採集④
転移が終わった一行の目の前に森林が展開していた。エルゲナー森林地帯というこのローエンシア王国において人の手がまったく入っていないこの原生林は、冒険者であっても足を踏み入れるのに躊躇するぐらいだ。
「これがエルゲナー森林地帯…」
『紅い風』のリーダーのフィグルが小さく呟く。
「さて、行きましょう」
カタリナの声にジュスティスの危機感のまったくない声が続く。
「そうだね。そうそう、カタリナちゃん、アレン君の部下の魔物達の集落のリーダーはなんて言ったか覚えてる?」
「え~と、確かジド? いえ…ジグ?」
「そうだ、シアちゃんとジェド君はあった事あるんだよね」
ジュスティスはシアとジェドに聞く相手を変える。
「シア…あのエルゴアだったと思うけど…名前何だったっけ?」
「もう、『イジュ』じゃない」
シアの呆れた様な言葉にジェドはバツが悪そうに頭を掻く。
「そうだったな、ところでジュスティスさん、イジュがどうかしましたか?」
「いや、これから世話になるのだからあらかじめ名前を押さえておくぐらいのことはしとかないと失礼だと思ってさ」
ジュスティスの言葉にカタリナもシアもジェドも驚く。トゥルーヴァンパイアでありエジンベート一の名家であるジャスベイン公爵家の次期当主という身分でありながらジュスティスは驚くほど腰が低かった。
だが、アレン達はこの人当たりの良い美青年が敵対する者にはどこまでも容赦が無いことを知っていたし、ジュスティスの物腰の柔らかさに侮るような事をすればそれに応じた行動をとることも当然知っていた。
ジュスティスの物腰の柔らかさは自身の能力の高さから来る余裕がもたらしたものだったのだ。それを見抜けない者達はジュスティスを侮り結果、後悔するという事が多々あったのだ。
カタリナもシアもジェドもジュスティスを『さん』付けで呼んでいるが、これはジュスティスが許してくれたからであって自分から言いだしたわけでは決して無い。
「そうですね…確かにジュスティスさんの言う通りですね」
「そうよ、ジェドもちゃんとジュスティスさんを見習いなさいよ」
「わかったよ」
シアの言葉にジェドは素直に頷き、ジュスティス、カタリナの口元は緩んだ。
『紅い風』、『黒剣』そして駒達はそんなジュスティス達を静かに眺めていた。
カタリナ達一行がその集落に入ったとき様々な種族がその場にはいた。前もってカタリナはこの集落にアレン達と顔を出しており集落の魔物達はカタリナの事を知っていたのだ。
ジュスティスは森の入り口に転移して転移魔術の拠点をつくると戻ったので魔物達とは初対面だったのだ。
人間達がやってきた事で、集落の魔物達は武器をとったのだが、カタリナの姿を見ると武器をおさめると平伏した。
『紅い風』『黒剣』のメンバーは多くの魔物達が一斉に平伏したことに驚く。
(おい…あのカタリナって娘って何者だ?)
