魔女⑨
アレン達は逃げたエルゴアを追って走り始める。
先頭はアレン、レミア、フィリシア、カタリナ、フィアーネの順番だ。それぞれ周囲を警戒しながらエルゴアを追っている。
「かなり離されたな」
アレンの言葉にレミアが声をかける。
「アレン、実際にあのエルゴアと戦ってどうだった。私の印象では力、速度はかなり上がってたけどそれ以外の変化は感じた?」
レミアの言葉にアレンは走りながら考える。レミアが言っているのは戦い方に何か変化があったかどうかだ。
「う~ん…正直な所、戦い方自体はこれまでのエルゴアとほとんど変わらない。知能も相変わらずのようだ」
「そう…じゃあ、それほど現時点では脅威ではないという事ね」
「ああ、戦法、知能が変わらない以上、脅威とは言えない。…だが」
「3体目からは分からないという事でしょう?」
「ああ、そういうことだ」
アレンとレミアの会話を残りの3人は黙って聞いている。
フィアーネとフィリシアは当たり前のように2人の会話を聞いているがカタリナは驚きのために声が出せなかったのだ。先程見たエルゴアの戦闘力は凄まじく脅威を感じていないアレン達に驚きを持つのは仕方の無いことだった。
(あれを脅威に感じないなんて…この人達っておかしくない?)
カタリナにそのように思われているとは露知らずアレン達はエルゴア達を追う。追っている最中にエルゴアが呼び寄せたと思われるアンデッド達を駆逐しながら走る。ついでに駆除されたアンデッドの中にはデスナイト、リッチが含まれていた。
カタリナはこの異常な戦闘力保持者であるアレン達を研究対象にすることを考え始めていたが、アレン達は当然ながらその事に気付いていなかった。
「アレン…」
「ああ、分かってる」
「こうなったら仕方ないです。せめて4匹目をとられないようにまず残り一体を始末しませんか?」
「私もフィリシアの意見に賛成」
「そうするか」
アレン達は会話を止め方向を変更する。
アレン達の向かう先ですでにエルゴア同士が接触しているのが分かったのだ。恐らくアレン達が到着したときには、すでに戦闘は終わっていることだろう。グズグズしていると残りの一体も吸収されかねないのでその前に残り一体を始末することにしたのだ。
アレン達が向かう先にエルゴアが一体呑気に歩いている。すでに相当数のアンデッド達を始末したのだろうかなり強化されたエルゴアである事がアレン達にはわかった。
「さて一気にやるぞ」
「「「うん」」」
アレンの言葉に婚約者達は短い返答で応える。カタリナは返事をしない。別に反抗心からでもなんでもなく異常な戦闘力を持つアレン達に『私って必要なのかな?』と思い始めていたのだ。
エルゴアは自分に向かってくるアレン達を見ると剣を振りかざし突っ込んでくる。
アレン達は散会すると、それぞれの方向からエルゴアに向かっていく。
真っ正面から向かっていったアレンは振りかざしたエルゴアの剣に魔剣ヴェルシスを振る。
キィィィィイン!!!
澄んだ音を響かせながらエルゴアの剣は真っ二つに折れ飛んだ。アレンが狙ったのはエルゴアの剣だ。魔剣ヴェルシスに魔力を流し込み強度を極限まで上げたアレンの斬撃はエルゴアの剣をまるで木の枝を斬り落とすように断ったのだ。
そこにフィアーネが跳躍すると狙い澄ましたように膝を顎に入れる。
ゴギャァァ!!
