聖女Ⅱ⑤
転移が終わると聖女ファリア一向の計10人の目の前に古城が目に入る。古城と言っているがこの城の名は『エルゼンブルグ』という。もともとエーゼル地方を治める領主の城であったのだが死の隠者の占領により、放棄した城である。
もちろん当時の領主は取り戻そうとしたのだが死の隠者はエルゼンブルグ城周辺の土地に瘴気をばらまき、穢れた土地と化してしまったのだ。 死の隠者という強大なアンデッド、取り戻した後の瘴気の浄化を考えると領主の有する軍事力、経済力ではエルゼンブルグを取り戻す事は不可能であった。
それから100年以上が経ち、代替わりを重ねるうちに領主の奪還の意識は薄れていったわけだ。
だが、ここにきて死の隠者が『リキオン』を所持していることを知ったラゴル教団が『暁の女神』に奪還を依頼したのだ。
ファリア一向は『暁の女神』と配下のアンデッド達との戦闘の後が色濃く残る古城を歩く。
「相当激しい戦闘があったみたいね」
エレリアが呟くとエンリケが同調する。
「ああ、それだけここを占拠した死の隠者が強力だったわけだな」
「でも、それを斃したっていう『暁の女神』の方もすごいよな」
エンリケの言葉に即座に反応したのは護衛騎士のギリアムだ。このギリアムという護衛騎士は現在22歳、陽気な性格であるが仕事に対しては真剣に取り組む姿勢を周りに評価されていた。
「はい『暁の女神』は確か5人だけという話ですが、その実力は明らかに群を抜いていますね」
シドが周囲を見渡しながらこれから会う『暁の女神』との邂逅を楽しみにしているようだ。声に珍しく弾んだものが含まれている。
「ああ、『暁の女神』って確か、ゴルヴェラ討伐に参加したって話だろ。噂以上の実力の持ち主と考えても良さそうだな」
シドにそう言ったのはジェイク=レオスだ。年齢は28歳で面倒見の良い性格でシドを年の離れた弟のようにみている。実はファリアとシドの仲が進展することを誰よりも楽しみにしている。
4人兄姉弟の末っ子であり昔から兄貴風を吹かしてみたいと思っていたらしい。既婚者で妻も末っ子であったために兄貴風を吹かせる相手がシドとなったわけだ。シドもジェイクを頼れる兄貴分と考えているようであった。
「ゴルヴェラって言えば応援に頼んだ『ミスリル』クラスの冒険者2人もゴルベラ討伐に参加してゴルヴェラを直接討ち取った猛者らしいわよ」
「へ~という事はアインベルク侯とも面識があるということか」
シュザンナのもたらした情報は転移塔に行く前に仕入れていたものだった。
「お前達、話はそこまでだ」
副隊長のカハラが言うと護衛の騎士達はバツが悪そうに口を閉じる。
ギィ…
扉を開けて城の建物の中に入るとそこにはラゴル教の神官服に身を包んだ者とは別に何人かの男女がいる。どうやらこれが今回の応援に来てくれた冒険者達だろう。女性6人、男性3人という組み合わせに驚くことはファリア達はしない。『暁の女神』の構成は女性のみというのは周知だったからだ。
「初めまして冒険者の皆様方、ラゴル教で聖女の任に就いているファリア=マクバインです。ご協力を感謝いたします」
ファリアが一礼すると冒険者達もきちんと返礼した。
「ご丁寧にありがとうございます。聖女ファリア様、お目にかかれて光栄です。私は『暁の女神』のリーダーであるリリア=レグメスです」
暁の女神のリーダーであるリリアが自己紹介すると他の冒険者達も挨拶を行う。
「『暁の女神』のエヴァンゼリン=マキオンです」
「『暁の女神』のミア=レムです」
「『暁の女神』のアナスタシア=レーギットです」
「『暁の女神』のユイメ=クルゴスです」
『暁の女神』のメンバー達は短い挨拶であったが一部の隙も見つけることは出来ない程だ。また『暁の女神』のメンバーはかなりの美人揃いだ。戦士であり女性らしさを感じさせない体型のエヴァンゼリンですら中性的な美人である。
「俺は『オリハルコン』クラスの冒険者、エルド=ジーレンだ」
エルドと名乗った冒険者は30代になったばかりであろう。堂々たる体躯に精悍さを称えた自信を含んだ表情は頼りがいがあった。
「俺も『オリハルコン』クラスの冒険者でデイバー=レドヴォル、よろしくな」
デイバーと名乗った冒険者は20代後半といったところだ。小柄であるが引き締まった筋肉が豹のような印象を与える。
「あ、俺は『ミスリル』クラスの冒険者のジェドと言います。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる冒険者の少年の若さに護衛の騎士達は呆気にとられる。『ミスリル』の冒険者と言う事は先のゴルヴェラと戦い直接討ち取った冒険者であるということだ。見かけは普通の少年だが見かけ通りの実力でない事は明らかだった。
「初めまして、私は『ミスリル』クラスの冒険者のシアといいます。ジェドとコンビを組んでいます。よろしくお願いします」
ジェドと同じように頭を下げる少女にまたしても驚く。栗色の髪を三つ編みにした目がくりっとした可愛らしい少女だが、この年齢でミスリルにまで到達するというのは並大抵の実力でないと察する。
