聖女Ⅱ⑨
「よろしくお願いします」
アレンの前にファリアとシドが頭を下げている。
「あ、あの頭を上げてください」
アレンの戸惑った声が発せられる。
今、ファリアとシドがアレンに頭を下げている場所はローエンシア王国の王都フェルネルにあるアインベルク邸のアレンの執務室である。この場にいるのはアレン、レミア、フィリシア、カタリナ、シア、ジェド、ファリア、シドである。
朝食を終えまったりとしようとしたところに、ロムから来客があると告げられ会ってみると友人のシアとジェドの後ろにラゴル教の聖女であるファリアと護衛騎士のシドがいたのだ。
混乱するアレン達一行であったが、執務室に通しファリアとシドの要件を聞こうとしたところ突然、頭を下げられたというわけであった。
聖女と護衛騎士が朝一番に訪れ、いきなり頭を下げ頼み事をするというのはさすがにアレンであっても戸惑わずにいられない。事情を知っているであろうシアとジェドをアレン達が見るのは当然であった。
「え~と…二人ともどういうこと?」
アレンの言葉にシアとジェドも困り顔だ。自分達も『どうしてこうなった?』と疑問を感じているようだ。
「え~と、実の所、俺達もどうしてこんな流れになったのかがよくわかっていないんだ」
「そうなのよ、ファリアとシドがどうしてもと言うから…」
シアとジェドの言葉にアレン達は『?』という表情を浮かべる。それよりもシアとジェドの言葉に重大な問題があることをアレン達は気付いていた。
シアとジェドはラゴル教の聖女であるファリアの事を『ファリア』と呼び捨てにしていたのだ。
「おい、二人とも聖女様を呼び捨てにするなんて…」
アレンの言葉にシアとジェドは慌てて弁解する。
「いや、アレン勘違いするな。俺達だって自分からファリアを呼び捨てにし始めたわけじゃないぞ。ファリアたっての願いだからだ」
「そ、そうよ、私達だってファリアを呼び捨てにしちゃったりしてるのにまだ戸惑ってるのよ」
必死の弁解にアレンはそれ以上の追求を止めることにする。
「先輩方には私が無理を言って呼び捨てにしてもらってるんです」
ファリアがシアとジェドのフォローに入る。本人達が納得しているというのならアレンとしたら別に咎めるつもりはない。
「はぁ…それはわかったけど、どういう流れだ? 教えてもらっていいか? ついでに言えばいきなりお願いされても…どうしてそうなるという戸惑いしかないんだが」
アレンの言葉にファリアは事の顛末を話し始めた。
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「ファリア様…」
「はい」
最後の守護者が消滅したことを確認するとエレリアがファリアを室内に促した。
『リキオン』にかけられた呪いを浄化するためにここまで来た以上、目的を果たすのは当然の流れだった。
ファリアは儀式を行い、『リキオン』にかけられた呪いを解くことに成功する。このように表現すると守護者がいなければ簡単に呪いを解くことができると思われがちであるが、かけられた呪いは死の隠者がかけたものであり並の神官では近付くことすら出来ない。
『暁の女神』も絶大な実力を持っているにも関わらずファリア達がくるまで動こうとしなかったのはこれが理由である。もし守護者が一度斃しても『リキオン』にかけられた呪い自体を解呪しない限り再び現れるとしたらまったく意味がなくなるからだ。
ユイメも神官戦士として解呪をある程度修めているが『リキオン』にかけられた呪いを解くことは出来ない。一度リリアが『やってみる?』と言ったのだがユイメは即座に『あんな呪い私に解けるわけ無いでしょ』と断った。
ファリアの解呪、浄化の腕前はそんなレベルであるのだ。
『リキオン』の呪いを解き約200年ぶりに神盾がラゴル教団に戻ることになったのだが護衛騎士達の表情は暗いままであった。守護者との戦いで自分達の実力の無さを突きつけられたように感じたからだ。
