聖女Ⅱ④
執務室を出たファリア達は護衛隊の控え室に真っ直ぐ向かう。
「みなさん、これから任務です。準備をお願いします」
扉を開け放ったファリアは護衛隊のメンバーにいきなり告げる。いきなりの事に護衛隊の面々は明らかに面食らっていた。のんびりと茶菓子などを食べていた面々はみな気まずそうに手に取っていた茶菓子を戻している。
誤解しないで欲しいのだが、護衛隊の面々は仕事をさぼっているわけでは無かった。すでに本日分の書類業務を終わらせており休憩していたのだ。
「え?任務ですか?」
護衛隊隊長のエンリケが呆けた顔でファリアに返答する。今日は浄化任務がないと聞いていたのでファリアのいきなりの登場に面食らったのだ。
「はい、ケスター隊長、みなさん聞いてください。大変重要な…そして難易度の高い任務ですから気を引き締めてください」
ファリアの言葉に護衛隊の面々の雰囲気が変わる。先程までののんびりとした空気は完全の霧消してしまっていた。
「ファリア様、任務の内容を教えていただけますか?」
エンリケは護衛モードに完全に切り替わっており、優秀な聖騎士としての振るまいとなっている。
「はい、今回の任務は我らラゴル教団の至宝である神盾『リキオン』の回収です」
ファリアの言った『リキオン』という単語に護衛隊の面々は驚く。約200年前の失われた秘宝が見つかったというのだ。驚くなと言う方が難しいだろう。
「ファ、ファリア様…今何とおっしゃられました?」
副隊長のカハラがファリアに聞き返す。あまりの内容に聞き間違いをしたと思ったのだ。
「神盾『リキオン』です。約200年前に奪われたラゴル教団の至宝です」
ファリアのはっきりとした言葉に護衛隊の面々は動きが止まる。しばらくの静寂の後に歓声が上がる。
「うぉぉぉぉ」
「まさか、本当に?」
「よっしゃああああああ」
パンパン!!
護衛隊の面々のテンションの高さにエレリアが手を叩く。その音に気付いた護衛隊の面々は自分達が興奮していることに気付き途端に静かになる。
「失礼しました。ファリア様ご説明をお願いします」
エンリケが自分達の行いを誤魔化すようにひたすら冷静を装いファリアに説明を促す。
「はい、神盾『リキオン』を所有していたのは死の隠者だったようです。ですがその死の隠者は『オリハルコン』クラスの冒険者チームである『暁の女神』が討伐しているとのことです」
敵はすでに討伐されているという事実に護衛騎士達は悔しそうな顔をする。自分達の手で取り返したいという想いがあったのだろう。ファリアはその事には触れずに続ける。
「ところが『リキオン』には厄介な呪いがかけられているとのです」
「呪いだと…」
ファリアの言葉に護衛のメンバーの一人であるギリアムが死の隠者へ怒りを込めた声が発せられる。神盾を穢す行為に怒りが湧くのも当たり前だった。
「はい、その呪いを浄化するためにゴイヤーグ卿が赴きましたが失敗したそうです」
「な…」
「ゴイヤーグ卿が…」
ファリアのもたらした情報は護衛の騎士達を動揺させる。ゴイヤーグの実力を知る彼らからすればゴイヤーグが失敗したという事自体が信じられなかったのだ。
「ゴイヤーグ卿とその護衛の騎士達は重傷だそうです」
「…」
「ゴイヤーグ卿達を救ってくれたのは『暁の女神』の方々だったとの事です」
「…」
「我々はこれから『リキオン』の呪いを浄化するために現地に赴きます」
ファリアの言葉が進むうちに護衛騎士達の顔から緩みが消えていく。いや、正確に言えば緊張が高まっていってるのだ。
「すでに現地には『暁の女神』に加えて、『オリハルコン』クラスの冒険者が2人、『ミスリル』クラスの冒険者が2人、応援として派遣されているとのことです」
