聖女Ⅱ②
自室を出たファリアはエレリア、シュザンナを伴いコルキス枢機卿の所に任務内容を聞くために向かおうとしたのだが、すぐにシュザンナに止められる。
「聖女様、今回はコルキス枢機卿の所ではなく教皇猊下のもとにございます」
「え?」
「シュザンナ…教皇猊下が直々に聖女様へ浄化任務を?」
「はい」
シュザンナもエレリアも完全に仕事モードに切り替えており、先程までのファリアの自室においての態度とはまったく異なっている。
しかし、ファリアを驚かせたのは2人の口調の変化などではなくその内容であった。
通常、ファリアに任務を伝えるのは浄化の責任者であるコルキス枢機卿の仕事だった。コルキス枢機卿はファリアと同年代の孫娘がおりファリアを孫娘のように可愛がっている。そのため過酷な任務につくファリアに対し色々と便宜を図ってくれていた。かといって甘やかすような真似は決してせずに時に優しく、時に厳しい恩師のような人物だ。
「シュザンナ、コルキス枢機卿にもしや何かあったのですか?」
ファリアの不安げな声が発せられる。コルキス枢機卿がファリアに直接任務を伝えなかったのは責任者に就任してから1度だけだった。その1度は禁忌の騎士が発生した事例ただ1回だ。ファリアがそのためにコルキス枢機卿を心配したのはある意味当然だったのだ。
前任のエゴル=コーサス枢機卿は反対にファリアを利用する事ばかり考える人物でファリアへの任務を告げるのも人を介して行っていた。そのくせ手柄だけは自分が持って行こうとする人物だったので正直な話、ファリアの護衛を務める者達は苦々しく思っていた。
そのエゴルが調子に乗って国営墓地の浄化を言いだし、そこで死んだ事に対してラゴル教団の者達の中で悲しんだものを見つけるのは非常に苦労したものだった。
しかも、エゴル自身がラゴル教団の名で勝手に『どのような損害の責任もラゴル教団にある』という公文書にサインしたことにより国に対して文句を言う事は出来なかった。
それどころかジュラス王は『こちらの警告を無視して聖女を危険にさらし、政争に巻き込むとは何事だ。綱紀粛正を求める』という直筆の抗議文を送りつけさえしてきたのだ。
しかも、ジュラス王はラゴル教団が聖女を利用している旨までも大々的に発表してしまった。これにより、信者の人気のあるファリアの危機として教団幹部に対する批判が一気に高まった。
市井からの人望厚いコルキス枢機卿をファリアの上司に就任させることで、何とか信者達の怒りを沈静化させることができたのは幸いだった。教団としてはジュラス王のやり方に腸が煮えくりかえる思いであったが完全に証拠を押さえられた上に発表されたため、ジュラス王に対して抗議することすら出来ない。
神の権威を後ろ盾にするラゴル教団であったがジュラス王の手腕に対して手も足も出なかったのだ。同時にファリアを利用しようとする者も一気に減ったのは、このジュラス王の睨みが聞いていた事も間違いなかった。
「いえ、コルキス枢機卿が教皇猊下が今回はお伝えするからと言われました。コルキス枢機卿は教皇猊下のもとにいらっしゃいます」
シュザンナの言葉にファリアはほっと胸をなで下ろす。
「わかりました。謁見の間ですか?執務室ですか?」
「執務室という話でございます」
ファリアの言葉にシュザンナが答える。ファリアが謁見の間か執務室を聞いたのは任務内容を予め推測するためである。
もし謁見の間であれば任務の内容は教団にとって誉れとなるものであり大々的に宣伝として使われる類のものである。前回の禁忌の騎士の討伐については謁見の間で行われたのだ。
そして執務室の場合は、あまり公に出来ない内容であった。と言っても悪逆非道な事を聖女にやらせるという事はない。教団の他の神官達が手に負えなかった、失敗した浄化任務を行う場合は執務室に呼ばれるという事があったのだ。
