会議②
「さて、諸君らにはそろそろアインベルク卿を正当に評価する事を命ずる」
ジュラス王の言葉に国家の重鎮達は困惑する。『アインベルクを正当に評価せよ』という事は一体どういうことかと重鎮達の困惑は甚だしかったのだ。
「陛下、正当な評価とは一体…?」
出席者の一人であるクシューグ侯がジュラス王に尋ねる。
「アインベルク卿に王女であるアディラの降嫁を認めたのは、単に王女の幸せを望んだ結果ではない」
ジュラス王はクシューグ侯の質問に直接答えず言う。だがジュラス王の言葉は『余はアインベルク卿を正当に評価している』と言ったも同義だった。重鎮達は視線を交わし合う。単にジュラス王が先代のアインベルク家当主であるユーノスとの友誼があったというだけではなかったのかという考えを交わし合っている。
「国軍すべてつぎ込まねば討てぬ相手をわずか30名前後で討ち果たし、王都の国営墓地を代々管理しているアインベルク家を遇するに侯爵位すら足らぬ」
「な…」
ジュラス王の続けて放たれた言葉に重鎮達はかろうじて一言言うのが精一杯であった。ジュラス王の言葉ではゴルヴェラ11体を討伐した功績と同様に国営墓地の管理を高く評価している事になるのだ。
確かに国営墓地はアンデッドが夜な夜な出没する場所である事は重鎮達も知っていたが、ゴルヴェラ11体を討伐し、ジルガルド地方失陥を防いだ事と同様の功績とはどうしても考えづらい。
その事が顔に出ていたのだろう。ジュラス王がシーグボルド公を名指しする。
「シーグボルド公、お主の責任で国営墓地の管理をやってみよ。そうすればアインベルク家を引き留めようとする余の気持ちがわかるだろう」
「は?」
ジュラス王の言葉に貴族達は困惑は深まるばかりだ。
「もちろん、国家から支払う金額はアインベルク卿と同じとする」
「陛下…それは一体…」
意味がわからぬといった表情を名指しされたシーグボルド公のみならず出席者の重鎮達は浮かべる。
「間違いなく公の家は一年も経たずに破産するだろう」
「な…」
「国営墓地の管理は通常であれば軍が最低でも一個旅団を常駐させねばならぬ。公爵家の財産を持ってしてもその負担は莫大なものだ」
「一個旅団…」
ゴクリと重鎮達がつばをのみこむ音が聞こえる。いかにシーグボルド公爵家の財産が莫大であっても一個旅団に相当する人数を新たに雇わなければならないというのは財政上の負担はすさまじく大きかった。
「当然ながらその一個旅団は1ヶ月もすればほとんどの者が殉職するだろう。そのため新たな人材を入れねばならぬが、そのような過酷な現場に人が集まる事は考えにくかろう?」
「はっ」
「となれば人材をさらに集めるためにはさらに給金を上げるしかないな」
「…」
「先程余は一年と言ったが場合によっては半年もつかも怪しいな」
「は…」
シーグボルド公の言葉はさすがに固い。確かにジュラス王の言葉が真実であればシーグボルド家といえども間違いなく傾く。ひょっとして自分達を納得させるための方言かもしれないが、真実であった場合間違いなくシーグボルド家は没落する。
そして、何よりジュラス王には何の不利益も生じないのだ。もしジュラス王の言葉を信じずに国営墓地の管理を行い家が傾けばそれはそれで構わない。大貴族が没落すれば相対的に王家の力が増すからだ。
その事に気付いたシーグボルド公は戦慄する。ジュラス王は何の損害を被ることなくシーグボルド家を没落させるつもりであると察したのだ。
実の所、これはシーグボルド公の邪推である。ジュラス王としては親友の子であるアレンの立場を少しでも良くしようと思っての行動であり、ことさら王権の強化を目的としているわけではない。
「それを一手に引き受けているアインベルク卿が、いやアインベルク家がどれほどローエンシアに貢献しているかそろそろ卿らも知るときが来たのだ」
「な…なぜ、今頃になって…」
ハッシュギル侯の言葉は重鎮達の困惑を表現したものだった。今まで表立ってジュラス王はアインベルク家を厚遇してこなかったのだ。
「状況が変わったのだ」
ジュラス王の言葉にエルマイン公、レオルディア侯以外の面々はさらに困惑を深める。
「その状況の変化とは?」
クシューグ侯の言葉にジュラス王は短く返答する。
「卿らは国営墓地になぜアンデッドが出没するか正確な所を知っておるか?」
「それは供養されない者達が葬られる故、瘴気がこもりやすくなる…と」
「それは副次的なものだ」
「副次的?ということは本当の所は…」
「うむ、あの国営墓地には『魔神』の死体があり、魔神の死体から瘴気が絶え間なく放出されている。だからこそ国営墓地にはアンデッドが日常的に発生するのだ」
魔神という禍々しい単語は重鎮達から言葉を奪う。確かにローエンシア王国は魔神を打ち倒した初代ローエンシア王が建国したという話だったが、あれは単なる伝説ではなかったのか?
