魔女⑤
「今回の発生は6体だ…」
アレンの警戒の込められた声にフィアーネ達も警戒の色を強める。
「どうして…今回は6体も同時に発生したのかしら?」
レミアの言葉にアレン達は考え込む。どう考えてもこの事態を引き起こしたのは『魔神』だろう。
「四の五の言っても始まらないからな。とにかく各個撃破することにしよう」
アレンの提案にカタリナ以外の全員が頷く。カタリナは事情を今一把握していなかったため正直、事の重大さを正しく認識していないのだ。
だが、これは仕方のない事だ。カタリナはアレン達の実力をほとんど知らないために彼らが警戒するという事がどのような意味を持つかという事を知らないのだ。
「ねぇアレン、『エルゴア』ってそんなに強いの?」
カタリナの言葉に緊張はない。
「ああ、さっきのリッチはいわゆるエルゴアから見れば餌でしかない」
「う~ん…といわれてもね。リッチは正直、警戒するような相手でもないしね。それに私はアレン達の実力を知らないから警戒するエルゴアの実力が今一把握しづらいのよね」
カタリナの言葉にアレン達は苦笑する。別にエルゴアを舐めているわけではないのだろうがカタリナの実力からして警戒するほどの相手かどうか判断はつかないのだろう。
「まぁ、カタリナはエルゴアの実力を知らないから仕方ないけど、基本は全員で各個撃破するのが今回の作戦だ」
「分かったわ。この国営墓地の事はアレン達の方が詳しいから指示に従うわ」
カタリナがアレンに言う。
「それじゃあ、各個撃破に入ろう」
「「「「うん」」」」
アレンの声に四人の美少女の声が重なる。
『グゴァァァッァァァッァァァァァ!!!!!!』
『グガァァッァァァァッァァ!!!!!』
『ゴワァァァァァァァッァアアァッァァァァァア!!!』
墓地のあちこちでエルゴア達が叫び声を上げ始める。このエルゴアの叫び声は周囲のアンデッド達を呼び寄せる。エルゴア達にとってアンデッド達は自分を強くするための餌であり、アンデッドを斃し瘴気を吸収する事でエルゴア達の戦闘力ははね上がるのだ。不思議な事にエルゴアは斃したアンデッドの瘴気しか吸収することはできない。
「今日を乗り切ったら明日は見回りしなくても大丈夫だな」
アレンの言葉にフィアーネ達はにっこりと微笑む。
「それじゃあ、明日はアレンとデートね」
「ずるいわフィアーネ、明日は屋敷でまったりとしましょう」
「う~ん、朝から出かけて2~3時くらいに帰ってからまったりというのはどう?」
「「それよ!!」」
フィアーネ達は明日の予定を話し始めている。逆に言えば負けるつもりは一切無いという自身の現れと言えるだろう。
「ねぇ、アレン…」
「何だ?」
カタリナがアレンに少し言い辛そうに話しかける。
「いつもこんな感じなの?」
「大体な…」
アレンの声にはなにかを吹っ切ったかのような響きがある。だが、そこに込められたアレンの婚約者達への愛情を感じずにはいられない。
エルゴアが複数発生しているというのに呑気な一行であった。
アレン達は急ぐことなくエルゴアを探し始める。
すると一体のエルゴアを発見する。相変わらず不快感を刺激される容貌だ。エルゴアは青白い肌に浮かぶ気味の悪い文様、血走った目、むき出しになった歯とアレン達の美意識にはまったく相容れない容貌だ。
「いくぞ…」
アレンが発見したエルゴアに向かって走り出す。続いてフィアーネ、レミア、フィリシアの順番で突っ込む。
カタリナはアレン達とそこまで呼吸を合わせることは出来ないため、完全に出遅れてしまった。
となるとカタリナのとるべき行動は魔術による攻撃だった。
カタリナは無詠唱で【魔矢】を放つ。放たれた魔矢はアレン達を追い抜くとエルゴアに先に到達する。
エルゴアはカタリナの【魔矢】をすべて素手で払いのける。どうやら無手での戦いを得意とするエルゴアらしい。いくらエルゴアと言ってもカタリナクラスの魔術を素手で払いのけることは不可能だ。と言うことは両腕を魔力で強化しているのは間違いない。
アレンは魔剣ヴェルシスに魔力を流し込み強化する。
アレンは間合いに飛び込むと右腕に斬撃を放つ。アレンの最小の動きで放たれた斬撃をエルゴアはするりと躱すとアレンに左拳によるカウンターを放つ。音を置き去りにするようなエルゴアの正拳突きを首を捻って躱したアレンは、伸びきったエルゴアの左腕を斬りつける。
通常であればアレンの斬撃によりエルゴアの左腕は斬り落とされるはずであった。
だが…
キィィィィッィン!!!
澄んだ金属同士がぶつける音が墓地に響き渡る。アレンの斬撃はエルゴアの左腕を切り落とす事が出来なかったのだ。どうやらエルゴアの魔力による強化はアレンの想定したものよりも上だったらしい。
「ちっ…」
アレンの口から忌々しいという感情が込められた声が発せられる。だが、アレンはすぐに気持ちを切り替えさらに魔力を魔剣ヴェルシスに流し込むと新たな斬撃を放つ。
シュン…
アレンの斬撃は今度はエルゴアの右腕を斬り飛ばす。エルゴアの右腕は数メートルの距離を飛び地面に落下する。右腕を失ったエルゴアにさらなる追撃が行われる。
アレンの次に攻撃を放ったのはフィアーネだ。フィアーネは間合いに飛び込み左肘を顔面に放つ。右腕を斬り落とされたばかりのエルゴアはフィアーネの肘をまともに受ける。
ゴギャ!!
顎骨の砕ける音が響いた瞬間にレミアの双剣の一本が左腕を斬り飛ばし、もう一本が左脇腹を斬り裂く。
右腕をアレンが斬り飛ばしたことで魔力操作がおざなりとなり強化が消えてしまったのだ。そのためにフィアーネの肘により顎が砕かれ、レミアの双剣により左腕と脇腹を斬られたのだ。
とどめとばかりにフィリシアがエルゴアの喉に突きを放つ。
ズ…
フィリシアの突きはエルゴアの喉を貫く。だが、フィリシアの攻撃はこれで終わりではない。
「はぁっ!!」
フィリシアはそのまま気合いを入れると喉から腹の位置まで一気に斬り裂く。鎖骨、肋骨をまとめて断ったフィリシアの力量は恐るべきものだ。しかも刃を押し当て止まった状態からの斬撃である事を考慮すると凄まじいの一言である。
エルゴアの目から光が失われる。アレン達はそれを確認するとようやく警戒を解いた。フィリシアが剣を引き抜くとエルゴアはそのまま倒れ込んだ。
「ふぅ…」
フィリシアの口から安堵の息が漏れる。どうやら発生したエルゴアの一体を斃せたらしい。しかし、アレン達の顔に喜びの色はない。まだ戦いは終わってないことと気にかかる事がもう一つあったのだ。
「このエルゴアは今までの奴等よりも1~2割増しの戦闘力と見ていいだろうな」
アレンの言葉に三人は頷く。このエルゴア魔力によって強化したアレンの剣による斬撃を弾いたのを三人は決して軽く見ていなかった。
「複数発生…これまでより強い…油断できませんね」
フィリシアの言葉にアレン達は頷く。
「今回はしんどくなりそうだな」
アレンの言葉は三人に厳しい戦いを予感させるものだった。