特にシドは自分と同年代であるシアとジェドの強さに興味を持ち、色々と話かけていた。その結果、『先生』がいるという言葉に反応したのだ。
シドは自分もその先生に弟子入りすれば『今よりも強くなれるのではないか』という思いが自然とシアとジェドに頼み込むという行動をとらせていた。
二人は驚いたがシドは本気であった。そしてそのシドの行動に意外にも護衛騎士達も乗ってきた。そして一番の驚きは聖女であるファリアも参加したいと言い始めた事である。
この行動には全員が唖然としたのだが、ファリアもまた本気だったのだ。今回の戦いを見ていて護衛騎士達の手に負えないような事が起こった時に常に外部の手を借りねば対処できないという方がはるかに危険であると考えたのだ。
ファリア達一行は冒険者達を連れて総本山に戻ると事の顛末を教皇に伝えると教皇達はファリア達が任務を見事成し遂げ『リキオン』を取り戻したことを大いに喜んだが、修行に出たいという言葉を聞いて笑顔が凍り付いた。
しばらく押し問答が続いたが、ファリアは折れることなく教皇、コルキス枢機卿を説得し続け修行に出ることを許可させたのだ。
修業先は王都であるアインベルク侯の元である事を聞き顔を曇らせたが、ファリアの『最終的に私達の実力が上がればラゴル教団の名誉となる』という言葉にしぶしぶながら納得する。
教皇、コルキス枢機卿も従来の実力では最終的に救いを求める者達を救えなくなることを感じていたのだ。
教皇達は決断した以上、もはや迷わなかった。すぐに根回しを始め、ジュラス王、宰相エルマイン公、軍務卿レオルディア侯に要望を出しアインベルク侯の外堀を埋め始めたのであった。
そして、ジュラス王達の許可を得た事でファリア達が一足先にアレン達の元にやってきたという事だった。
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「え~と…つまり聖女様達はロムとキャサリンに弟子入りしたいというわけですか?」
アレンの言葉にファリアとシドは大きく頷く。
あまりの展開にアレン達は呆気にとられている。いくらなんでも聖女一行がまとめてアインベルク家の執事であるロムに弟子入りするなんてことを想定しておけと言う事自体がありえないだろう。
だが、もはやアレンとしてみれば外堀を埋められている以上反対をする事は出来ない。というよりも弟子入りを望んでいる相手がロムとキャサリンである以上、判断は二人に任せるべきだろう。
「わ、わかりました。でも、あくまで聖女様達が弟子入りする相手はロムとキャサリンですので、二人の許可をもらうべきです」
アレンの言葉にファリアとシドは頷く。
「それはもちろんです。それでですね…アインベルク侯」
ファリアの言葉にアレンは『なんでしょう?』と穏やかに返答する。
「もし弟子入りが求められた場合には私達の事は呼び捨てで呼んで欲しいのです」
「え?」
「聖女であるという意識があれば遠慮が生じることになり成長が阻害されると思うからです。シアさんとジェドさんも納得してくれましたので、ぜひアインベルク卿達にもそのように呼んで欲しいのです」
ファリアの言葉にアレンは考え込むが多分折れることは無いだろうと思う。シアとジェドの様子を見てそれを察したのであった。意外とこの聖女様は決めたらテコでも動かないという少女なのかも知れない。
「う~ん…わかりました。まぁその時には俺達の事もアレンとか名前で呼んでください」
アレンの言葉にファリア達は笑う。
この後、ロムとキャサリンはファリア達の件を快諾する。
こうしてアレン達の元にラゴル教の聖女ファリアとその護衛達がアインベルク邸に出入りすることになったのであった。
どんどんロム、キャサリンの重要度が増してくる…。この『聖女Ⅱ』編は書いてたら当初の予定とかなり変わってしまいました。
作者自身がこの展開に一番驚いています。