「その『魔神』が再び活動を始めたという報告がアインベルク卿からもたらされておる」
「…」
続くジュラス王の言葉に重鎮達はさらに言葉を発することが出来ない。
「余はアインベルク卿に対魔神に関するすべての権限を与えた。今回のゴルヴェラの討伐はそのための一環としてなされたものだ」
ジュラス王の言葉は半分は正しいが、もう半分は誤りである。当初の予定ではゴルヴェラ11体の討伐はなかったのだ。状況の変化にアレン達は柔軟に対応しゴルヴェラを討ち果たしたのだ。
「では…ジュラス王はすべて…」
シーグボルド公がジュラス王に畏怖の視線を送る。ゴルヴェラ11体を討ち果たし、ジルガルド地方の失陥をアレンに防がせることによりアレンの地位を確固たるものにしたというのか。ここまでの流れがジュラス王の掌の上で転がされていたのかと考えたのだ。
周囲の重鎮達もシーグボルド公と似たり寄ったりの思考になったらしい。となると当然ここまでの自分達の動きもジュラス王の予想の範囲内であり、これ以上のアインベルクの侯爵の叙勲に反対することは無意味どころか国王の不興を買い、失脚の憂き目にあうという結論に至った。
もともと、アレンの侯爵の叙勲に対し反対したのは確固たる意思があっての事ではなかったのだ。ならばこれ以上反対するのは悪手以外の何ものでもなかったのだ。
「無論だ。アインベルク卿に魔神の討伐を命じた以上、それを成し遂げてもらわねばならぬ。そのためには男爵という爵位ではアインベルク卿の要請を断る者も出るであろうから誰にも文句の言わせぬ功績を上げさせたのだ」
「そこまでの深慮遠謀であったとは…」
ハッシュギル侯の声にさらに畏怖の感情が込められる。
「ふむ…卿らもようやく理解したようだな。アインベルク卿の侯爵の叙勲に反対する者はいるか?」
ジュラス王はやや芝居かかったように重鎮達を見やる。重鎮達は黙って首を横に振る。
「それではアインベルク卿に侯爵位を授ける事は決定事項とする」
「ははっ」
一同が賛同する。それからいくつかの議題を話し合い会議は終了する。
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「ふぅ~なんとか乗り切ったな」
ジュラス王の執務室でエルマイン公、レオルディア侯にジュラス王が安心したように言う。
「さすがは陛下、うまくあの者達を納得させましたな」
エルマイン公は感心半分、呆れ半分でジュラス王に言った。
「そういうな宰相、あいつらが勝手に自分の中で話を大きくした結果だ」
ジュラスはニヤリと人の悪そうな嗤いを浮かべる。実の所、あの会議でシーグボルド公が『王の掌』云々の話をした時にジュラスはこれはチャンスだと思ったものだった。なぜなら、重臣達の中で勝手に話が大きくなっていったのを感じ取った時にせっかくだから利用してしまえと話を大きく盛ったにすぎないのだ。
もっと言ってしまえば、ジュラスが行った事は『ハッタリ』をきかせたに過ぎない。重臣達はそれに勝手に折れただけだったのだ。
「たしかに魔神の事を口にされた時はヒヤリとしましたが、その結果スムーズに話が進みましたな」
レオルディア侯の言葉には若干の非難がある。ジュラス王がここで『魔神』の存在を重臣達に告げた事に軽率ではないかという思いがあったのだ。
「軍務卿の言い分もわかるが魔神に対してこれ以上の隠し立ては不可能だ。アレンの足を引っ張らせないためには必要な情報の提示だ」
「一理ありますが…」
「不満か?」
「もし、他国の者がこの事を知れば…」
「その心配は杞憂だ」
ジュラス王は断言する。もちろんレオルディア侯の心配は他国の者が魔神の存在を利用しローエンシアに牙をむくというものである。
「魔神は未だ蘇ってはおらん。それに国営墓地にはアレンがいる。アレンがいる以上は他国の工作員がどのような行動に出ようともすべて粉砕するであろう」
ジュラス王の言葉は絶対の自信が含まれている。
「しかし、アインベルク卿一人に背負わせるというのは…」
エルマイン公がジュラスに苦言を呈する。
「もちろんだ。そのためアルフィス、アディラを参加させておるのだ」
ジュラス王の言葉は王族も対魔神の戦いに参加させることでアレン一人に背負わせないという意思表示である。
「軍務卿、軍部からアレンの足手まといにならないレベルの使い手を派遣することは可能か?」
ジュラスの言葉にレオルディア侯は頷く。
「可能でございます。近衛騎士団の若手の中にアインベルク卿に弟子入りした者がおります」
「報告に上がっている者達だな。それ以外では?」
「何人か心当たりがございますのでその者達で部隊を編成すれば…」
「よし、さっそく編成を行い、いつでもアレンの支援が出来るようにしておくのだ」
「はっ」
ジュラスはアレン一人に背負わせるつもりなど最初っからなかった。親友ユーノスの大事な一人息子であるし、アディラの婚約者であり将来の義理の息子であり、王太子アルフィスの親友だ。ここまで条件が揃っているアレンにジュラスが何も支援しないなど、あり得る話ではなかった。
「それにしてもゴルヴェラ11体を討ち取った事は近隣諸国にどのように広まりますかな」
「上手くいけばローエンシアに手を出そうという者は減るだろうな」
「上手くいかねば?」
「アレンを寝返らせるために接触するであろう」
「…やはり」
「ああ、アレンはアディラと婚約した事でカウントダウンを放棄した。だが、我々がそれにあぐらをかきアレンに対する悪意をそのままにしてしまえばアレンがこの国を見限る事も十分に考えられる」
「我々もまた見限られないようにしなくてはならないのですな」
「ふふ…アインベルクの連中は人が普通欲しがるようなものにさほど興味を示さんのが本当にやっかいだな」
「はい」
王の言葉に宰相と軍務卿は苦笑いする。アレンが、いやアインベルク家のものが金や権力でどうにかなればこんな簡単な事はないのだがそうではないのだ。だからこそやっかいだったのだ。
「さて…いずれにせよアレンの侯爵位を授ける事が出来てまずは重畳と言った所だな」
「はっ」
「御意」
ジュラスの言葉に宰相と軍務卿が短く返答する。
こうしてアインベルク家は建国以来の男爵の爵位が変更され侯爵位が授与されることが確定したのであった。