またも凄まじい音が響きエルゴアの顔がのけぞる。跳躍し膝を入れ地面にふわりと降り立つときにフィアーネのスカートが舞い上がったためにアレンの目には少しだけフィアーネのショーツが目に入った。
(…白だったな)
アレンは戦闘の最中であったがフィアーネの下着に目を奪われる辺りやはり健全な男子という事なのだ。その点について少なくとも彼を責めるのは酷というものだろう。少なくとも同性の支持は得られることは間違いない。
またフィアーネも実力を考えれば舞い上がるスカートを見せないようにするぐらいはやってのけれるはずだが、それをしなかったところをみると少しぐらいのイタズラ心があったのは間違いない。
アレンの視界に眼福ものの光景を見せている間にもレミアとフィリシアはエルゴアにとどめを刺そうと襲いかかる。
顎を砕かれたエルゴアであったが倒れ込む事は無くなんとか堪えたところにフィリシアの突きが心臓に放たれる。フィリシアの必殺の突きをエルゴアは両手を交叉して防ぐ。魔力による強化を行い通常であればフィリシアの剣ははじき飛ばされていたことだろう。
だが、フィリシアは最初の戦闘でアレンの斬撃をはじき飛ばしたのを目撃していた。当然ながらフィリシアは魔剣セティスに魔力を込め強化することでエルゴアの強化された腕を貫く。
だが、強化されていたエルゴアの交叉した腕をフィリシアの突きは貫いたが体までは到達しない。
「ちっ…」
フィリシアの口から不満の声が漏れる。不満の声が漏れた理由は致命傷を与えれなかった事と、エルゴアの両腕を貫いた剣を抜くことが出来なくなった事からだった。
だが、エルゴアはフィリシアに反撃することは出来ない。
なぜなら、レミアの双剣がエルゴアの左足を斬り裂き、次の瞬間に腹をもう一本の剣が貫いたからだ。エルゴアは腕に魔力を集中していたため、他の部位に魔力の強化を行う余裕がなかったのだ。
『ギィ!!』
エルゴアの口から苦痛の声が漏れる。その瞬間にフィリシアが両腕を貫いた剣を無造作に引き抜く。
そこにフィアーネが右拳を間髪入れずに叩き込むとフィアーネが狙った箇所はエルゴアの顎の先だ。そこを横から打ったことで激しく脳が揺さぶられエルゴアは倒れ込んだ。そこにフィリシア、レミアが剣を突き立てる。
ドシュ…ドシュ…
血が舞い散りエルゴアは宙に手を伸ばす。まるで流れ出す命を掴もうとしているかのようだ。だが、それはどうやら叶わなかったらしい。目から光が消え、伸ばした手が力を失い地面に落ちる。
「よし…やったな」
アレンの言葉に婚約者達はニッコリと笑い頷く。
「ねぇ~アレン♪」
フィアーネはニヤニヤしながらアレンに声をかける。アレンはその顔を見てから自分がフィアーネの下着を見たことがバレている事を悟った。
「見た?」
フィアーネの言葉にレミアとフィリシア、カタリナは首を傾げる。フィアーネはやはりアレンにだけ下着が見えるように計算していたらしい。
(なんて無駄な能力だ…)
アレンがそう考えて頭を抱えそうになったがそれを言うわけにはいかないので、とぼける事にした。
「いや、まったく見えなかったぞ」
「え~私達の活躍を見てなかったの?」
フィアーネの言葉にアレンは『うっ』と声を詰まらせる。フィアーネの次の言葉が予測出来たからだ。
「それとも他の何かに目を奪われてたのかな~♪」
フィアーネは予想通りの言葉を発する。
「いや、そんなことはないぞ。ちゃんと見てたぞ」
「え~さっきは見てなかったって言っておいて♪」
(うっぜぇ~~~~~~~~~~)
アレンはドヤ顔でからかうフィアーネに心底うぜぇと思ってしまった。
スパァァァァン!!
アレンはついフィアーネの頭をはたいてしまった。
「痛いじゃない!!何するのよ!!」
「それをいちいち説明せねばわかってくれんかね?」
「もう、過剰な愛情表現ね」
「よし、もう一発いっとくか」
「たはは、ゴメン、冗談はこの辺にするから」
アレンとフィアーネのやりとりを聞いていたレミア、フィリシア、カタリナは苦笑いを浮かべている。
「さて、エルゴアを始末したから逃がしたエルゴアはこれ以上強くなる事はないな」
アレンの言葉にカタリナが疑問を呈する。
「ん?でもさっきアンデッドを斃す事で強くなると言わなかった?」
「ああ、確かにエルゴアはアンデッドを斃す事で強くなるんだが、ある一定以上強くなるといくら斃しても強くならないんだ」
「そうなんだ」
「ああ、多少の変動はあるだろうがそれでもエルゴアを斃した程の急激に強くなる事はないさ」
「なるほどね」
アレンの返答にカタリナは納得したようだ。
「そこで、エルゴアをここで迎え撃ち始末することにしよう」
アレンの言葉に全員が頷く。
今夜の最終決戦の場が決まったのだ。