冒険者側の挨拶が終わったのでファリアの一向も自己紹介を返す事にした。護衛隊の誠意ある挨拶に冒険者側も幾分安堵したようだ。
聖騎士の中には冒険者を露骨に見下す者がいるため、冒険者側もどうやら身構えていたようだった。
互いの自己紹介が終わるとリリアが守護者と現状について説明する。
「守護者は身長2メートル程、頭部は髑髏、体の部分には全身鎧を身につけています。手には刃渡り1メートル程の長さの長剣、円形の盾を持っています。剣術は正統派の剣術を使ってきます」
リリアのもたらした情報に冒険者、特にジェドとシアは真剣に聞き入っている。
「リリアさん、その守護者は魔術を使うのですか?」
質問したのはシアだ。シアの格好から魔術師である事は間違いない。そこから相手が魔術を使う場合は矢面に立つつもりであるのだろう。
「いえ、前回においては守護者達は魔術を一切使ってこなかったわ」
リリアの言葉にシアは頷くが疑問を呈する。
「あの、リリアさん…今、守護者達って言いませんでした?」
シアの言葉に他の冒険者達も頷く。
「ええ、守護者は複数出現するわ。その数は全部で4体…」
リリアの言葉に全員が沈黙する。そこにジェドが口をはさむ。
「う~む…かなり厄介ですね。魔術を使わなかったという話から使えないのか、それとも使わなかったのか確証はありませんし、前回は4体でしたが今回も4体とは限りませんもんね」
ジェドの言葉にファリア達は驚く。ファリア達はリリアからもたらされる情報を額面通り受け取っていたのだが、ジェドはその先の事の心配をしているのだ。もし、想定していた以上の事が起これば人はその衝撃に思考が止まってしまうこともあるのだ。
ジェドはそのような事がないように予め想定をしておく性格らしかった。
「確かにそうね。私達の情報は無いよりマシだというレベルで聞いておいてください」
リリアの言葉に全員が頷く。
(すごいな…ジェドさんもシアさんも危機意識が違う。私達とほとんど年齢も変わらないのに…)
ファリアはジェドとシアに尊敬の念を持ち始めている。護衛の騎士達も同様のようであった。
「続けるわね。守護者達は『リキオン』を守るように常に側にいるわ。ただ部屋の外までは追ってこないみたい」
「部屋の中までが活動距離というわけですか?」
リリアからもたらされた情報にエンリケが反応する。
「はい、失敗したゴイヤーグ卿と護衛の騎士達を助ける事が出来たのはそのためです」
「なるほど、それではファリア様は部屋の外で待機していただき、守護者達を討ち取ったら浄化をするという方法をとったらどうでしょう?」
「私達もそう考えています。聖女様には守護者達を私達が討ち取ったら儀式を行ってもらいたいと思います」
エンリケの提案にリリアは賛同する。エンリケの言った作戦が今のところ一番安全だ。聖女を守りながら強力な守護者を相手にする方が余程難易度が高い。
「しかし…私だけ…」
ファリアの顔が沈む。頭ではそれが一番安全勝つ難易度が下がることはファリアは頭ではわかっているが自分だけ安全な所にいるというのはファリアにとって抵抗があったのだ。
「何を勘違いしている」
『暁の女神』のエヴァンゼリンはファリアに向けて厳しい口調で言う。
「ファリア様、あなたのやるべき事は神盾『リキオン』の呪いを浄化すること。守護者を斃す事では無い」
「ちょっとエヴァンゼリン」
エヴァンゼリンの言葉に『暁の女神』の面々が止めに入る。ところが仲間達の制止を意に介すること無くエヴァンゼリンは話を続ける。
「いや、大事な事じゃ無いのか? ファリア様の任務は『リキオン』にかけられた呪いの浄化、我々の任務はその露払い。その事をあなた自身が忘れられては困る」
エヴァンゼリンの言葉は正論であった。自分一人が安全な所にいることに抵抗があるというのは所詮はファリアの個人的な感傷にすぎない。
「確かにそうです。私は私の使命を全うすべきでしたのに、みなさんの使命に不当な干渉を行う所でした。申し訳ありません」
ファリアは恥じ入り一同に謝罪する。素直な謝罪を受けてエヴァンゼリンも態度を軟化させる。
「いや、わかってくれれば良い。キツイ言い方をしてすまなかった」
エヴァンゼリンも自身の態度を謝罪する。止めるためとはいえキツイ言い方をしてしまったのだが、自分の命を張ろうとする姿勢にはエヴァンゼリンをはじめ冒険者達も好感を持ったのだ。
「まぁ、謝罪合戦はその辺にして…」
リリアがやや強引に話を戻す。
「4体の守護者達の割り振りを決めてましょう。私達『暁の女神』が一体を受け持ちますね」
「じゃあ、俺とデイバーで一体を引き受けよう」
「俺とシアが一体を引き受けます」
「それでは残り一体を俺達聖騎士で受け持つという事にする」
「それでは、最初はこの割り振りで行きます。自分達の担当の守護者を斃したら他のチームを援護するという事で大丈夫ですね」
「「ああ」」
「「「はい」」
「了解だ」
それぞれが承諾の意を見せるとリリアは満足げに頷く。
「それでは行きましょう。ついてきてください」
リリアはそう言うと一同を先導する。いよいよ神盾『リキオン』を取り戻す任務が始まるのであった。




