魔女①
今回で主人公が『侯爵』となりましたので、あらすじにその旨を追加しました。
「アレンティス=アインベルクを侯爵に叙する。叙勲理由はゴルヴェラを討伐し、ジルガルド地方の失陥を未然に防いだ功績に報いるものである。またアインベルク侯爵領として『エルゲナー森林地帯』を下賜する」
アインベルク邸にやって来た国王の勅使は国王直筆の勅書を読み上げるとアレンに手渡す。
アレンは爵位が上がる事を予想しており、もはや辞退もかなわない事を察していたので、異論を唱えるつもりはまったくなかったのだが、さすがにアレンも『侯爵』に叙せられるとは思わなかったので動揺した。
だが、いくらアレンが動揺したところで『侯爵』の件は動かしようもない事実であったのだ。
アレンが『侯爵』に叙せられた事は一気にローエンシア王国内を伝わった。魔将を討伐しジルガルド地方失陥を防いだアレンの名声から大部分の者は好意的に受け止められたが、アレンを嫌っている者達は当然の事ながらこの措置に否定的である。
特に下級貴族達にその傾向が強い。墓守風情と見下していたアレンが自分達の遥か上の爵位になってしまった事は納得のいくものではなかった。
だが、いくら彼らが納得しようがすまいが国王の決定を覆すだけの力はない。そのため、内心の不満を押し殺し表面上は好意的であることを装ったのである。
勅使が来て2週間後にアレンは王城でアレンの叙勲式が実施された。
こうしてアインベルク男爵家はアインベルク侯爵家として新たな第一歩を歩み始めたのである。
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「はぁ…」
アレンは小さくため息をつく。侯爵となってもアレンは相変わらず国営墓地の見回りを行っていた。
「どうしたの?」
アレンのため息を聞いたフィアーネがアレンに何事かと尋ねる。
「ああ、イジュから連絡が来たんだけど、結構『エルゲナー森林地帯』の状況はよろしくないらしい」
「どんな感じなの?」
アレンの言葉を聞いてフィアーネが話を促す。
アレンが侯爵に叙せられ、『エルゲナー森林地帯』を当初の計画通り下賜してもらった。この事で、魔将エギュリム達の旧部下達の魔物を『エルゲナー森林地帯』で住まわせるという目的は達成できた。
アレンは魔将候補であった『イジュ』を代表者に任命し、各種族ごとにリーダーを選出させると自分達の集落を形成させる事にしたのだ。
もちろん、魔物達はすべてフィアーネの術で行動制限をしておりローエンシアの民に被害を与える事はしないようにしている。
しかし、『エルゲナー森林地帯』は現在、広大な土地を巡ってそこを住処とする魔物達が互いに争うという紛争地帯と化していたのだ。そこにアレンの部下となった魔物達という一大勢力が入ってきたことによりアレンの部下の魔物達もその争いに巻き込まれているとの事だった。
「そんな事になってるの?」
フィアーネの言葉にレミアがさらに事情を話す。
「それだけじゃないのよ。どうやら『エルゲナー森林地帯』には『イベルの使徒』が拠点を作ってるらしいの」
「『イベルの使徒』が?」
レミアの言葉にフィアーネがうんざりとした声を出す。
『イベルの使徒』とは邪神『イベル』を信仰する宗教組織である。フィアーネがうんざりした声を出したのは『イベルの使徒』の異常さにあった。『イベルの使徒』は邪神『イベル』の復活を教義の主軸に掲げ、信者達に生贄を集めさせるという事をしていた。
生贄は命ある者であれば何でも良いとしており、人間、魔物、家畜など何でも捧げるのだ。ローエンシア王国は宗教に関して寛容であるが、生贄として人間を誘拐するような連中を放っておくことはしない。そのため、ローエンシア王国において『イベルの使徒』とは宗教組織ではなく誘拐組織、犯罪組織という位置づけであり、『イベルの使徒』については厳しい取締の対象であったのだ。
このローエンシア王国の措置はある意味当然の事であるが、『イベルの使徒』達から見れば宗教弾圧であった。そのため、たびたび役人を集団で襲うという事もあったのだ。
フィアーネは『イベルの使徒』が誘拐しようとしていた現場に偶然居合わせ、それを防いだ事があった。その誘拐犯をフィアーネは容赦なく取り押さえ (ちなみに誘拐犯は両手両足をへし折られていた)騎士団に引渡したのだが、その時引き渡したのが教団の幹部の息子だったらしい。それ以来、フィアーネを神の敵として付け狙うようになったのだ。
ただ、フィアーネの戦闘力を考えれば『イベルの使徒』などというのはまったく相手にならない。フィアーネと『イベルの使徒』には大人と子ども以上の戦闘力の差があるからだ。
ただ、それほど圧倒的な実力差があるにも関わらず『イベルの使徒』はフィアーネを付け狙う事を止めないのだ。狂信者ともいうべき執念にフィアーネはうんざりしていたのだ。一言で言えばひたすらうっとうしい連中という認識だった。
「それだけじゃないんです。どうやら『凶王』も『エルゲナー森林地帯』にいる可能性があるんです」
フィリシアがフィアーネにさらに続ける。
フィリシアの言う『凶王』とは、元『ガヴォルム』の冒険者だったフォルグ=メヴィールの異名だ。
フォルグは約20年程前に活躍した冒険者であったが、魔剣『ヴァディス』を手に入れてから凶行を行う様になり、出身地のドルゴード王国で討伐隊が組まれた。
激しい戦いの結果、討伐隊を撃破するが自身も手ひどい傷を負い、ドルゴード王国を逃げ出した後、その行方は用として知れなかった。
「『凶王』がいるなんてちょっと信じられないわ」
フィアーネはフィリシアの言葉に懐疑的だ。だが、フィリシアはフィアーネに続けて言う。
「それが結構、信憑性があるんですよ」
「?」
「イジュの報告で『エルゲナー森林地帯』にいた隻眼の剣士が振るっていたという剣が『ヴァディス』の特徴にそっくりなんです」
「確か『ヴァディス』って朱い刀身で鍔の所に髑髏の装飾があったという話よね」
「ええ、イジュの報告では特徴が一致してるんです」
「剣が一緒でも『凶王』とは限らないんじゃないの?」
「フィアーネは『凶王』の風体をどんなものか知ってます?」
「え?」
「資料によると身長185㎝、右目の色は紅、左目は青のヘテロクロミアだったそうですが左目を失明したそうです。その失明した理由は左目から頬にかけて縦にザックリと斬られたからだそうです。その男の右目の色は紅、左目から頬にかけて縦に刀痕があったそうです」
「なるほど…共通点が多すぎるのね」
「はい」
フィリシアの言葉を聞き、フィアーネも警戒しておく必要性を感じた。イジュ達の手に負えないときにはアレンが出張る可能性があったからだ。
「というわけで結構やっかいな事になってるというわけだ」
アレンが自嘲気味に言う。
その様子に三人も苦笑いで返す。
「そして…」
アレンの言葉に三人はまた頷く。アレンの言わんとしている事を理解したからだ。
「今、俺達が厄介事に巻き込まれたようだな」
アレンの言葉に三人はまたしても頷いた。




