魔女⑧
『ゴガァァァァァッァァァァァア!!!!』
エルゴアはアレン達を見て嫌らしい嗤いを浮かべると雄叫びを上げて突っ込んできた。
「まずは俺がやるから、みんなはタイミングを見て参戦してくれ」
「わかったわ」
「了解」
「わかりました」
フィアーネ、レミア、フィリシアが何の気負いもなく返事をするとアレンがまずエルゴアを迎え撃つ。
(速い…今までのエルゴアとは違うというわけか…)
アレンはこちらに向かってくるエルゴアの戦闘力がこれまでとはまったく異なっていることを察する。
(久々に…命をかける相手か…)
アレンは心の中でこのエルゴアを強敵として最大限の警戒をする。
アレンとエルゴアはすれ違い様に互いに斬撃を繰り出す。
キィィィィィン!!!!
剣同士がぶつかる音が墓地に響く。そこからすぐにアレンとエルゴアの激しい剣撃が展開された。
アレンはエルゴアの斬撃の鋭さと重さに内心舌を巻いていた。さらにもう一段階警戒を上げてアレンはエルゴアと斬り合う。
エルゴアの斬撃をアレンはまともに受けるような事はしない。最小限の動きで躱し、剣の角度を調節して受け流す。そしてエルゴアの攻撃が止む一瞬の硬直に反撃に転じる。
アレンの三段突きが喉、胸、腹に立て続けに放たれる。必殺の三段突きであったがエルゴアは剣と体捌きでアレンの突きを躱すと剣を横薙ぎに払う。アレンは魔剣ヴェルシスを逆手に持つと横薙ぎの斬撃を受け流しながら間合いを詰める。
アレンはエルゴアの懐深く飛び込むことで、その剣の有効な斬撃位置よりも内側に入った。さらにアレンはその位置から、エルゴアの鎖骨を『鉄槌』という拳の打ち下ろしで攻撃しようとする。
だがエルゴアはアレンの鉄槌を身をよじって躱したのだ。
(な…今の一撃を躱すだと…)
エルゴアの想定以上の戦闘力にアレンは驚愕する。エルゴアは体の位置をずらすと凄まじい膂力でアレンを押し返した。アレンは2メートルほどの距離を飛び地面に着地する。アレンがこの程度でバランスを崩すことはあり得ないが、着地するまでの僅かな間にエルゴアはアレンとの戦いの流れを掴んだ。
アレンが宙を飛ぶという1秒程の時間はアレンにとって無防備な時間だったのだ。エルゴアは一瞬で間合いを詰めるとアレンに斬撃を繰り出す。
「ちっ…」
アレンの口から一言苦戦を告げる声が発せられる。
だが、アレンも幾度の死線を越えてきた男である。戦いの流れを失ってそのままやられるようなことはない。すぐさま失った流れを取り戻すために打って出る。
アレンはエルゴアの斬撃をギリギリで躱すと間髪入れずに斬撃を放つ。アレンの斬撃をエルゴアは剣で受け流すと再び斬撃を放つ。一進一退の攻防がアレンとエルゴアの間に繰り広げられる。
アレンが胴薙の斬撃を放つがエルゴアはわずかに下がることで躱しアレンの斬撃は空を斬る。だが、アレンはわずかのひっかかりもない動作で一瞬で体勢を上段斬りの形にすると斬撃を放つ。
キィィィィン!!
アレンの上段斬りをエルゴアは剣を横にすることで受け止める。アレンはそのまま力を込めてエルゴアを一刀両断にしようとする。だが、エルゴアは逆に力を込めて再びアレンを押し飛ばそうとしていた。
アレンはそれを察するとエルゴアがアレンの剣を押し返そうと力を発した瞬間に膝を抜き体を沈み込ませると同時に剣を離した。
当然の事ながらアレンの剣は背後に飛んでいく。アレンは剣を『飛ばされた』のではない、『飛ばさせた』のだ。エルゴアの剣はアレンをはじき飛ばそうとして貯めた力を全力で放出した。だが、アレンはそれを読むと剣を手放すことでエルゴアの剣を持った両手は高く掲げられた格好になった。
体を沈み込ませたアレンの視線の先には無防備な腹が見える。アレンはそこに双掌打を叩き込む。当然、この双掌打は魔力で強化しておりその威力は凄まじいの一言だ。しかもエルゴアの意識はアレンを吹き飛ばすという攻撃の方面に集中しており自分が反撃を受けるというのは意識の外の出来事である。
その効果は普通の時よりも遥かに高かったのだ。
ドゴォォォォ!!
凄まじい打撃音がエルゴアの腹部から発し、エルゴアは5メートルほどの距離を飛び地面に転がった。
だが、エルゴアはすぐに立ち上がるとアレンに追撃をさせない。
エルゴアはかなりのダメージがあったようで苦痛に顔を歪ませている。左手で腹を押さえているところからそれが窺える。
どうやらこの段階でアレンの戦闘力の方がエルゴアを上回っているらしい。
『グゥゥゥゥ』
エルゴアはうめき声を上げる。
(来るか…)
アレンは身構える。魔剣ヴェルシスはアレンの背後に転がっており現在アレンは素手である。一方でエルゴアの方は武器はあるが腹部に大きなダメージを負っている。条件は五分とみて良いかもしれない。
だが、アレンはまったく動揺していない。なぜならアレンは1人ではないからだ。婚約者達とカタリナという心強い味方がいる以上、アレンが動揺することはあり得ないのだ。
実際にエルゴアがこの段階でアレンを斬り捨てる為に間合いに飛び込めばアレンはほぼ同時に下がりフィアーネ達と袋だたきにするつもりだった。
フィアーネ達もそのつもりらしく、エルゴアが間合いを詰めた瞬間に動き、この厄介なエルゴアを討ち取るつもりだったのだ。
ところが…。
エルゴアはアレン達の予想を裏切る行動に出る。
殺戮本能の塊ともいうべき人造兵士であるエルゴアが何と逃亡したのだ。
「な…」
この逃走劇には完全にアレン達は虚を突かれてしまい追撃を考えた時にはすでにエルゴアは追いつけない距離までとられていた。
「まずいな…」
アレンの言葉に全員が頷く。あのエルゴアが逃げた理由をアレン達は察していたからだ。おそらくあのエルゴアは他のエルゴアを殺しに行ったのだ。殺す事で自らを強化し再びアレン達に挑むつもりなのだ。
「アレン、追う?それとも他のエルゴアを始末する?」
レミアが魔剣ヴェルシスをアレンに手渡しながら聞いてきた。
「う~ん…」
アレンは考え込む。
「まずはさっきのエルゴアを追う。その時、他のエルゴアがいた場合はそれを始末するという事にしよう」
アレンの言葉にフィアーネ達は賛意を示しながらも苦笑する。
「それって結局の所、行き当たりばったりって言わない?」
「臨機応変とか柔軟な作戦とか行って欲しいな」
アレンの返答には余裕があり、フィアーネ達はそれを察するとんっこりと微笑む。
「さて…行こうか」
アレンの言葉に全員が頷いた。
明けましておめでとうございます。
今年も毎日更新目指して頑張りたいと思います。




