仮面③
動いたアレンは仮面との間合いを一瞬で詰めると斬撃を放つ。斬撃は仮面の首に向けて放たれた。アレンのいつもの闘法では一定の強者に対して狙うのは手、足だ。だが今回はいきなり首を狙ったのだ。
この事にアレンのいつもの闘法を知る者達は不思議に思う。
アレンは相手の戦法、意識が今一把握出来ていない状況である以上、どのような手に反応をするか確かめるつもりだったのだ。そこで最もオーソドックスな方法を試してみようと言う事にしたのだ。
もちろん、アレンはただ膂力と速度にまかせただけの単調な攻撃をしかけたのではない。もちろんアレンのそれは一級品であるがアレンはそれに加え、初動を読ませない静から動への変化をできるだけ緩やかにする事で一手先んじる事にしたのだ。
キィィィィィン!!
だが、そのアレンの斬撃を仮面は剣で受け止める。だがアレンはその事に動揺することなく次の一手を打つ。その一手とは鍔迫り合いに持って行き、仮面がアレンの剣をはじき飛ばそうと力を入れた瞬間にスルリと力を抜くことで仮面の体勢を崩すことであった。
仮面はアレンの剣を押し戻そうと力を入れる。そこにアレンは逆らう事なく仮面の剣を受け流すと懐に潜りこんだ。アレンが潜り込んだ先には仮面の腹部がある。アレンは容赦なく剣を横に薙いだ。
シュパ…
アレンの剣により仮面の腹は斬り裂かれる。血が噴き出し仮面は倒れこむように思われた。
だが…。
仮面は倒れ込むことはせずにそのままアレンに斬撃を見舞う。アレンもさすがにこれに虚を突かれ反撃することもなく後ろに跳び再び間合いをとった。
(痛覚がないのか?)
アレンがそう思った瞬間に先程アレンが裂いた腹の傷が塞がり始める。
(なるほど…再生能力…か)
アレンが、いや全員が仮面が再生能力を持っていることをこの段階で気付いた。
「面倒くさいな…」
アルフィスの言葉が漏れる。アレンの親友であるアルフィスの意見にアレンはまったくの同感であった。いかに再生能力があろうともアレンとしてはまったく恐れない。基本的に魔人エーケンを斃したときのように再生出来ないようになるまで痛めつければ良いというのがアレン達の考えだったのだ。
アルフィスの『面倒くさい』というのはひたすら切り刻み続ける事に対しての『手間がかかる』ことへの言葉だった。
アルフィスの言葉にアレンが答えようとしたときに、煙のように仮面がフッと消える。
仮面はアレン達から10メートル程離れた場所に現れる。そこで仮面は剣を頭上に掲げると一気に振り下ろす。すると噛まんが召喚したアンデッド達がアレン達に向かって突進してきた。
「フィアーネ、レミア、フィリシアはこのアンデッド達を始末してくれ!!俺とアルフィスで仮面をやる。カタリナはリッチを始末してくれ!!アディラはそれぞれを支援してくれ!!」
「了解!!」
カタリナがいつものように箒で地面をつくと魔法陣が地面に展開される。
「【暴食の魚群】!!」
カタリナがそう言うと魔法陣から数十匹の気味の悪い魚達が現れる。宙を泳ぐその魚達の非常に気味の悪い姿をしている。その魚達はに肉はついていない。比喩ではなくただの骨である。ウツボのような体長1メートルほどの骨だけの魚達がカタリナの周囲をとびまわっている。
「行け!!」
カタリナが一声かけると骨の魚達はまっすぐにリッチへ向け泳ぎ出す。リッチは魚達をまとめて焼き払うために【火衝】を放つ。この火衝は放射上に広がるために、暴食の魚群のように複数の対象者をまとめて焼き払うような時に使われるのだ。
リッチの放った火衝は暴食の魚群を焼き払うかのように見えた。だが、魚達は口を開けるとリッチの放った火衝を食べ始めた。火の中を魚達は泳ぎ回り口の中に呑み込むとリッチの放った火衝はまるで存在しなかったように消滅する。
火衝を食い散らかした魚達はリッチへ襲いかかる。リッチは防御陣を展開し魚達を防ごうとするが暴食の魚群の魚達はリッチの展開した防御陣すらも食い散らかし始めた。
防御陣の至る所に穴が空き、そこから魚達が侵入するとリッチを咀嚼しだした。リッチは手で魚達を打ち払おうとしたが次から次へと魚達はリッチに襲いかかりリッチの骨だけの体はあっという間に食い散らかされて消滅した。
リッチの消滅を確認したところでカタリナは地面をつくと魚達は煙のように消滅する。
あとにはリッチの骨が数欠片地面に転がっていた。
「「「わかったわ!!」」」
フィアーネ、レミア、フィリシアがアレンの指示を受け快諾するとデスナイト、死の聖騎士達を迎え撃った。
デスナイトも死の聖騎士も普通ならば死を意識せずにはいられないレベルのアンデッド達だ。だが、この国営墓地の見回りに日常的に参加しているフィアーネ達にとっては『面倒くさいアンデッド』という相手でしかなかった。
増して今夜はアルフィス、アディラ達も参加しているため戦力は桁違いだった。
アディラはデスナイトの一体に向けて矢を放つ。そのデスナイトは盾を掲げていたが、アディラはそんな事お構いなしに矢を放ったのだ。
アディラの矢はデスナイト盾に突き刺さる。そしてその瞬間に鏃に込められた【浄化】が発動する。デスナイトの体は瘴気によって形成されているのは、もはやアレン達にとって常識であった。そしてデスナイトの持つ剣と盾も瘴気で作られている。要するに体も武器も核から放たれる瘴気から作られているので、盾を消滅させるのも腕を消滅させるのもデスナイト与えるダメージは大して変わりないのだ。
そのためアディラは【浄化】を使うときには相手が盾を構えようが気にせず放つようにしているのだ。
パァァァァン!!
