魔女⑥
アレン達は残りのエルゴアを探し出す事にする。といっても気配をまったく隠そうとしないエルゴアの発見は容易だ。
むしろどれから『手を着けるか?』というレベルである。
アレンは皆にその事を問うと最終的に『一番近い奴から始末していこう』という形に落ち着いた。
今回のエルゴアの戦闘力がいつものエルゴアよりも強いことは確実だ。同時に気配のただ漏れもいつも通りだ。そのためアレン達がとる作戦は『各個撃破』に加えて『闇討ち』するという事に自然と落ち着いた。
フィアーネ、レミア、フィリシアはこのアレンの行動哲学にもはや驚きをもっていない。そして当然ながらこの場にいないもう一人の婚約者のアディラも同じだった。婚約者達はすでに精神的にはアインベルク家の人間になっていると見て良いだろう。
しかし、カタリナはアレン達の行動にかなり驚いている。いや、引いていると見て良いだろう。
「じゃあ…行こうか」
アレンの声にフィアーネ達は頷くと歩き出す。すこし遅れてカタリナも歩き出した。
「これから300メートルぐらい離れた所に一体いるからそいつを始末しよう」
「了解」
「わかったわ」
「わかりました」
「えっと…了解」
アレン達は警戒しながら歩く。目指した先から戦闘の音が聞こえる。目を凝らすとエルゴアとアンデッド達が戦闘を行っている。いや、戦闘ではなく蹂躙と呼ぶ方がより的確だろう。それだけ一方的な戦いだったのだ。
エルゴアが剣を振るう度にスケルトンソードマン、ウォリアーがまとめて消滅していく。核を斬り裂かれたアンデッド達の瘴気がエルゴアに纏わり付き吸収されていく。その度にエルゴアの皮膚が黒く変色し、また青白い肌に戻るとともに体が肥大化していく。
先程のエルゴアよりも今回のエルゴアは頭一つ分身長が高く、体の厚みも分厚い。どうやらアレン達が来るまでに相当な数のアンデッド達から瘴気を吸収したらしい。
「さて…」
アレンが視線を移すとフィアーネとフィリシアが頷く。フィアーネとフィリシアは音もなく歩き出した。そしてほぼ同時にアレンとレミアがエルゴアに真っ直ぐに歩いて行く。
カタリナはその動きを見てアレンとレミアがエルゴアの真っ正面に立ち、フィアーネとフィリシアが背後から襲う計画である事を察する。
「アレン…私は?」
カタリナの言葉にアレンはあっさりと答える。
「カタリナは俺達と一緒に来てくれ。分かってると思うが俺達はできるだけ派手に立ち回りあのエルゴアの注意を引いてもらう」
「分かったわ」
カタリナの予想通りアレン達が囮、フィアーネ達が本命となってエルゴアを斃す算段だ。
「レミア…フォローを頼むぞ」
「まかせて」
「カタリナ…派手に頼むぞ」
「わかったわ」
アレンがレミアとカタリナに言葉をかけると剣を抜きエルゴアに向かって走り出す。
カタリナは箒を地面に打ち付けると魔法陣を展開させる。
「地竜召喚」
足下に展開した魔法陣から土で出来た竜が三つ出てくる。その竜は蛇のように細長い体を持ち、頭部は2メートル程であり角が生えている。
「行け!!」
カタリナの命令が下されると地竜は一直線にエルゴアに向かっていく。
『キシャアアアアアアアアアアア!!!!』
一方でエルゴアは雄叫びを上げるとカタリナの作成した地竜に向かっていく。双方まったく引くつもりがないようだ。
エルゴアの剣に魔力が注入され妖しい光を放ち出す。一目でこの地竜の危険性を見抜き確実にここで始末するつもりらしい。それが論理的によって導き出された結果の行動なのかそれともただの蛮勇なのかは現時点では判断できない。
「すごいな…」
「うん、アレンあとで提案があるから聞いてくれる?」
「ああ、このエルゴアを始末したら聞かせてくれ」
「わかったわ」
アレンとレミアが走りながら会話を交わす。レミアの提案がどのようなものなのかはアレンも何となく察しているのだが、まずはこのエルゴアを始末してからだと思い後回しにする事にした。
地竜の口がエルゴアを噛み砕くために開かれる。だが、エルゴアは地竜の攻撃をすっと横に跳び躱すと魔力を込めた剣を横薙ぎに振るう。エルゴアの剣が地竜の体を斬り裂いていく。
だが、この地竜は単なる土くれが竜の形をなしているに過ぎない。いくら斬り裂いたところで核を潰さない限りは斃す事は出来ないのだ。
エルゴアが地竜の一体を斬り裂くために足を止めた所に残り2体の地竜が襲いかかる。2頭の地竜は口を開けてエルゴアに襲いかかるがエルゴアはその凄まじい身体能力を駆使し2頭の顎から難なく逃れる。
エルゴアが着地した地点にアレンとレミアが斬り込んだ。アレンの横薙の一閃がエルゴアの首を狙う。
エルゴアはアレンの必殺の一撃を身をよじって躱す。そこにレミアの双剣が襲いかかった。レミアが狙ったのはエルゴアの足だ。アレンの必殺の一撃を躱したが咄嗟の事だったために上半身だけの動きでしかなかった。下半身は動いておらず置いてきぼりをくった形だったのだ。
そこをレミアの剣は襲ったのだ。当然エルゴアは躱すことは出来ずにレミアの剣により太股を斬り裂かれる。
「よし…」
流れを掴んだことを察したアレンはこのまま押し切ることにする。上段、切り返し、左袈裟斬りを立て続けに放ち、レミアも斬撃を繰り出す。
エルゴアはアレンとレミアの凄まじい斬撃に防戦一方となった。
そこにフィアーネが背後から『微塵』を投擲する。狙った箇所は首の位置だ。アレンとレミアの斬撃を裁くことに集中せざるを得なかったエルゴアは当然躱すことは出来ない。突如自分の首に巻き付いた鎖に動揺したエルゴアは立ち直る時間を永遠に奪われることになる。
首に巻き付いた鎖に動揺した事でアレンとレミアの剣に体を斬り裂かれたからだ。アレンの剣は腹を斬り裂き、レミアの剣は心臓を貫いた。
そして、アレンとレミアがエルゴアを斬り裂いたほぼ同時にフィリシアの突きがエルゴアの後頭部に決まった。フィリシアの突きは延髄を貫き顔面まで突き抜けていたのだ。
レミアとフィリシアがエルゴアの体を貫いた剣を抜き取るとエルゴアは力を無くし倒れ込んだ。
「ふう…」
アレン達が剣についた血を振って払い飛ばすと剣を鞘に収めた。
「予想以上に簡単だったわね」
レミアの言葉にアレン達は頷く。カタリナに目をやるとカタリナは箒を地面に突いていた。カタリナが突くと地竜は地面に吸い込まれるように消えていく。
「アレン、みんな提案があるんだけど…」
レミアが口を開く。
「カタリナをスカウトしたらどうかな?」
レミアの提案は予想の範囲内のものだ。カタリナの実力を見てしまえば誰だってスカウトしたくなるというものだ。
「ああ、カタリナが俺達の仲間になってくれればこんなに心強いことはない」
アレンの言葉に三人は頷く。
「みんな今夜の任務が一つ増えたぞ。ちなみに最優先事項だ」
アレンの言葉に三人はまたも頷く。アレンが言わんとしている事は当然だったからだ。
「カタリナに俺達の仲間になってもらう。今夜の最重要任務がこれだ」
アレンはきっぱりと断言した。