今回は執務室に呼ばれたと言う事は他の神官達が何らかの浄化任務に失敗したと言う事を意味していた。
「では急ぎましょう」
「「はっ!!」」
ファリアの言葉にエレリアとシュザンナが短く返答するとファリアは教皇の執務室に向かった。
執務室に入るとラゴル教団の教皇であるユグディアティス4世がまずファリアの眼に写る。教皇の隣にはコルキス枢機卿の姿もあった。
ユグディアティス4世は現在52歳、ややふっくらとした体格で人の良さそうな印象を与える。実際、かなり穏やかな性格をしているがラゴル教団の教皇としての手腕はかなりのものだ。
ジュラス王の介入ともとれる事に抗議を利用して一気に反対派を追い落とす手腕は彼が決して温和なだけの人物というわけではなく強かな政治家である事を示していた。
ジュラス王はジュラス王でこのユグディアティス4世の政治的手腕を利用してラゴル教団に釘をさしたのである。
「ファリア、急遽呼び出してすまない」
教皇の傍らに立つコルキスがファリアに言う。
「お心遣い痛み入ります。ですがこれも聖女としての大事な務めでありますので」
ファリアの言葉にコルキスは微笑む。
「そうか…それでは猊下…」
コルキスはユグディアティス4世に促す。
「ふむ、聖女についてはこの執務室に呼ばれた事でそれなりに察していることであろう?」
ユグディアティス4世はファリアに尋ねる。
「はい、私がここに呼ばれると言う事はラゴル教団の誰かが浄化任務を失敗したと言う事、そして…教皇猊下自らが伝えるという事は重要度は桁違い…ということでございましょう?」
ファリアの返答にユグディアティス4世は満足げに頷く。
「さすがに察しが良いな。その通り今回、聖女であるそなたの任務は『リキオン』だ」
「リキオン…見つかったのですか!?」
ユグディアティス4世の発した『リキオン』にファリアだけでなく、背後に控えるエレリアとシュザンナも驚きの反応を見せる。
ユグディアティス4世はファリアに詳細な説明を行う。
『リキオン』とはラゴル教団の聖杖『エフェルミア』と並ぶ至宝の盾である。リキオンは物理的のみならずありとあらゆる魔術すら防ぎきると言うまさしく神の盾であった。
ところが『リキオン』は約200年前にラゴル教団を襲撃した魔人『ヤール』によって強奪されたのだ。当然、ラゴル教団は討伐隊を組織し魔人ヤールを討ち取ったのだが『リキオン』を回収することは出来なかったのだ。
どうやら魔人ヤールは『リキオン』の奪取を何者かに頼まれてラゴル教団を襲撃したらしい。
それからラゴル教団は『リキオン』を探し続けていたのだが最近、エーゼル地方の古城に住む【死の隠者】の『ジラドルグ』と名乗るアンデッドの元にある事を掴んだらしい。
教団は『オリハルコン』クラスの冒険者である『暁の女神』に奪還を依頼した。激しい戦いであったらしいが『暁の女神』は見事『ジラドルグ』を討ち取ったが『リキオン』はジラドルグにより瘴気によって穢されており『暁の女神』の面々であっても手が出せなかったのだ。
そこでラゴル教団が瘴気の浄化を行う事でリキオンを取り戻すつもりであったのだが、派遣された神官達は浄化に失敗したという話だった。
そこでラゴル教団は切り札である聖女ファリアのカードを切ることにしたらしい。
説明を受けてファリアは頷く。もとより断るつもりなど皆無だったのだ。だが、聞いておくことがあるため、ファリアはユグディアティス4世に尋ねる。
「教皇猊下…参考までに浄化に失敗した方の名を教えていただけませんか」
ファリアは別にその失敗した神官を辱める目的で聞いた訳ではない。誰が失敗したかによって任務の難易度が大凡わかるからだ。
「ルーク=ゴイアーグ卿だ」
「ゴイアーグ卿…」
ファリアはユグディアティス4世の答えに戦慄する。
その名はラゴル教団においてファリアに次ぐ浄化の実力を持つ者の名であったからだ。