鏃に込められた【浄化】が発動し、破裂したような音と共にデスナイトの盾と左腕が消滅した。
デスナイトは消滅した左腕を再生させようとするがその時間は与えられない。そんなおいしすぎる隙をアレンの婚約者達は見逃すことは決して無いのだ。
フィアーネは一瞬、再生のために硬直したデスナイトの間合いに飛び込むと同時に掌抵を放ちデスナイトの核を破壊する。フィアーネの掌抵はすさまじい威力でデスナイトの核を砕いたのだ。
核を撃ち抜かれたデスナイトは苦悶の表情を浮かべると塵となって消え失せる。
「アディラ!!」
デスナイトが消滅した瞬間にアレンの口からただ一言『アディラ』を呼ぶ声が発せられる。
アディラはその言葉を聞いた瞬間に前へと飛び出した。アディラが一瞬前にいた空間に仮面の剣が振り下ろされる。アディラは五歩ほどの距離をとると弓を投げ捨て腰に差していた剣を抜き放つ。
アディラはアレンが自分の名を叫んだ瞬間に『敵が攻撃してくる』と一瞬にも満たない間で察するとその場を動いたのだ。
振り向いたアディラの目には仮面が剣を構えている。
メリッサが剣をエレナが杖をそれぞれ構えると仮面へ挑んだ。メリッサとエレナの実力は並の兵士達ではまず勝負にならないすばらしい実力の持ち主だ。だがそんな彼女たちであっても仮面の相手は荷が重い。
メリッサもエレナも自分達の実力では仮面を斃す事は不可能であることを知っていたので数合打ち合い、時間を稼ぐつもりだったのだ。それは半分成功した。メリッサもエレナも時間を稼ぎアディラの安全を確保し、アレンかアルフィスか助けに入るまで時間を稼ぐつもりだったのだ。
だが、ここで二人が予想もしなかった事が展開された。なんとアディラが仮面に斬りかかったのだ。メリッサもエレナもアディラの安全確保が最優先だったのにそのアディラが危険に飛び込んできたのだ。
もちろんアディラには何の考えもなく仮面に向かったのではない。きちんとした勝算があったのだ。より正確に言えば仮面に痛覚がないことによる隙を突く事にしたのだ。その隙とは最初の『不意討ち』の時に放ったアディラの矢である。
仮面はその矢を左腕で受けた時に抜くことをしなかった。未だに左腕に突き刺さっていた状況だったのだ。アディラは鏃に込めた【爆発】を展開させる。
バァァァン!!!
アディラの【爆発】は仮面の腕の中で破裂したために外への影響はそれほど大きくない。だが仮面の左腕は吹っ飛び肉片が撒き散らされる。硬直する仮面の左側を守るものは何もない。
アディラは剣を横に薙いだ。アディラの剣は仮面を斬り裂き、左目の部分に到達する仮面の斬り裂かれた部分から血が噴き出している。アディラ達の思わぬ反撃に仮面は再び煙の様に消えまたも離れた場所に転移する。
「アディラ様、あんまり無茶をしないでください」
「ごめんね心配かけて、でもメリッサとエレナがいるから大丈夫だと思ったの」
「それでも寿命が縮むような事は控えてくださいね」
「は~い」
アディラはメリッサとエレナに窘められ殊勝げに頷いてみせるが、それほど深刻にとらえている様子はない。メリッサ、エレナへの信頼があるためにアディラは深刻にとらえることはしなかったのだ。
もし、これがアレンレベルの強者が敵だった場合、アディラはメリッサとエレナの言うことを素直に聞いていただろうが、仮面は確かに強敵であったがまったく歯が立たない相手ではないと思っていたのだ。
「さて…予定がかなり狂っていますね。まぁ…あちらもそうでしょうけど」
フィリシアが死の聖騎士の核を斬り裂き消滅させると仮面を見て言う。
当初の予定ではフィアーネ達がアンデッドを蹴散らしている間に仮面をアレンとアルフィスが始末するというものだったのだが、仮面はアレンの実力を恐れているのか、はたまた何かしら作戦なのかはわからないがアレンと真っ正面から闘おうとはしなかった。
そこでもっとも近接戦闘が不得意なアディラに狙いを絞ったのだろうが、アディラはアディラでその予想を裏切り逆に仮面に手傷を負わせていたのだ。
アレン達と仮面の戦いはお互いの予定が大きく狂うという戦いになったのであった。
実は『仮面』は当初あっさりとやられる予定だったんですが、何か頑張ってます。