「…増援が」
「はい、ゴイヤーグ卿が負傷したと同規模の護衛では不足という教皇猊下の判断です」
「…」
護衛騎士達の顔が曇る。見ようによっては護衛騎士達の能力不足を指摘されたと同義だからだ。もちろんファリアの安全という点では増援がある事ははるかに良いのだ。だが頭ではわかっているのが感情がそれを容易に受け入れてくれなかった。
「しょうがないじゃない」
エレリアの言葉に護衛騎士達は一斉にエレリアを見る。エレリアはすでに執務室でその旨を聞いていたため受け入れているようである。実際に自分達の護衛力とゴイヤーグ卿の護衛達の間にそれほどの差はない。その護衛達が為す術無くやられたという以上、自分達のもファリアを守り切れるはずはない。
「ゴイヤーグ卿の護衛達は為す術なくやられたらしいわ。私達の使命はファリア様を守り切る事よ。そのためであれば私達の感情を優先させるべきじゃ無いわ」
エレリアの言葉に護衛騎士達は沈黙する。
「まぁ…外部の方に助けてもらうのが嫌だと言ってもすでに2回も我々は助けてもらってますからね」
すでに気持ちの整理をつけているシュザンナが言う。そして2回という言葉に一人の人物が思い浮かぶ。
「エレリアとシュザンナの言うとおりだな」
エンリケが口を開く。
「すでに外部のアインベルク卿に我々は2度助けられた。にもかかわらずその我々が外部の者の手助けを拒むというのは単なる我が侭だな。我々の誉れはファリア様を守り切る事にあるのだ。その誉れに比べれば我々の面子など取るに足らぬ事だ」
エンリケの言葉に一応納得したのか護衛騎士達は頷く。そこにファリアが口を開いた。
「誤解しないで欲しいのですが私は皆さんを信じていないわけではありません。私が浄化を成し遂げることが出来ていたのはすべて皆さんが護衛してくれてたからです。浄化の儀式を行う際に私は完全に無防備になります。私は皆さん達の護衛無しには浄化を成し遂げることは絶対に不可能なのです」
ファリアの言葉を護衛の騎士達は静かに聞いている。
「私は皆さんを信頼しています。そして冒険者の皆さん方も信頼したいと思います。皆さんも同じように冒険者の方々を信頼してもらいたいのです。私達は個人個人では大した事は無いのです。ですが、私達が一丸となればどんな任務であっても成し遂げられるはずです」
ファリアの言葉に護衛の騎士達は頷く。
「そうだな…俺達はとっくにアインベルク卿という外部の方に助けてもらったのだ。アインベルク卿は良くて冒険者の助けは駄目だというのは理屈としておかしいな。素直に冒険者達と力を合わせるべきだな」
シドがはっきりとした言葉で言う。
「そうだな…」
「これ以上の不満は単なる恥の上塗りだな」
「ああ」
護衛の騎士達はそれぞれの表情で呟く。だが、その表情に自嘲は一切見られない。全員の表情に覇気が見える。
「ファリア様、お見苦しい所をお見せいたしました。ファリア様の護衛任務は応援の冒険者の方々と協力して必ずや成し遂げて見せます」
護衛隊長のエンリケがファリアに一礼すると他の騎士達も揃って一礼する。ファリアはニッコリと微笑むと口を開く。
「よろしくお願いします。それではエーゼル地方にある古城に『リキオン』はあるとの話ですので、すぐに準備をお願いします。すでに冒険者の方々は待機しているとのことですので急いでください」
「よし、すぐに準備に入れ」
「「「「「はっ!!」」」」」
エンリケの命令に護衛の騎士達はすぐに準備にとりかかる。
「それではケスター隊長、私も準備をします。準備を終えれば転移塔の前で待機しておいてください」
「了解いたしました」
エンリケの言葉を受けてファリアは微笑むと準備のために自室へと歩みはじめた。