(いや…アインベルクをこの魔物達は恐れているのか)
「カタリナ様、ようこそいらっしゃいました」
集落の向こうから小走りに駆けてきてカタリナ達の前で頭を下げながら一体のエルゴアが言う。これが先程の会話に出てきた『イジュ』であろう。
エルゴアは知能が高く人語を解するが、アレン達との会話を経たせいかイジュの言葉は非常に流暢なものとなっていた。
「ありがとう。さて早速だけど、森林地帯で何か変わった事はある?」
カタリナの言葉にイジュは答える。
「ははぁ、実は最近、『凶王』の行方がわかりません」
「凶王が?」
「は…凶王の住処の荷物はまったく荒らされておりませんので…自らの意思で旅立ったという事はないかと…」
「そう。その事はアレンには?」
「只今、行方を捜索中ですので確実な情報を…と思いまして」
「いえ、一応伝えておいた方が良いわ」
「承知しました」
カタリナの指示にイジュはかしこまる。イジュが渋った理由は前の主人であるゴルヴェラ達に中途半端な報告をすれば殺されてしまうために完全なものを伝えるつもりだったのだ。
「さて、それではエキュシアの群生している場所の心当たりは?」
「はっ、この集落から2日程歩いた場所にエキュシアと思われる花の咲いてある場所があったとの事です」
「なるほど…往復4日…探索は3日と言ったところね…」
「カタリナ様のおっしゃられる通り3日程しか探索の時間はございません」
「それは仕方ないわね。道案内出来る者は?」
「はっ、既に選抜しております」
イジュがそう言うと、ゴブリンが数体前に進み出た。
「この者達がカタリナ様一行をエキュシアの場所にご案内いたします」
『エキュ デ ゴザイマス』
『クア ニ ゴザイマス』
『ジシ デ ゴザイマス』
『ペン デス』
『アノミ ト モウシマス』
ゴブリン達はそれぞれ名を名乗るとカタリナ達に一礼する。ゴブリン達はそれぞれ剣、斧、弓、杖を持っている事からそれなりに戦闘をこなすことが出来るのだろう。
「よろしくね。エキュ、クア、ジシ、ペン、アノミ」
カタリナは微笑みながらゴブリン達の名前を告げると五体のゴブリン達は平伏する。
『ハハァ!! セイイッパイ ハゲマセテ イタダキマス』
代表でエキュと名乗ったゴブリンが答えたために彼がリーダーであることを全員が察する。
「カタリナ様…」
イジュがカタリナにさらに報告する。
「どうやら最近、『イベルの使徒』と思われる死体がエルゲナー森林地帯に転がっていることがよくあります」
イジュの『イベルの使徒』という言葉にカタリナ達は顔を顰める。『イベルの使徒』とはローエンシア王国において誘拐犯と同義なのだ。まともな人間なら忌避したい連中だった。特にジュスティスはフィアーネを付け狙う連中と聞いていたために怒りも含まれていた。
「そういえばそんな話をアレン達から聞いたわね」
カタリナの言葉には嫌悪感が含まれているのを全員が察した。
「はい。奴等が何を求めて動いているかはわかりませぬが、カタリナ様達に何かしらちょっかいを出す可能性もありますので…」
イジュはカタリナ達がやられるとは思ってもいなかった。アレン達がカタリナの実力を高く評価していることを知っていたのだ。
「わかったわ、ありがとう」
カタリナはイジュに礼を言うと全員に向けて言葉を発する。
「それじゃあ、さっそく出発しましょう。わかってると思いますけどこのエルゲナー森林地帯は大変危険ですから周囲の警戒を忘れないでください」
カタリナの言葉に全員が頷く。
「ああ、そうそう。アインベルク配下の魔物はすべて亜人種で構成されていますので、亜人種を問答無用で斃すのは出来るだけ控えてください」
「え?」
『黒剣』のリーダーであるアルガントが難色を示す。魔物に対して先手を打たない事に危険性を感じたのだろう。その事にカタリナも当然気付いている。
「いえ、確認してから攻撃してくださいと言っているまでです」
カタリナの声は僅かな揺らぎもない。
「アインベルク配下の亜人種の左腕にはすべて赤い腕章をつけているそうです。それを付けている者はアインベルク配下の証ですのでそれを確認してください」
カタリナの言葉に冒険者達は周囲の魔物達の左腕を見る。すると赤い腕章を付けている事に気付いた。
「それを確認する暇も無いほど追い詰められる状況にはならないようにしましょう」
カタリナの言葉に全員が頷くと。5体のゴブリン達を見て出発を促す。
「それでは案内をよろしくお願いします」
『『『『『ハッ!!』』』』』
ゴブリン達は声を揃えてカタリナ達を先導するため歩き出す。
いよいよエルゲナー森林地帯に本格的に足を踏み入れる事になったのだった。




