽生えたのも事実だった。
まだ採集は始まったばかりなのに『黒剣』を消耗させてしまったのだ。もちろん、すぐに戦闘不能となるような実力ではないのだろうが先のことを考えるとこの消耗が響いてくるような気がしてならなかったのだ。
「アルガントさんの治療が終わり次第、ここから離れましょう」
カタリナの言葉に全員が頷いた。この場には【三又の鹿】の死体が散乱しており、死臭をたどって魔物達が集まってくる可能性が高いというよりも確実だったからだ。
「ジェドとシアはエキュ達の先導に従って先頭に立ってもらいたいんだけど大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
「私もそれで大丈夫よ」
カタリナの申し出にジェドとシアは快く応じる。カタリナの指示は当然のものであり不平などジェド、シアにあるはずもなかったのだ。
「ジュスティスさんは最後尾についてもらえますか?」
カタリナはジュスティスに最後尾についてもらうように頼む。カタリナがジュスティスを最後尾にしたのは背後から強襲されてもジュスティスの実力なら大丈夫と判断したからである。
「もちろん、俺が最後尾につくから背後はまかせて」
ジュスティスはカタリナの言わんとした事を正確に察しているために快諾する。
「『紅い風』と『黒剣』はその間に入って周囲を警戒しながら進んでください」
「わかった」
「了解した」
フィグルと治療を終えたアルガントがカタリナの申し出に了承の意を示す。
「それじゃあ、出発しましょう。エキュ、道案内頼むわ」
『ハハァ』
カタリナ一行は体勢を整え、再び歩き始めたのである。




